「ッチ…」
オフシーズンなんていらねぇんだよ。
同僚達がオフシーズンを喜ぶ中、不服そうな者がいた。
その名も糸師冴。
スペインのレ・アールでミッドフィルダーとして活躍する日本人選手である。13歳の頃、母国の日本を出てレ・アールの下部組織に入り、名を轟かす。だが、世界という名の壁にぶつかり、初の挫折を味わった。それをきっかけにか、FWからMFへ方向転換。性にあっていたのか、本組織へ加入が決まる。『日本の至宝』の二つ名を持つ程に知名度も高く、ビジュアルも良いことからファンも多いのだとか。ただ、冷淡でストイックな性格からメディアやマスコミには嫌われる一方。
そんな糸師冴は今週からオフシーズンに入るのだった。
こういうムシャクシャする日は決まってマネージャーに日本食屋に連れて行ってもらうのが日課だったが、マネージャーは数日間前から出張で不在。タクシーを呼べば言いもののそんな気分にもならず、トボトボと帰路を辿った。
帰ったら塩こぶ茶でも飲んで寝よ。なんて考えながら子供の声が聞こえ、ふと顔をあげる。
「あ?」
視界に入ったのは数メートル先の公園。で、サッカーボールを蹴る1人の少女だった。
日が落ち掛けた時間帯で子供は皆親と帰っているのだと言うのに一人だけ公園でボールを蹴り続ける少女。ボロボロのボールを器用に蹴り上げている。一定の位置からまるで移動せず、そういうAIみたいにも見えた。
小さく動く度にミルクティーベージュの乱雑に纏められた髪が夕日に照らされ、揺れ輝く。その様子を無言で見つめる冴に少女は気付きもしない。
「…」
無意識のうちに冴は少女に手を伸ばしていた。
「お前、俺とサッカーする気はねぇか。」
冴もそう呟いたあと自身に驚いた。たった数回のリフティングを見ただけで冴は運命的な何かを感じていたのだ。柄にでも無いことを言う自分を可笑しく思う一方で、本能的な今の行動に人生を賭けてもいい気がした。そのくらい魅了された。少女は声を掛けられたことに少し驚いて静かにボールをキャッチする。
「…?」
少女は冴を見つめる。その目には光が無く、本来は美しいのであろう翡翠色の瞳は濁っていた。まるで黒色のクレヨンで瞳をぐちゃぐちゃに塗りつぶしたようで、目の前にいる冴をその瞳は映していない。
そして冴は呆然とする少女を見て、しまった。と考え直す。驚きのあまり日本語を使ってしまったのだ。それじゃあ伝わるはずもなく、スペイン語で言い直そうと口を開く。すると、少女はジッと冴を見つめた。
「おまえ、サッカーつよ、い?」
そしてカタコトな日本語でそう訊ねてきた。顔付きからして明らかに少女は日本人では無い。だが、どうやら日本語が使えるらしい。冴はそんなところにすら運命を感じた。こいつは絶対大物になる。本能が何度もそう言っている。少女小首をかしげて濁った目でじっと見つめてくる。
「あぁ。また、明日ここに来れるか?」
こくりと頷いた少女は夕日の明かりに消えていった。
翌日。
8時頃に住んでいるホテルを出て、昨日の公園に向かう。その足取りは早く公園に着きたいとばかりに力強く地面を蹴っていた。
早く来すぎたか。
いつもならば30分は掛かる距離の公園だが、10分も立てば背の高いジャングルジムが木の隙間から見えてくる。ベンチで二度寝でもするか。なんて考えながら歩く速度を落とした。
ぽん。ポンッ。
微かにボールの蹴る音が聞こえる。公園の方から。冴は遅めた足をグッと踏み込んだ。公園との距離が縮まる。
ポンッ。ポンッ。
「…」
少女だ、ボールを蹴っていたのは少女だった。
無言でボールを蹴る少女はカラフルな遊具に囲まれるとどこか違和感がある。それ程に大人びているのだろうか。
少女は呆然とする冴にはまるで気付いていない様子。ただ一点にボールを見つめている。濁った瞳はピクリとも動かない。自分が見てきたこれまでの子供とは違う。いや、違いすぎる。
改めて少女を上から下まで見ると幾つもの違和感が突き刺さる。
よく見れば昨日と背格好が全く同じではないだろうか。ボロボロで布切れに近い服を身に纏い、靴も泥だらけだった。昨日と立っている位置でさえ同じ。
気味が悪い。
そこでふと、思いついたのが、
「お前…昨日からここにいるのか」
「!」
ボソリと呟いた冴の声に反応して少女はボールを少し高く上げた後、キャッチして振り向いた。そしてコクリと頷く。
「、親は心配しねぇのか?」
「、…きた。」
「孤児院を…抜け出してきた。」
「は、」
少女の言葉に冴は呆然とする。何も出てこない。サッカー以外知らんふりして生きた彼には持っている言葉の数が少ない。
「そうか、」
コクリと頷く少女はワケあり。だが、冴に取っては都合が良かったのかもしれない。
「俺と一緒にサッカーをする気はねぇか?」
「…」
黙りこむ少女。黒色のクレヨンで塗りつぶされたような瞳はどこを見つめているのか。地面を這うありか、それとも自身の影か。暫くして頭を上げると小さく呟く。
「や、る。」
これがすべての始まりだった。
【少女】
孤児院から抜け出してきたワケあり少女。年齢は10歳位。けれど、栄養失調で体がだいぶ小さい。サッカーボールは思い入れのある物で使い古されている。日本語が使えるのは父親が日本人だったから。これから過去が色々明らかになっていく。 はず…
ちなみにこの後、冴に引き取られて常識や道徳心が可哀想な子供に育つ。ごめんね。
【糸師冴】
サッカー馬鹿。(推しの方ごめんなさい。そしてこれでも作者は冴推しでございます。)
後、少女を引き取ったりとかするけれど、手続き諸々全てダークスノーの誤解を解いて和解した弟に任せる。他人てのコミュニュケーション能力が塵過ぎてそれを見て育った少女ちゃんは方向がズレズレの女の子に育つ。ほんとにごめんね。
【糸師凛】
これからお兄ちゃんに扱き使われる可哀想な弟。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!