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2 - 第一章  祈る者

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2022年05月30日

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第一章 祈る者


薄灰色の癖毛を緩くまとめる。聖堂の柱に指を滑らせながら、丸い眼鏡の奥で神父は目を細めた。


太陽の光が眩しいほどに礼拝堂の中に差し込んでいた。埃っぽい冷たさが残る教会のこの時間が、神父は嫌いではなかった。


ステンドグラスの窓の向こうに、山がある。窓越しに山頂付近を眺めると、雲が遠く見えた。

今日は多い。山の奥から、1匹2匹では足りない魔物の気配がする。山の麓にあるこの教会にも伝わるほど。


とても強い魔力があった。


礼拝堂の中心にある石像の前に、黒い影が顔を見せた。この教会に共に住みついている黒猫だ。


「おはよう、ロト」


それは小さな身体を震わせ、にゃあ、と鳴く。


このところ魔物が増えている。


街の人を襲う魔物を狩って、その報酬で生計を立てている僕にとっては、有難いことこの上ない。しかし、直近数日間、森から感じる魔力の高まりは、異常なものを思わせる。


魔物と言っても大小様々だ。


しかし近辺は弱い魔物が迷い込んで巣食っているような状態だ。いくら強いと言えども地理の問題上、限りがある。そこで何かが起きていると踏んでいた。


さわさわと森がひしめいている。


「今日は何かが起きそうです」




日が沈み、礼拝堂は燃えるような赤に染まる。

夕暮れ時。影が伸びていくのと並びに、魔物が目を醒ます。

神父はそれを合図に立ち上がった。座っていた木製の椅子がキシ、と音をたてる。


「さあ、お仕事の時間です。行こう、ロト。」


あくまで飼い犬に散歩だよ、と告げるような調子で、黒い背中に呟いた。神父の言う”お仕事”の意味を知ってか知らずか、小さな影がぴくり、と震える。

神父が手を差し伸べると、ロトは音もなくこちらに駆けてくる。神父の手に跳びついて絡んだと思ったそれは、瞬く間に銃の形に姿を変えた。

それから、普段はつけたりつけなかったりするネックレスを身につけると、ものの十数秒で支度は整った。


獣の咆哮が響く森の中に、神父の姿は溶けていく。



建物の裏にある白百合畑を抜けると、そこはすぐに魔物の縄張だ。銃の安全装置を外し、そっと足を踏み入れる。


もともと、神父は大義名分のために魔物狩りをしている訳ではなかった。人を守る為では決してない。


気がつけばこの場所にいた。あったのは小さな愛らしい命と、誰が産んで名付けたのかわからない己の身一つ。


暇を持て余して独学で銃を始めた。それすら、今や食べ物にありつける唯一の方法だ。

山の魔物が街へ降りていかないよう、殺す。そうすればただ、生きていけるだけ。そう、生きていける”だけ”。


ある夜、少年だった神父は、何故自分が生きているのか考えた。


__わからなかった。今もわからない。


生きるため、とは言うものの、何故魔物を殺しているのか。

もとを辿れば、その生きるためがわからない。


何のため、自分は生きているのか。


生きる限り守りたいと思う物はあった。物心がつく頃には、記憶がある頃からはずっと一緒にいたロト。

生きている限り、守りたいと強く思う。

しかしそれすら、生きる理由にはなり得なかった。


理由はない。意味はない。


死んでも誰も困らないような命だ。


時たま買い出しに出掛けても、知り合いなどいない。

人の温もりなど知らない。愛情も縁が無い。


孤独ですら、感じたことなどただの一度もない。


あるのは恐怖のみ。

聖職者などと笑わせる。


背後に気配がする。いた。仲間を呼ぶ前に仕留めなければならない。

敵は低く呻りながら、覆い被さるように飛びかかってくる。

身をひねる。

外す。1発、2発__、

仕留めた。


祈りとも怒りとも絶望ともつかない、やり場のない大きな感情を、魔物にぶつける。


すぐ目の前で舞う血飛沫。まずは1匹。


コイツじゃない。

今朝、感じた魔力はこんなものでは無かった。


人里に向わぬ____人里を襲わぬ魔を殺しても意味がない。


「あなたたち、数ばかり増えて麓には行こうとしないですよね。何故ですか?」


銃口を突きつけて、感情のない声で問いた。

このままでは、今年は肉を買うことが出来ないのだ。ロトが怒る。


残念ながら地面に転がった魔物の死骸は微塵も動くこともなく、返答は返ってこない。

なんて冷たいやつだろう。


幾度となく蓋をした感情が湧き上がった、その時。


誰もいるはずのない場所から物音がして、素早く振り返る。


「よお」


ぶっきらぼうな、けれど凛とした声。


月明かりが照らす木の上に、”それ”はいた。


驚くべきは、その容姿だった。


最初に目に入ったのは、髪。胸元までのびた白銀がたなびいて、月明かりは金色に反射して輝く。後光が差しているようにも見えた。


扇情的なまでの美しさ。その情景を一言で表すなら、これに限る。


彼は気怠げに、けれども針のように鋭い視線でこちらを見下ろしていた。


その瞳の色も、鋭い目鼻立ちも自分には無いもので、思わず見惚れそうになる。


人の姿形をしていたが、此の世ならざる者であるのがはっきりとわかった。


時間が止まったようだった。


人外が口を開く。綺羅びやかな見た目にそぐわず、不躾な態度だった。


「お前、喋れないのか」


突き離すような冷たい声音にはっとする。止まっていた時間が動き始める。

背中に冷たいものが走った。


魔力の気配。全ての元凶が目の前にいた。

今朝の違和感の正体は、今夜が満月だったわけでも、魔物の数が増えているわけでもない。


少なすぎるのだ。強力な力を肌で感じるのに、魔物が少なすぎた。


銃口をそいつの頭に、狙いを定める。

「道理で魔物が少ないわけで。…あなたの気配のせいでしたか」


吸血鬼。古い書物に描かれていた生き物だ。記されていた特徴が、目の前にいる男とぴったり重なった。ここらの魔物と違い、優れた知性を持つ。長寿の賢者とされる種族。

鮮血の色をした彼の瞳と、特徴的な美しい頭髪___


それから、発達した犬歯。


全てがそれらを物語っていた。


他の魔族は大方、吸血鬼の魔力に勝つことは出来ない。弱い魔物はその気配を恐れるほど。


まさか生きてお目にかかれるとは。


吸血鬼は、心底面倒臭いといった様子で溜め息をついた。


「お前なあ…そんな鈍で相手ができると思うな。やめとけ」


首元にひやりと金属が触れるのを感じて初めて、相手がサーベルを抜いたのがわかった。凄まじい疾さに、認識できない。こんなことは生まれてはじめてで、度肝を抜かれる。


今まで神父が出会った、どんな魔物よりも強い。


どちらかが動けば、いつ首が跳ぶかわからない状況。その場に緊張感が漂う。


ところで何故。

「上級の魔族がこんなところに?」


吸血鬼の小言を無視し、問いかけた。


吸血鬼は数舜考えて、口を開く。ほんの一瞬の筈なのに、先の答えが気になって仕方がない。


「暇だったから」


僕は呆気にとられて首を傾げた。


たった今耳に飛び込んだ言葉を反芻する。

高潔な吸血鬼が。魔族が。

『暇だったから』。


「何が可笑しい」

思わず声を出して笑うと、吸血鬼はむっとした表情で神父を睨んだ。


「人間風情が」


彼の言葉がスイッチのように、緩んだ表情が一転。

僕の仕事は魔物狩り。僕はこいつを、殺さねばならない。

「その人間風情がいないと困る憐れな生き物は誰かな」


空気が張り詰める。


驚いたように目を開いて神父を見つめる吸血鬼。

対照的に、気色悪いほど完璧な笑みを貼り付け吸血鬼に銃口を向ける神父。


1秒、2秒、3秒____


その緊張を破ったのは、意外にも相手方だった。


「へえ、面白い。」


「……っ」

引き金に触れる人差指に力を込める。

そんな中、気まぐれに放たれた吸血鬼の言葉は衝撃的だった。


「お前、どこに住んでる?名前は」


思わず、「ぇ、」と声を洩らす。訊ねる顔は愉しんでいる。そこに敵意があるようには見えなかった。


余りにも気まぐれな態度の転換に、唖然とする。え、今、なんて言った。

不恰好に口を開きそうになったのを、必死に堪える。


僕が答えないのをいい事に、吸血鬼は1人続けた。


「…待てよ。あの教会に住んでるのか?あんな小屋に人がいるとはな。」

「ええ…、否定はしませんが…」


もはや何も言えない。どういうつもりだろう。

不思議な人____いや、吸血鬼か。

気がつけば彼のサーベルは鞘の中に納まっていた。

喪失しそうになった意志を必死に奮わせる。


「あなたの気配が強すぎて、魔物の数が減っているんです。全くいい迷惑ですよ」


「お前たちがか?聖職者は一際俺達を嫌う筈だが」


「ええ。だから殺すんです。私たちは魔物を殺して人を救う為にいます」


表向きに用意された言葉だ。間接的に人を救っているわけだから嘘ではないけれど。


「お前さっきいい迷惑とか言ってたけど」


何でもない顔で疑問を述べる相手に、逡巡した。

この吸血鬼には、本当のことを言ってもいい気がする。

「…そうですね。そんなの嘘ですよ。実は、魔物を殺して生計を立てているのは私たちなんです。報酬がなければこんなことはしませんよ。私たちは生きるために魔物を殺します。」


「お前ほんとに聖職者かよ」


吸血鬼は興味深げに笑った。

無防備に幹の上でふんぞり返っている正装の魔族に、思わず微苦笑を浮かべる。


「さあ…どうでしょう。こんな格好をしておきながら、洗礼は疎か……修業といった修業も行っているかどうかもわかりません」


僕は何を言っているのだろう。

引き金を引く覚悟を本気でした自分が、今や馬鹿馬鹿しく思える。落胆さえ覚えた。


同時に、初対面の吸血鬼に、まさか自分語りをしている自分にも驚いた。いつの間にか拳銃の口も地面に向いていた。


「笑えるな。お前、名前は?」


神父は微笑んだ。


「叶です。」


そう。叶わないと書いて、叶。




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