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生きてる理由は死にたくない。だけで十分っしょ。 てか、名前を「来世は橋本環奈」に変えようか悩んでるんだよね、どーしよ。 それは置いといて今日めっちゃ腰痛いんだけど、成長期通り越して老化してない?
薄灰色の癖毛を緩くまとめる。聖堂の柱に指を滑らせながら、丸い眼鏡の奥で神父は目を細めた。
太陽の光が眩しいほどに礼拝堂の中に差し込んでいた。埃っぽい冷たさが残る教会のこの時間が、神父は嫌いではなかった。
ステンドグラスの窓の向こうに、山がある。窓越しに山頂付近を眺めると、雲が遠く見えた。
今日は多い。山の奥から、1匹2匹では足りない魔物の気配がする。山の麓にあるこの教会にも伝わるほど。
とても強い魔力があった。
礼拝堂の中心にある石像の前に、黒い影が顔を見せた。この教会に共に住みついている黒猫だ。
「おはよう、ロト」
それは小さな身体を震わせ、にゃあ、と鳴く。
このところ魔物が増えている。
街の人を襲う魔物を狩って、その報酬で生計を立てている僕にとっては、有難いことこの上ない。しかし、直近数日間、森から感じる魔力の高まりは、異常なものを思わせる。
魔物と言っても大小様々だ。
しかし近辺は弱い魔物が迷い込んで巣食っているような状態だ。いくら強いと言えども地理の問題上、限りがある。そこで何かが起きていると踏んでいた。
さわさわと森がひしめいている。
「今日は何かが起きそうです」
日が沈み、礼拝堂は燃えるような赤に染まる。
夕暮れ時。影が伸びていくのと並びに、魔物が目を醒ます。
神父はそれを合図に立ち上がった。座っていた木製の椅子がキシ、と音をたてる。
「さあ、お仕事の時間です。行こう、ロト。」
あくまで飼い犬に散歩だよ、と告げるような調子で、黒い背中に呟いた。神父の言う”お仕事”の意味を知ってか知らずか、小さな影がぴくり、と震える。
神父が手を差し伸べると、ロトは音もなくこちらに駆けてくる。神父の手に跳びついて絡んだと思ったそれは、瞬く間に銃の形に姿を変えた。
それから、普段はつけたりつけなかったりするネックレスを身につけると、ものの十数秒で支度は整った。
獣の咆哮が響く森の中に、神父の姿は溶けていく。
建物の裏にある白百合畑を抜けると、そこはすぐに魔物の縄張だ。銃の安全装置を外し、そっと足を踏み入れる。
もともと、神父は大義名分のために魔物狩りをしている訳ではなかった。人を守る為では決してない。
気がつけばこの場所にいた。あったのは小さな愛らしい命と、誰が産んで名付けたのかわからない己の身一つ。
暇を持て余して独学で銃を始めた。それすら、今や食べ物にありつける唯一の方法だ。
山の魔物が街へ降りていかないよう、殺す。そうすればただ、生きていけるだけ。そう、生きていける”だけ”。
ある夜、少年だった神父は、何故自分が生きているのか考えた。
__わからなかった。今もわからない。
生きるため、とは言うものの、何故魔物を殺しているのか。
もとを辿れば、その生きるためがわからない。
何のため、自分は生きているのか。
生きる限り守りたいと思う物はあった。物心がつく頃には、記憶がある頃からはずっと一緒にいたロト。
生きている限り、守りたいと強く思う。
しかしそれすら、生きる理由にはなり得なかった。
理由はない。意味はない。
死んでも誰も困らないような命だ。
時たま買い出しに出掛けても、知り合いなどいない。
人の温もりなど知らない。愛情も縁が無い。
孤独ですら、感じたことなどただの一度もない。
あるのは恐怖のみ。
聖職者などと笑わせる。
背後に気配がする。いた。仲間を呼ぶ前に仕留めなければならない。
敵は低く呻りながら、覆い被さるように飛びかかってくる。
身をひねる。
外す。1発、2発__、
仕留めた。
祈りとも怒りとも絶望ともつかない、やり場のない大きな感情を、魔物にぶつける。
すぐ目の前で舞う血飛沫。まずは1匹。
コイツじゃない。
今朝、感じた魔力はこんなものでは無かった。
人里に向わぬ____人里を襲わぬ魔を殺しても意味がない。
「あなたたち、数ばかり増えて麓には行こうとしないですよね。何故ですか?」
銃口を突きつけて、感情のない声で問いた。
このままでは、今年は肉を買うことが出来ないのだ。ロトが怒る。
残念ながら地面に転がった魔物の死骸は微塵も動くこともなく、返答は返ってこない。
なんて冷たいやつだろう。
幾度となく蓋をした感情が湧き上がった、その時。
誰もいるはずのない場所から物音がして、素早く振り返る。
「よお」
ぶっきらぼうな、けれど凛とした声。
月明かりが照らす木の上に、”それ”はいた。
驚くべきは、その容姿だった。
最初に目に入ったのは、髪。胸元までのびた白銀がたなびいて、月明かりは金色に反射して輝く。後光が差しているようにも見えた。
扇情的なまでの美しさ。その情景を一言で表すなら、これに限る。
彼は気怠げに、けれども針のように鋭い視線でこちらを見下ろしていた。
その瞳の色も、鋭い目鼻立ちも自分には無いもので、思わず見惚れそうになる。
人の姿形をしていたが、此の世ならざる者であるのがはっきりとわかった。
時間が止まったようだった。
人外が口を開く。綺羅びやかな見た目にそぐわず、不躾な態度だった。
「お前、喋れないのか」
突き離すような冷たい声音にはっとする。止まっていた時間が動き始める。
背中に冷たいものが走った。
魔力の気配。全ての元凶が目の前にいた。
今朝の違和感の正体は、今夜が満月だったわけでも、魔物の数が増えているわけでもない。
少なすぎるのだ。強力な力を肌で感じるのに、魔物が少なすぎた。
銃口をそいつの頭に、狙いを定める。
「道理で魔物が少ないわけで。…あなたの気配のせいでしたか」
吸血鬼。古い書物に描かれていた生き物だ。記されていた特徴が、目の前にいる男とぴったり重なった。ここらの魔物と違い、優れた知性を持つ。長寿の賢者とされる種族。
鮮血の色をした彼の瞳と、特徴的な美しい頭髪___
それから、発達した犬歯。
全てがそれらを物語っていた。
他の魔族は大方、吸血鬼の魔力に勝つことは出来ない。弱い魔物はその気配を恐れるほど。
まさか生きてお目にかかれるとは。
吸血鬼は、心底面倒臭いといった様子で溜め息をついた。
「お前なあ…そんな鈍で相手ができると思うな。やめとけ」
首元にひやりと金属が触れるのを感じて初めて、相手がサーベルを抜いたのがわかった。凄まじい疾さに、認識できない。こんなことは生まれてはじめてで、度肝を抜かれる。
今まで神父が出会った、どんな魔物よりも強い。
どちらかが動けば、いつ首が跳ぶかわからない状況。その場に緊張感が漂う。
ところで何故。
「上級の魔族がこんなところに?」
吸血鬼の小言を無視し、問いかけた。
吸血鬼は数舜考えて、口を開く。ほんの一瞬の筈なのに、先の答えが気になって仕方がない。
「暇だったから」
僕は呆気にとられて首を傾げた。
たった今耳に飛び込んだ言葉を反芻する。
高潔な吸血鬼が。魔族が。
『暇だったから』。
「何が可笑しい」
思わず声を出して笑うと、吸血鬼はむっとした表情で神父を睨んだ。
「人間風情が」
彼の言葉がスイッチのように、緩んだ表情が一転。
僕の仕事は魔物狩り。僕はこいつを、殺さねばならない。
「その人間風情がいないと困る憐れな生き物は誰かな」
空気が張り詰める。
驚いたように目を開いて神父を見つめる吸血鬼。
対照的に、気色悪いほど完璧な笑みを貼り付け吸血鬼に銃口を向ける神父。
1秒、2秒、3秒____
その緊張を破ったのは、意外にも相手方だった。
「へえ、面白い。」
「……っ」
引き金に触れる人差指に力を込める。
そんな中、気まぐれに放たれた吸血鬼の言葉は衝撃的だった。
「お前、どこに住んでる?名前は」
思わず、「ぇ、」と声を洩らす。訊ねる顔は愉しんでいる。そこに敵意があるようには見えなかった。
余りにも気まぐれな態度の転換に、唖然とする。え、今、なんて言った。
不恰好に口を開きそうになったのを、必死に堪える。
僕が答えないのをいい事に、吸血鬼は1人続けた。
「…待てよ。あの教会に住んでるのか?あんな小屋に人がいるとはな。」
「ええ…、否定はしませんが…」
もはや何も言えない。どういうつもりだろう。
不思議な人____いや、吸血鬼か。
気がつけば彼のサーベルは鞘の中に納まっていた。
喪失しそうになった意志を必死に奮わせる。
「あなたの気配が強すぎて、魔物の数が減っているんです。全くいい迷惑ですよ」
「お前たちがか?聖職者は一際俺達を嫌う筈だが」
「ええ。だから殺すんです。私たちは魔物を殺して人を救う為にいます」
表向きに用意された言葉だ。間接的に人を救っているわけだから嘘ではないけれど。
「お前さっきいい迷惑とか言ってたけど」
何でもない顔で疑問を述べる相手に、逡巡した。
この吸血鬼には、本当のことを言ってもいい気がする。
「…そうですね。そんなの嘘ですよ。実は、魔物を殺して生計を立てているのは私たちなんです。報酬がなければこんなことはしませんよ。私たちは生きるために魔物を殺します。」
「お前ほんとに聖職者かよ」
吸血鬼は興味深げに笑った。
無防備に幹の上でふんぞり返っている正装の魔族に、思わず微苦笑を浮かべる。
「さあ…どうでしょう。こんな格好をしておきながら、洗礼は疎か……修業といった修業も行っているかどうかもわかりません」
僕は何を言っているのだろう。
引き金を引く覚悟を本気でした自分が、今や馬鹿馬鹿しく思える。落胆さえ覚えた。
同時に、初対面の吸血鬼に、まさか自分語りをしている自分にも驚いた。いつの間にか拳銃の口も地面に向いていた。
「笑えるな。お前、名前は?」
神父は微笑んだ。
「叶です。」
そう。叶わないと書いて、叶。