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アルビノ(albino)

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アルビノ(albino)

3 - 第一章  祈る者

♥

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2022年05月31日

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吸血鬼は、アレクサンドル・ラグーザと名乗った。長すぎるから、と愛称を尋ねると、ぼそぼそと小声で呟く。

口にして確かめると、吸血鬼は____サーシャはむず痒そうに俯いた。


あれから、わかったことがいくつかあった。

彼は僕よりずっと、素直な性格をしていること。

照れたりするとき、必死に顔を見せまいとすること。

それから、僕は意外と会話することが、好きだったこと。


少しひねくれた出会いではあった__けれど、初めて会話する相手を手に入れた僕は、あの日不思議な気分で帰路についた。


彼と次に逢うのは、思いの外すぐのことだった。




日の高い昼下りのこと。洗濯を済ませた僕は、一息つくことにする。ふと辺りを見回して、ロトを探した。そういえば、いつも目の届く所にいることが多いロトが、さっきから見当たらない。

少しすれば帰ってくることは知っている。しかし、こんな日は久しぶりに戯れてみようか、と浮足立っている自分がいた。


「…隠れんぼですね」


特にすることもない。教会を一通り回ることにする。

礼拝堂、書斎、寝室。扉を開け、歩き回る。


結果、ロトが普段好んで居る場所に、気配は無かった。


こんな時、僕が行く場所は決まっている。あそこなら散歩がてら、景色を眺めに行くのも悪くない。


教会から出て、建物の裏手へ進む。

少しすると、視界が広がり、一面を覆い尽くすほどの白が目に入った。


夜、あの日も通り越した、白百合畑である。


この花は教会周囲の森に自生していて、この畑もこれといった手入れをしている訳ではない。それでも、美しい花を咲かせる名前も知らない植物を、神父は愛していた。

緑一色の森に純白が咲くのが、毎年のこの時期の楽しみでもあった。


夜は闇に溶け込んでしまう花弁も、昼間は木々や空と共に、強く色を主張をしている。


僕はこの場所が嫌いではない。

日が沈む夜間は命取りになりかねない森も、別の一面を持っている。


草花の生える地面にそっと腰を下ろした。



「にゃあ」


突然の声にぱっと顔を上げた。振り返ると、どこからともなく現れたロトが鎮座している。


「ここにいたのぉ」


身を屈ませ、ロトに手を伸ばす。視線が下がると、疎らだった白がより一層濃く見えた。逃げるも嫌がりもせずそこにいるロトを抱えあげ、寝転がった自分の腹の上に寄せた。顎の下を撫でてやると、ごろごろと愛らしい音を鳴らす。そよ風が心地良い。

その時。

ふわりと草が揺れて、風が舞った。


「おいおい。ユリ中毒って知ってるか?神父さんよお」


聞き覚えのある声が上から降ってくる。

愛猫との癒しの時間をよくも。少し残念に思いつつも、お目当ての吸血鬼が存外早くやってきたという事実に気分は悪くない。


「猫にはユリが猛毒になる、って昔兄上が……流石にそのくらい知ってるだろ?ユリはどこをとっても毒なんだとよ、お前の飼い猫にはな」


「いや、使い魔か?」


「…って。おーい、無視すんな」


夜にしか見たことが無い彼の、太陽の下の姿を想像出来ない。日光に、彼の髪はどう光るんだろう。だからなんとなく、目を閉じて声を聞いていたかった。

仕方なく彼に言われるまま目を開ける。


「ふふ、ばれてましたか」


「ばればれだっつの。」

目に映る姿が何となくしっくりと来たのが不思議だった。

突然、僕の腕の中にいたロトが、彼の方に顔を向けた。そして小さく威嚇してから、また僕の手にすり寄ってくる。

「この子は大丈夫なようです。」そう言ってまた黒い毛並みを撫でる。

「こいつ、妖魔だろ」

彼は、動物相手にそうされるのが慣れていない様子で、ちらちらとこちらを見遣っていた。もともと興味が無かったふうに、気のない声でぼそりと言う。

「気づいていたんですか。」

妖魔、とは、恐らくこの黒猫の事だろう。「この子はロトと言います、」と猫の名を教えてやった。

「…たしかに、最初にここで見かけた時は焦りましたが……中毒症状が出ているのは確認出来ませんでした。魔力のおかげかもしれません」

ユリ科の植物の一部でも、猫が体内に取り込むと大変な毒になるという。しかしロトにその様子は一切みられない。

それどころか、与えたもの以外口にしないので、それはそれで困っていた。

「触ってみます?」

そういってロトを彼に見えるように抱き上げた。彼は、それをはじめて見るもののように困った顔をした。やはり、魔界に猫はいないのかもしれない。

彼は眉根を寄せ、手を出した。

途端、ロトが牙を剝いて威嚇する。

「シャアァっ」

びくん、と肩が跳ねて、誤魔化すように吸血鬼はそっぽを向く。行き場の失った手を、出したり引っ込めたりして、彼は言った。

「あー、やっぱやめた!!んの猫又がよぉ!」

これだから嫌だったんだ、などと何かぶつぶつ呟いて俯いる。そのあまりにも素直の真逆を行く光景に、思わず声を出して笑った。

「笑ってんじゃねぇ」

「ふはっ、照れているのかもしれませんね」

「くっそぉ…」

前言撤回。驚くほどころころと変わる表情は、彼の感情をそのまま表しているように見えた。想像よりもずっと幼い顔を魅せる彼に、興味を惹かれた。


(素直なやつだなあ)


少なくとも、僕よりずっと。

何だろう、この感情は。

そう思ったとき。何か出逢ったことのない、不思議な心地がした。




それから、彼は不定期に教会に姿を見せるようになった。

間隔は1日だったり、数日だったり1週間だったりと様々である。

気分屋の彼は自由気ままに、魔界と人間界を行き来していることも、後から知った。


「何やってんの」

「…サーシャですか?」


礼拝堂から台所に繋がる扉が、ガチャリと音を立てた。今仕方できた隙間から、白い頭が見える。

「おん」

「料理です。」

「りょうり?」

サーシャが首を傾げた。

「はい。料理です。りょ、う、り」

「ああ、実家にいるとき世話役がやってた」

へえ。

「魔界にも、お手伝いさんがいらっしゃるんですか」

「まあな。おれらは特別。」

少し声のトーンを落とした彼が、近くにあった食卓の椅子を掴まえて腰掛けた。

「一緒に食べますか?」

「何を」

「私が作った料理」

言ってから、彼は唸った。

何か間違えたことを言っただろうか。考えてから、思った。

そういえばそうだ。考えが浅かったかも知れないと肩を落とす。魔族の、ましてや吸血鬼である彼に、人間の食事を摂らせて良いものか。考えれば、誰かと食卓を囲んでみたかっただけなのかもしれない。そんな事情を彼に押し付けたのは、僕の欲だろうか。

「すみません。嫌なら別に__」

「食う」

食い気味に言い放った彼に少々驚く。良いのだろうか。断わりづらい言い方をしたばかりに、彼に無理をさせてしまっているのかもしれない。第一、人間の食べ物が口に合うかどうかもわからない。

「?どうかしたか?」

急に黙った僕を不思議に思ったのか、サーシャは怪訝そうにこちらを見遣った。慌てて頭を振る。

「何でもありません。すぐ作りますね」

ところで、

「何か食べたいものはありますか?好みのものとか」

尋ねるとすぐ、甘いもん食べたい、と返ってくる。

「お菓子ですね。承知しました。」



「出来ましたよ」

完成した簡易的な甘味をテーブルに出すと、彼は幼子のように目を輝かせた。

「やばあ!?これなに」

「パンケーキです。私はまだ昼食を食べていなかったので」

先月に、臨時の報酬で貴族から砂糖や小麦粉を与えられた。神父1人では甘い物などそう大量に作らないが、客人が来たなら話は別である。

「…これは?」

コップの中身を指差して、不安そうな眼差しでこちらを見つめられる。

「茶葉があったので、教会の裏に自生している黒苺の実と、ミルクを入れて煮込みました。甘いですよ」

見たことのない食べ物を前に曇った表情をしていたが、最後の僕の言葉を聞いた途端、眉が上がった。本当にころころと表情が変わるものだ。そんな彼を前に、まるで世話の焼ける愛猫が1匹増えたような心地がした。

「食べていいの?」

ふんふんと荒い鼻息が聴こえてきそうな勢いに、どちらかといえば愛犬な気がする。

「もちろん。」

飼い主のよし、を合図に、彼はフォークを鷲掴んで頬張った。

「うんまあ!」

初対面では想像できなかった一面である。

長い爪が邪魔になるのか、ほとんど拳でフォークを扱う姿に、これは入念に教え込んでやろうと密かに誓った。

「よかったです。…ところで、人の食べ物を食べても、問題はないんですか」

聞いた時には、彼は、既に半分ほどパンケーキを平らげていた。

「だいじょぶ。おえ、こっちのたへもんも、たべたことある」

「へえ、例えば」

「色々。あ、でもコーヒーとか野菜とかは食いもんじゃない」

「僕もコーヒーはあんまり得意じゃないです」

「だよなあ!あれ1番不味い泥水だもん、」

「いや、そこまでは言ってませんが…」

他愛ない冗談を交わして、食事をする。誰かと食卓を囲むのは初めてだった。長い間、1人で静かに食事をする毎日だったので、こうして賑やかな食卓は不思議な心地がする。


話していると、また、サーシャは色々なことを語った。

日光(人より眩しがるが)や十字架、ニンニクや聖水も彼には効かない理由。

彼のお父上のお話。

「はははっ」

不思議だった。僕は意外と、人と会話するのが好きらしい。




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