テラーノベル
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ふわりと風が通り過ぎ、庭の薔薇の香りがそっと香る。
リゲルド家の広大な庭園。
その一角、白いパラソルの下に設けられた籐椅子に、シオン・リゲルドはゆっくりと腰掛けていた。
「今日はなんていい天気なのかしら。気持ちの良い風に当たりながら読む本は最高ね。貴方もそう思わない?シーナ」
膝の上には開いたままの本。ページの端を指先でなぞりながら彼女は横に立つ専属メイドへと視線を向ける。
「ええ、お嬢様。しかし、そろそろ切り上げて下さらないとピアノのレッスンに間に合いませんよ」
その声はどこか優しく、けれども確かな責任感をにじませていた。
「う……もうそんな時間?嫌ね、現実に引き戻されたみたい」
シオンはページを閉じて、名残惜しげに本を抱きしめる。
金糸のしおりがふわりと舞い、芝生に落ちた。
「まだこの章、読み終わってないのに……。続きが気になるところだったのよ」
「お気持ちは分かりますが、先生をお待たせしてしまってはご両親に叱られてしまいますよ」
シーナはにこりと笑って言ったが、それはただの従者の微笑みではない。どこか、姉のような、母のような、そんな深い信頼が込められていた。
「わかってるわ。……あれはお母様と、お父様?」
庭に面したサロンの窓越しに両親の姿が見える。
慎重に言葉を交わしている様子だった。
「なにやら真剣な顔つきでお話しされてますね」
シオンの胸はざわつく。
(きっと、私の結婚相手のことを話しているに違いない)
彼女はそう直感した。
幼い頃から耳にしてきた「良い縁談」「伯爵家の後継者」といった言葉が頭の中に浮かび、無意識に眉をひそめる。
「結婚なんて、私は興味ない」
そう小さく呟き、視線を逸らした。
ーサロンー
「シオンは今日で十七となるのにまだパートナーが居ないのは少し焦った方がよいのでは?」
クラリッサ・リゲルドは、紅茶をそっと置いて、窓の外に視線を投げながらそう言った。柔らかな陽光に照らされた横顔は優美だが、その声には確かな焦りが滲んでいた。
向かいに座るグラウス・リゲルドは紅茶の香りを楽しみながらゆっくりと目を細める。
「焦る必要など、どこにある? 十七だぞ、クラリッサ。まだ子供じゃないか。いや、むしろついこの前まで、手のひらに収まるほど小さかったんだ。あんなに小さな……」
「それ、もう何度も聞いたわよ」
クラリッサは呆れたように、眉をひそめて夫を一瞥する。
「あなたは娘が”手のひらサイズ”だった時の話をいつまで引きずるつもりなの?十七よ十七。公爵家や侯爵家の娘たちなんて、もう婚約の一つや二つ決まっていてもおかしくない年齢なのに」
グラウスはムスッと唇を引き結び、椅子に背を預けるた。
「だが……シオンに限っては、急ぐ必要などない。あの子は…まだ早い。男なんて……いや、”異性”なんてものは、もっとこう……厳重に警戒すべき対象なんだ」
その言葉に、クラリッサはついに呆れを通り越して手を額に当てた。
「本当にもう……あなたって人は」
「だってな……クラリッサ」
グラウスは窓の外へ視線をやる。
ー庭園ー
「そろそろ行かなくちゃ。はぁー……ピアノのレッスンなんて、やらなくても困らないのに」
「そうおっしゃらず。こちらお下げしますね」
不満げにそう呟きながら、シオンは椅子から立ち上がった。
そのときだった。
「きゃっ……!」
「お嬢様!?」
パラソルの支柱に足を取られ、体のバランスが崩れる。
右手にはまだ本。受け身も取れず、シオンはそのまま石畳へと倒れむ。
「っ……!!」
ガツン、と鋭い音がして視界がぐらりと揺れる。
(……なに、これ……頭……が)
世界が、霞んでいく。
意識の奥で何かが”ズレた”ような、そんな感覚がした。
——意識が、浮上する。
「……う……うーん……」
まず最初に感じたのは、風の匂いだった。
バラの香り。
それから、凄く静かで、上品な空気感。
(ん……? ここ……どこ?)
次に感じたのは、背中に触れる柔らかいクッションと、やたら高級っぽい服の感触。
(あれ? なんか……変じゃね?)
ゆっくり目を開けると、視界に飛び込んできたのは——
シックな天蓋。
そして、近くには金髪のメイド。
(えっっっ!?)
思わず跳ね起きようとした瞬間、胸元のリボンがふわりと跳ねた。
「は……っ!? え、ちょ、待って……!」
見下ろすと、なんかドレスみたいなの着てるし、 手元には白くて細い指先とレースのグローブ。
(誰コレ!? え、うち!? これ、うちの体!?)
脳が認識を拒む。
でも、肌の感覚も、匂いも、音も、全部リアルすぎて夢じゃない。
「……うっわ……これ、ガチで“転生”とかいうやつ……?」
声に出した瞬間、自分の声がやたらおしとやかなことに気付く。
(なにこれ、うち……貴族になってる!?)
そして、不意に——
ゴンッ
(あ……そういや……)
ふと脳裏に蘇ったのは、
あの日、階段から足を踏み外し滑って頭を強打した瞬間。
(あー……あれか。あれで死んで、これ?)
理解はしてない。けど、納得はしてる。
「うっわ、マジかよ……え、これ、貴族ってやつ……?うち、貴族になっちゃったんだけど……」
目の前に立つメイドが不安そうに声をかけてくる。
「お嬢様……? ご気分でも悪いのですか?」
「お嬢様……?」
「申し訳ございません!私があの時お嬢様に手を差し伸べてさえいれば……お嬢様のお顔に傷が付くことも無かったのに」
「……傷?」
ふと横に置いてある鏡に目をやるとそこには女神が写っていた。
(爆美女で死ぬ!!!!)
「お嬢様鼻血が!!」
「あー、ごめんごめん。女神が居てさ〜興奮して出しちった」
「やはり頭を打った事で錯覚を見てるのですね!急いでお医者様を呼んできます!」
「ちょ待っ!……行っちゃったよ」
メイドが居たから部屋には全く目が行かなかったが一人になってみるとわかる。
教室と同じくらい広い。 そして高級そうなアンティークばっか。
「うわ〜、やば。外、広! 」
ドタバタッ
どこからか足音が聞こえてくる。その音は次第に大きくなっていく。
「え!何なにナニ!!」
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