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タクシーが遥の家の前で止まった。
「……じゃあな、紗南。明日、学校で」
遥は最後まで凌先輩とは目を合わせず、松葉杖を器用に操りながら車を降りていった。玄関のドアが閉まるまで見送っていたけれど、車が再び走り出すと、車内は急激に緊張感が増したような気がした。
同じ家に帰るはずの兄弟。けれど凌は、遥と一緒に降りることはしなかった。
「……やっと、静かになったね」
凌の声が、耳元で低く響いた。
「あの、凌先輩……一緒に降りなくても良かったんですか?」
「いいんだよ。あいつは一人になりたい時もあるだろうしね」
凌は、窓の外を眺めたまま、ふっと自嘲気味に笑った。その横顔が、街灯の光と影に交互に照らされる。
「遥は、あんなふうに剥き出しで君に感情をぶつけられる。同じ兄弟なのに、僕にはそれができない。……要領よく立ち回ることでしか、自分を保てないんだ」
「凌先輩……?」
凌がゆっくりとこちらを振り向いた。
「でもね、紗南ちゃん。兄として譲ってあげられることと、そうじゃないことがあるんだ」
凌の手が、座席の上で私の手に重なる。
それは、弟である遥には絶対に見せない、一人の男としての、静かだけれど強引な意志を感じさせる手だった。