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県大会、準決勝。
稲荷崎高校バレー部が目指すのは全国。ここで負けるわけにはいかなかった。
北信介は静かにコートを見渡した。体育館に響く応援の音、汗のにおい、選手たちの緊張感。すべてが馴染みのある空気のはずなのに、今日だけは何かが違って感じられた。
「 侑 」
トスの構えに入った宮侑に声をかける。いつものように冷静な声を出したつもりだったが、少しだけ胸がざわついていた。
「 わかっとります、北さん。 」
その返事に、北の心が一瞬ふわりと浮いた。今の呼び方が、なぜかやけに近く感じた。今さら何を…と自分をなだめる。
第2セット、15ー15。
相手チームのサーブは勢いがある。セッターを狙ったコースに放たれたボールを、北がギリギリで滑り込み拾った。
「 ナイスレシーブ! 」
侑の声が飛ぶ。すでに体は跳ねるように動き、完璧なトスが宮治へと上がる。
スパイクが決まり、観客席から歓声が上がるなか、北は立ち上がり、無意識に侑を見た。
「 今の、良かったな 」
「 北さんのレシーブがあったからやろ 」
侑は短く笑った。ふだんと変わらない笑顔。けれど、それが今日はどこか苦しかった。
昔から侑は真っ直ぐだった。勝ちたい、強くなりたい、バレーボールが好きや。全部、言葉にも態度にも出すやつだ。
その姿勢に、北はずっと惹かれていた。だが、それを「尊敬」や「後輩として可愛い」と片づけてきた。…そのはずだった。
第3セット。20点を超え、緊張感が極まる中、侑がトスを上げる瞬間に、また目が合った。
ほんの一瞬だったのに、北は呼吸を忘れそうになる。
( なんやろ、この感じ )
勝負の世界にあって、心を乱されるのは本来許されない。でも、その時北は初めてはっきりと意識した。
侑の背中を、誰よりも見ていたい。
誰よりも、信じていたい。
そして、誰よりも近くにいたいと――思っている自分を。
勝利が決まった。
歓喜の声が上がり、仲間たちが肩を叩き合い、宮兄弟がいつものように軽口を交わす。
北は少し離れた位置から、それを見ていた。
すると侑がふいにこちらを見た。
「 北さん、今日のオレ、どうやった? 」
汗に濡れた前髪の隙間から、まっすぐな瞳が北を射抜く。
「 …文句なしや 」
それだけを返すのが精一杯だった。
心の奥が、静かに跳ねた。勝利の喜びとは、少し違う音がした。
( この気持ちは、なんなんやろな.. )
答えが出るには、まだ時間がかかりそうだった。
けれど、北信介は確かに、宮侑という存在をただの後輩以上に思い始めていた。
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