「悪い。さっき仕事から帰って、着替えてたところ。入って」
「あ、あの……私はここで待ってます。焼き立てなんで早めに食べて下さい」
ドアの前で、あんこさんが作ってくれたパンを両手で差し出した。
「そこにいられたら迷惑」
「えっ」
祐誠さんはそう言って、私の右手を掴んでドアの中に引き入れた。
嘘……
ドア、閉まっちゃったよ。
私、祐誠さんの部屋の中に入ってる!?
「店長さんのパン、一緒に食べよう。雫も何も食べてないんだろ? 俺もお腹空いてるから」
「あ、でも……中に入るとかは良くないです。彼女さんとかに怒られます」
「彼女なんかいない。いいから入って。そこにずっと立たれてる方が気になる」
また私の腕を引っ張って、奥のリビングに連れていく祐誠さん。
「ちょ、ちょっと待って下さい。あの……」
私、どんどん中に引き入れられてく……
祐誠さん、すごく強引だよ。
リビングを見渡すと、そこはあまりに広くてオシャレな空間だった。
男性の一人暮らしとは思えないくらい全てが整理整頓されてる。
私の部屋とは……大違い。
置かれてるテーブルとソファは、会社にあったのと似てる。
家具も全部が素敵だ。
きっと、すごく高いんだろうな……
「そこに座ってて」
「は、はい。すみません」
「謝らなくていい。雫も仕事で疲れてるんだからリラックスして」
リラックス……
そうだった、つい数分前まで思ってたその言葉。
祐誠さんとの時間を少しでも楽しもうと考えてたのに、全然思うようにいかない。
この状況じゃ、リラックスするなんてやっぱり無理だと悟った。
セレブしか住めないこの部屋にいると、あからさまに祐誠さんと私との身分の違いを思い知らされる。
それに、キッチンでお茶をいれてくれてる祐誠さんの姿がカッコ良過ぎて……
こんな私服姿の自分が、とてもみすぼらしく思えてしまう。
何から何までが、違い過ぎるんだ。
あまりに素敵な暮らしぶりに、「私なんかがこんなところにいてもいいのかな」って、ちょっと卑屈になってしまった。
もしかして、祐誠さんは私をからかって楽しんでるの?
だとしたらすごく恥ずかしいし、みじめだよ。
いろんな思いが交錯して、一気に気分が落ち込む。
あんなにあんこさんにアドバイスしてもらったのに、1歩踏み出さなきゃって思ったのに、実際に祐誠さんを目の前にすると、自分の気持ちが上手くコントロールできなくなる。
静かにパンを食べてる祐誠さん。
まだ、胸元が開いたまま。
私は、目のやり場にずっと困ってるけど、そんなことはお構いなしだ。
女性を部屋に入れて、そういう格好でいることに、きっと慣れてるんだろうな。
彼女がいないなんて、やっぱり信じられない。
「美味しかった。これは……初めて食べた」
「これはベーグルっていうパンです」
「食感がしっかりしてて、小麦の良い味がする」