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彼は遠慮なく私の隣のブランコに腰掛けた。続け様に首をこてんと傾けて、形のいい唇を動かす。
「名前、なんなん?」
『…なんで、出会ったばかりのあなたに名前なんて教えないといけないんですか』
「気になるから」
整ったツラと押しに弱い私は、か弱い声で彼に名を教えた。私、こんなんだから社会に疲れちゃうんだよ。
「へー、♡ちゃんかぁ」
可愛い名前やね、と。
なんとなく察した。彼、多分女の扱いに長けているのだろう。ひとつひとつの小さな所作とか、仕草とかが洗練されているし、清潔感あるし。小さく丸く切り揃えられた爪を見ていれば、あれ、親指だけ切られてない、なんてどうでもいいことに気がつく。
『あなたこそ、名前教えてくださいよ』
「僕?僕、鬱って呼ばれとるで」
うつ。
本名なのか定かではないが、そう呼ばせてもらおう。
彼は、私を弄んでいるような口調で言う。
「きみのこと、もっと教えて」
年齢、生い立ち、趣味、仕事。いろんなことを話して、言葉を巧みに操るうつに絆されて、気づいたらいつの間にか日々の鬱憤まで彼に吐き出していた。
辛かったなあ、抱え込まんといてや、大丈夫やで。
今日が初めましてで、ましてやこんな胡散臭さ満満の男なのに、彼からの言葉を感受して、心が救われる気がした。
結局その日は太陽が昇るまで彼と駄弁った。
いつもの私なら、朝はしらじらしいだとか、一日で一番虚無だとか、眩しくて自分が醜く思えるだとか、そんなことを思うけれど。
なんだか今日の朝は、そんなことを思う気分ではなかった。
彼とは連絡先を交換して、またね、と別れた。
またねなんて言葉にときめいたのは、いつぶりだろうか。
ねえ、きっと、私、恋したんだよ。
こんな年齢で一丁前に恋だなんて見窄らしいけど、どうしようもなく胸が昂るこの感覚は、恋だ。
思えば、彼と言葉を交わしているとき、ずっと彼のことを見ていた。
彼をつくりあげるすべてが愛いくて、心を奪われる。色白で細長い指ですら、雪の結晶のように、ガラス細工のように扱わなければならぬような、そんな気持ちになる。
彼はきっと私の弱さに漬け込んでいるし、私も彼の甘さに漬け込んでいる。