翌日。
友達と通話をしながら自宅で業務をこなす。ほぼ毎日オフィスに通うなんてそんなことできない、と熟考した末、リモートワークのみで対応できるこの仕事に就職した。
『ねえねえ聞いて〜、昨日さ、すんごいイケメンに会っちゃってさ』
「えぇ〜っ、何系?かわいい?」
『なんだろ、女慣れてる系…?』
「なにそれ〜」
昨日の彼に見えた、気遣いや上手い魅せ方の節々を思い出す。ため息と煙草の灰を織り交ぜて吐き出した。会いたい。
「名前、名前なんだった?」
『うつ』
途端、訪れる沈黙。
続けて紡がれた言葉に、私は何も言えなかった。
「それ、うちの会社でプレイボーイとして有名な鬱先輩じゃない?気をつけてよね…」
彼女の言葉が、頭から離れない。そんな雰囲気は感じ取っていたし、なんなら自分から女遊び激しそうだな、なんて思っていたのに。
たぶん、昨日あったことも何度も何度もいろんな女に試してきたのだろう。私は所詮そのうちの一人でしかなくて、いずれ忘れ去られて相手にもされなくなる。
それでも、彼を忘れることなんてできそうにない。
思い返せば、彼は私に見せる瞳には、二種類の感情が垣間見えた。
余裕と蔑み。
あの男は、私を軽視している。見下している。自分が蛇になったつもりで、蛙の私と接している。
強ち、違ってはいないのだが。
その綺麗な双眸に惹き込まれるようだった。彼がいればなんだっていいだなんて、御伽噺のような、何番煎じの感情。
一夜でこんな感情を抱くなんて、はなはだ馬鹿馬鹿しくて、それでいて一種の浪漫を感じた。
好きな男の子と一緒に駆け落ちするなんて妄想をしていた、学生時代のうぶな気持ちを蒸せ返している気分だ。
彼が全部忘れて、私と逃避行でもしてくれたら。
それは、どんなに幸せなのだろうか。
某アプリ特有の、軽い音が響いた。
きょう、また、あえる?
表示された文を頭の中で分解して、理解して、少しでも浮かれた自分が惨めで、どうしようもなかった。
それでも会いたい気持ちは消えてくれなくて、彼の顔を思い出して、返事をした。
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