彼がすっかり寝入ってしまうまで呆然とその寝顔を見詰めていた俺は、彼が寝返りを打ったことでハッと我に返った。物音を立てないようにそっと、でも逃げるように素早くその部屋を後にする。自分の部屋に滑り込んで、ベッドに突っ伏した。
「マジか……可愛すぎんだろ………」
思わず言葉が口から漏れる。
可愛かった。彼の柔らかな笑顔が可愛くて、伝えてくれた言葉が嬉しくて。 心臓が馬鹿みたいに早鐘を打った。
太陽みたいだと言われたことは今までだってある。子供の頃に先生から太陽くんと呼ばれたことがあるくらいだ。むしろ彼もそれを知っていて言ったんだろう。
でも彼がそう感じてくれたんだと思うと、自分の存在が少しでも彼の心を軽くしたんだと思うと、その単語がたまらなく特別なものに思えた。
彼にはいつも笑っていて欲しい。
憂いがあるなら取り払いたい。
どんな時でも彼を明るく照らす太陽でありたい。
この気持ちに付けられる名前を、俺は「恋」しか知らない。
次の朝、俺がリビングにいると涼ちゃんが「おはよ〜」と起きてきた。
「おはよ、よく寝られた?」
寝癖のついた髪を微笑ましく眺めながら聞くと、彼は大きく頷いた。
「うん、ぐっすり。 昨日は知らない間に寝ちゃってたみたいで、ごめん!……子守唄、ありがとね」
ちょっと恥ずかしそうに謝った後、俺を冷やかすように悪戯っぽい笑みを浮かべる彼に、朝から心臓を抉られる。
「涼ちゃんが歌ってほしいならいつでも歌うよ」
本心だと悟られないようにわざと気障ったらしく言って、にっこりと笑う。
「…またリクエスト考えとかないと」
少し驚いたように目を瞬かせた後、へへっと笑って言う涼ちゃんが可愛い。 彼への想いを自覚した途端、些細なことにも簡単に高鳴ってしまう自分の胸に内心苦笑する。
昨夜、俺はほとんど眠れなかった。
彼への気持ちがメンバーや友達に対する親愛ではないのか、同情や庇護欲ではないのかと何度も自分に問いかけた。
それでも毛布にくるまって微笑む彼を思い出すたびに胸が高鳴ったし、 もしこの気持ちが彼にバレたらと思うと今度は冷水を浴びたように体の芯まで寒くなった。
布団の中で悶々と考えた後、俺は思った。
自分が恋しているであろう相手と一つ屋根の下に住み、良好な人間関係を築き、日々笑い合って過ごしている。こんなに恵まれた環境があるだろうか?
あの笑顔を一番そばで見られるだけで幸せだ、今のこの状況に感謝しよう!と決め、ようやくウトウトとわずかな休息を手に入れたのだった。
それからの日々は喜びと苦悩の連続だった。
何気ない日常に邪念が混じるからだ。
俺の作った料理を嬉しそうに頬張る口元、ダンスレッスン中の真剣な眼差し、俺のくだらない話に大笑いしてくれるくしゃくしゃの目尻。
そんないちいちに胸が騒ぎ、彼を好きだと思い知らされた。
やがて、ソロ曲をリリースした元貴が少し落ち着いたのか、またダンスレッスンに顔を出すようになった。
涼ちゃんはそれを喜び、元貴が居ない間に習った振り付けを教えてやったり、逆にソロ曲のダンスを一緒にやろうとして挫折したりしていた。
あの日の寂しげな彼の姿を思い出し、相変わらず仲の良い2人の姿にほっとする。
それと同時に、元貴の距離の近さが気になるようになった。涼ちゃんの膝に座ったり、髪に触れたり、抱きついたり。 元々誰にでも距離の近いヤツだけど、涼ちゃんに触りすぎだろ。
監視するように2人を目で追ってしまい、元貴が来る日はやけに疲れて過ごした。
ある日、元貴からテレビに出演すると連絡があった。出演時間が近づき、俺達はリビングのソファに並んで座ってテレビをつける。
3人は座れるソファだけど、肩が触れそうな距離に座った彼は少し緊張した様子だった。
その近さにやや怯んだものの、緊張をほぐしてあげたい気持ちでそっと彼の肩に手を回す。
休止してから俺はボディメイクで増量と筋トレを行い、我ながらガッシリとした体つきになってきていると思う。
彼もボディメイクを受けていたが、増量は指示されず、相変わらずすらりとした体型を保っていた。
その細い肩の感触に向かってしまう意識を努力してテレビに向ける。いつもお世話になっている番組だけど、視聴者として観るのは久しぶりだ。そろそろ元貴の出番かなと思っていると、肩にぽすんと重みが乗った。 驚いて視線を向けると、涼ちゃんの頭が俺に寄りかかっていた。
途端に早くなる心拍を、彼に気づかれないように息を吐いて整え、何気ない様子で画面に視線を戻す。
「なんか緊張してきた……」
「…涼ちゃんが出るわけでもないのに?お腹痛くなった?」
自分の動揺を誤魔化す為に、昔から緊張しやすくてライブ前なんかによくお腹が痛くなる彼をからかってみる。
「もう!大丈夫だよー!」
ちょっと恥ずかしそうに怒った声を出す彼の体が離れていく。
「あーッ嘘ウソ!元貴1人で大丈夫かなって俺も思ってるよ」
離れていった彼の肩に腕を伸ばして引き寄せる。人間とは欲深いものだ。俺から彼に必要以上の手を伸ばすことはしないけど、向こうから来てくれたものは有難く享受することにしている。
「………ね。元貴も緊張してるかもね」
むくれたような表情の彼が、俺の肩を通り越して太腿に頭を預けてきた。
オイオイオイオイ。
今日はなかなかに忍耐力を試される日のようだ。幸運なのか試練なのか、もうわからない。
1人頭の中で唸っていると、テレビの画面に元貴が映った。
「あ」と起き上がりかける彼の側頭をそっと押さえて膝に戻す。折角なので堪能させてくれ。
俺の膝枕に収まった彼の頭を、ついでだし…と撫でながら、視線を画面に向ける。
MVを思い出させる白い衣装、スモークとライト、たくさんのダンサー。元貴の歌声は澄んでいて、一糸乱れぬダンスは美しかった。
メンバーとしては複雑な気持ちが無い訳ではないけど、純粋に凄いと思う。
元貴のパフォーマンスが終わった。
ほぅ、と息が漏れる音に目をやると、少し鼻を赤くした彼が元貴の居なくなった画面を眺めている。
「……かっこよかったね、元貴。良かった…」
安堵したように呟く。
「うん。 …でも1人で寂しかったかもね 」
「………………うーん、どうかなぁ」
自信がなさそうに笑った彼に、俺がこの頃よく思うことを話してみようと思った。
「元貴はさ、凄いじゃん?アイツの音楽は本物だから、どこでだってやっていけると思うんだよね。でもアイツけっこう寂しがり屋じゃん。だから、もし元貴がソロで大成功して、例えば海外に行くとかってなったら…俺は付き人になろうと思ってる」
驚いたように目を見張った彼が、膝の上で頭を転がしてこちらを見る。
「俺にとって一番大事なのは元貴から最高の音楽が生まれることだから。ソロでしかそれが叶わないなら、俺はそれを近くで支える」
彼は唇を引き結んで、何か考えているように見える。
「で。涼ちゃんも一緒に付き人やったらいいよ。必要でしょ、メンタルケア要員。そんで楽器弾きたくなったらさ、時々こっそり一緒にスタジオ入って鳴らそ」
ニコッと笑って彼の顔を見下ろす。 ぽかんと空いた口が可愛い。
しばらくの時間をおいて、彼がふ、ふふ………と肩を震わせて笑う。
「なんか、若井が言うと楽しそうだね。…スタジオにはこっそり入んないとだめなの?」
「ダメだよ、元貴は混ぜてやんない。俺ら2人だけ」
「……………考えとく」
ふふ、と目尻を下げる彼の笑顔に、俺は大きく頷いた。
コメント
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すきーーーーーーー!!!!!!