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京都に夕方から出張する日の昼。
壱花は社食で倫太郎と一緒になった。
キーマカレーを食べていた壱花の傍らにある本を見ながら、倫太郎が言う。
「……お前、縁結びの神社に祈願したのに、彼氏ができなかった恨みで京都が苦手とか言ってなかったか」
いや、社食でデカイ声で言うの、やめてください……。
「そのお前の横にあるの、京都のガイドブックじゃないのか」
「気のせいです、社長」
「その付箋がいっぱい飛び出してる、分厚い京都のガイドブック、お前のじゃないのか」
「気のせいです、社長」
などと揉めているうちに、昼が過ぎ、夕方になり、壱花たちは新幹線に乗っていた。
新幹線、両手に花状態で乗っていた壱花は困っていた。
別の席に座りたかった。
ちょっと離れた席に座りたかった。
迷いながらも、
しょうがない。
スマホで見るか、と思ったとき、ついゴソゴソしてしまった壱花に窓際の席に座る倫太郎が言ってきた。
「……見ればいいじゃないか、ガイドブック」
「なにも言ってないじゃないですか……」
「っていうか、お前、外も見たいんじゃないのか。
変わってやるって言ったろ」
「よその社の人と出会ったらどうするんですか。
あそこの秘書、社長を差し置いて窓際に座ってたぞって言われますよ」
そう二人で揉めていると、冨樫が溜息をつき、言ってきた。
「二人でラブラブ旅行に来たのかな、と思われるだけですよ」
「でも、冨樫さんが居るじゃないですか」
と壱花は言ったが、
「私は通路と反対側に顔を向けて寝て、他人のフリをします」
と薄情なことを言う。
「で、結局、何処行きたいんだ、壱花」
と倫太郎が訊いてきたので、仕方なく分厚いガイドブックを出してきながら、壱花は言った。
「川床に行きたいんですけど」
「……凍死する気か」
春の京都の寒さ、舐めるなよ、と言われる。
「そもそも、今、やってないんじゃないか?
お前、なんのために持ってんだ、そのガイドブック。
営業期間とか書いてあるだろ」
と言いながら、倫太郎が一緒にガイドブックを覗き込もうとした。
倫太郎の顔が真横に来て、ひっ、と壱花はガイドブックを投げ出しそうになる。
横で、冨樫がボソリと言う。
「……そんなことで動揺しなくても。
寝てるとき、結構社長に引っついて寝てるのに」
「そ、そんなことないですよっ。
って、目が覚めたとき、大抵、みんな起きてるから知りませんけどっ」
と壱花は慌てて言って、
そうだろう……という顔を二人にされてしまう。
大抵、壱花が最後まで寝ている。
まあ、最近では、冨樫が一緒に倫太郎のベッドに飛んでしまうことはあまりないのだが。
たまに呑み過ぎたりして、うっかり時間まで店の中に居て、飛んでしまうことがあるので知っているのだろう。
「ともかく、今日は時間がないからな。
食事して、一、二箇所観光するくらいしかできないんじゃないのか?」
と冷静に倫太郎が言ってくる。
確かに。
ダラダラ観光してて、肝心の会議に寝過ごして遅れてはいけませんしね……と思いながら、壱花はガイドブックをまた開いた。
「京都、名所が多過ぎて。
じっくり見れてないんですよね。
此処ぞと思ったところに付箋を貼っただけで」
「此処ぞというところが多すぎだろ」
大量に飛び出している付箋を見ながら、倫太郎が言ってくる。
ああっ、とガイドブックを見ながら、壱花は声を上げた。
「どうした?」
「あの神社の祈祷の受付時間、終わってますっ!」
壱花はガイドブックを無念の思いで握り締めた。
「……お前に間違った相手、班目を連れてきた神社か。
これ以上、おかしな男を増やすなよ」
と倫太郎には言われたが。
「いやいや、名前間違って祈祷されたままなんで。
リベンジですよ、リベンジ」
と言いながら、壱花は他の観光地を求めてガイドブックをめくった。