テラーノベル
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朝の駅のホーム、鼓一朗はスマホを手線を合わせないようにしていた。
昨日のことが頭から離れない。教室で笑われたこと、ロッカーに入れられたチョークの粉、
「目立ちすぎなんだよ」というクラスメイトの声。
(今日も、同じことが起きるのかな……)
心を固めて電車に乗ったけれど、心臓の奥がずっとヒリヒリしていた。
学校に着いた途端、桃香が声をかけてくる。昨日と違い、どこか落ち着いた表情。
「おはよう。大丈夫、今日も一緒に教室入ろう」
「……うん」
鼓一朗は微かに笑ったが、目の奥にはまだ怯えが残っている。
後ろから晴人もやってきて、鼓一朗の肩をぽん、と軽く叩いた。
「何かあったら、俺がいるから」
「……ありがとう」
教室に入っても、今日は静かだった。
ひそひそとした視線はあるけど、直接的ないじめは起きない。
むしろ、クラスの数人は「昨日の件、ちょっとやりすぎだったよな」と小声で話していた。
—和やかに見える、でも。
桃香は、鼓一朗の机の引き出しをそっと開け、何かを見つけて凍りつく。
「……ねえ、これ」
中にあったのは、くしゃくしゃにされた写真。
鼓一朗が運動会で笑っている写真のコピー。それが、赤ペンで「調子乗り」と書かれていた。
桃香の表情が、静かに強張る。だが今日は、感情的にはならなかった。
「鼓一朗、ちょっと外行こう」
屋上へ連れ出したあと、桃香はゆっくりとした口調で言った。
「ごめん、昨日は私、怒りすぎた。今日くらい、ちゃんと冷静でいさせて」
「……うん」
そこに晴人もやってくる。鼓一朗を見て、そして写真を見て、ため息をついた。
「多分、やってるのは複数人だ。でも、クラス全体が黙認してるのが一番悪い」
そして、スマホを取り出しながら小さく言った。
「俺……過去に、似たようなことされてたから。放っておくと、どんどん悪化する」
桃香も、小さくうなずく。
「大丈夫。私たちが、絶対に止めるから」
けれどその数分後、屋上のドアがガチャンと開く。
現れたのは、クラスの中心にいる女子2人組。
「へえー、サボり? しかも三人で? 仲良しだね」
にやついたその声に、鼓一朗の体がピクリと揺れる。
「ありがとう……なにか用?」
桃香が前に出るが、怒鳴らない。ただ、静かに睨みつける。
「別に? ただ、アイツ(鼓一朗)ばっかり特別扱いされてるの、気に入らないだけ」
その瞬間、鼓一朗がポツリとつぶやく。
「……どうして、そんな俺が嫌いなの」
静かな声だったが、確かに響いた。
女子たちは一瞬だけ口をつぐむが、すぐに「あー、なんかウザいわ」と言って出ていった。
屋上に、重い沈黙が残る。
「……やっぱ、俺って……目立ちすぎなんだよね」
「違うよ、問題起こして退学になる奴よりは目立つタイプじゃないし」
言い終わると、鼓一朗は目元を手で隠した。
桃香がそっと隣に座る。そして、晴人が鼓一朗の背中をぽんぽんと叩いた。
「目立っていいよ。俺も、桃香も、お前の味方だって、もっと目立たせるから」
鼓一朗の目に、また少し涙がにじんだ。
「ねえ、桃香ってさ……最近ちょっとウザくない?」
「わかるー…正義感強すぎw」
始まりは、そんな何気ない一言だった。
休み時間の教室、女子グループの中で、誰かが言った小さな悪口。
それが少しずつ拡散していき、気づけば桃香の周囲には**微妙な“距離”**ができていた。
話しかけても、返事が曖昧。LINEも既読はつくが、返事は来ない。
(……ああ、きた)
どこか冷静に、桃香はそれを受け止めた。
——これは、いじめ。しかも、目に見えづらいやつ。
放課後、鼓一朗が不安そうに声をかけてきた。
「……桃香、今日ずっと一人だった、よね」
「ん? ああ、まあね。いつものことだし」
そう言って笑って見せたが、声のトーンはいつもより少し低かった。
晴人も、その様子に気づいていた。
「無理すんなよ。お前、そういうの、顔に出やすいから」
「出てないし」
「出てる」
二人に囲まれて、ようやく桃香は弱音を吐く。
「……ちょっとだけ、しんどい。でも……いいし、陰キャなんで」
「それ、俺と一緒のこと言ってる」
鼓一朗が小さく笑った。
「でも、桃香が怒ってくれたとき、俺、ほんとに救われた。だから今度は俺が……」
彼はふっと言葉を切って、照れくさそうに続けた。
「俺が桃香を、守る番だと思ってる」
その一言に、桃香は目を見開く。
自分が泣いて怒ったあの日のことを、まだ彼は覚えていて——
そして、ちゃんと“強くなろう”としているんだ。
「……ありがと。でもさ、大丈夫だから」
「ッでも、助けさせてね?」
晴人が、いつも通り優しい声で言った。
けれど翌日、桃香の机にメモが貼られていた。
> 「正義感うざい。調子乗るな」
それを見て、一瞬、視界がぐらつく。
けど次の瞬間、後ろから鼓一朗の声が聞こえた。
(ああ、バカみたいな蹴落としが始まった)
「誰が書いたか知らないけど、俺の中では桃香はずっと“ヒーロー”だから」
晴人がそっとメモを剥がし、「くだらな」とつぶやいて笑った。
その背中に、桃香は「守られてる」感覚じゃなくて、
「一緒に立っている」安心感を、確かに感じていた。
昼休み、教室の空気は妙にざわついていた。
原因は、例の女子グループの一人・松田が、他の女子たちとひそひそやっていた“話題”。
「なんかさ、桃香って最近ちょっとキモくない?」
「鼓一朗のこと守ってるつもり〜?って感じだよね(笑)」
「好きだからじゃない(笑)」
──はいはい、お得意の陰口劇場。
桃香は自分の机に座りながら、耳に入る悪口を完璧にスルー……する“フリ”をしていた。
(キモい? いやそっちの顔のほうがよっぽど……って、 守ってるつもりじゃなくて守ってんだよ、現に鼓一朗救われてんの)
でも、今日は限界だった。
席を立ち、真っ直ぐ松田のグループへと向かう。
そして、軽く笑って言った。
「ねえ、聞こえてんだけど、こっちの話題で盛り上がるの楽しい?」
「……は? 何言ってんの?」
松田が笑って返す。
(うわ、典型的すぎて逆に感動。将来は詐欺師だね?)
「そっちの話、教科書よりつまらないけど、続きあるならどうぞ? 直接聞いてあげる」
「……なんであんたそんな偉そうなの?」
「別に偉くないよ。ただ、バカが集まって喋ってるの、放っとくのも飽きたから」
教室が一瞬で静まった。
そんな中、後ろの席にいた鼓一朗が、そわそわと立ち上がる。
(……桃香、怒ってる。やっぱ、ちゃんと見てなきゃ)
でも、足が震える。言いたいことは山ほどあるのに、声に出せない。
そのとき、晴人がそっと背中を押してきた。
「行け。お前が言ったら、意味あるから」
その一言で、鼓一朗は前へ歩き出した。
「……あの、やめてください」
鼓一朗の声は、教室の壁に跳ね返るように響いた。
「桃香は……俺のこと守ってくれた。バカにされたとき、ちゃんと怒ってくれた。
だから、悪口言うなら、僕にも言ってください」
松田が目を見開いた。クラスも騒然とする。
「は? なにそれ……桃香に言わされてんじゃないの?」
桃香が前に出て、にっこり笑う。
「残念。彼、そういうところ、自分で考えて喋れる人だから。
っていうか、言わされて喋ってるのってそっちじゃない? グループに従ってるだけでしょ」
(うわ~、だから女子グループ嫌いやねん。私こっわ。女子は怖ぇ)
松田は何も言えず、その場から立ち去った。
教室には静かな拍手がいくつか起きていた。
そして、それが少しずつ波のように広がっていく。
放課後。
3人で帰りながら、桃香は鼓一朗に言う。
「かっこよかったよ、こいち」
「……ありがとう。でも、すっごい緊張した。吐くかと思った」
晴人が笑って、頭をぐしゃっと撫でた。
「でもちゃんと、言いたいこと言えた。そこが一番すげーよ」
桃香は、ふと空を見上げる。
(……私が守ってたはずなのに、成長したな)
「なあ、桃香」
晴人がぽつりと言う。
「もう、次に誰かがやられそうになったら——全員で守るって決めない?」
「……いいね、それ」
——教室の“空気”は、確実に変わり始めていた。
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