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コメント
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あおいです🌷 第25話、読ませていただきました! 今回の緊張感、すごかったです…。下働きの「私」が紅玉様の化粧を任される展開、そしてまさかの翠蓮様の待ち伏せ。高級菓子を差し出すシーン、後宮のルールを考えたら背筋が凍りますね。紅玉様が「あの香包のせいで」と糾弾した時、つい息を止めてしまいました。 そして翠蓮様の「食べてくれるわ、貴方なら」…この台詞、静かで深くてゾクッとします。二人の因縁が香包の残り香と重なる描写、とても美しくて怖かったです。 二人の妃のせめぎ合い、次が気になります!
第25話 香包の残り香と、揺れる心
あの夜、紫苑と謎めいた近衛兵・燎牙が密議を交わしてから、約一週間が経過した。
いよいよ今夜、皇帝である紫苑が紅玉様の宮へと赴く『お通り』が実施される。
本来であれば、紫苑が妃の宮で夜を過ごすということは、私が忌々しい抱き枕業務から解放され、自室でゆっくりと羽根を伸ばせることを意味するはずだった。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
「……なんで、私が」
私は使い込まれた木箱に紅や白粉を詰め込みながら、深く、ひたすらに重い溜息を吐き出した。
数刻前、紅玉様の宮から直々に「今夜の化粧をしてほしい」という指名が入ったのだ。
体調は既に回復傾向にあると聞いている。
専属の侍女だっているはずなのに、わざわざ下働きの私を指名する理由がわからない。
私の手と技術は、生者のためにあるのではない。
物言わぬ『お客様』たちを、少しでも綺麗な姿で送り出すためのものだ。
生きた人間に化粧を施すなど、本来の私の仕事ではないというのに。
「今日はぐっすり眠れると思ったのに……嫌だなぁ」
誰に聞かせるわけでもない愚痴を零し、私は木箱を抱えると、足取りも重く大部屋を後にした。
○
夜陰に沈みゆく後宮の回廊は、冷たい風が吹き抜けていた。
紅玉様の宮へと続く朱塗りの柱の影を歩いていると、ふいに豪奢な衣擦れの音が耳を撫でた。
「奇遇ね」
角を曲がろうとした私の前に、不意に豪奢な衣を纏った人影が現れた。
翠蓮様だった。
ふわりと香木の匂いが漂う。
偶然を装ってはいるが、どう見ても私の通り道を把握し、待ち伏せしていたとしか思えない絶妙な立ち位置だ。
「私も紅玉妃の顔を見に行こうと思っていたの。一緒に行きましょうか」
「……はい。喜んでお供いたします」
優雅に微笑む翠蓮様に、私は深く頭を下げた。
妃の同行の誘いを断るとどうなるかくらい、私も学習したので分かっている。
結局、私は翠蓮様の斜め後ろに付き従う形で、いっそう足取りを重くして回廊を歩く羽目になった。
○
紅玉様の宮は、どこか張り詰めた空気に満ちていた。
豪奢な装飾が施された鏡の前に座る紅玉様は、一時期のひどい状態からは抜け出していたものの、その顔色にはまだ僅かに青白さが残っていた。
私は無言で道具箱を開き、淡々と化粧を施していく。
血の気の薄い頬に紅を差し、薄い唇に生気を与える。
華やかでありながら、決して皇帝の目を過剰に刺激しない、絶妙な塩梅を探っていく。
化粧中、紅玉様の視線は落ち着きなく彷徨っていた 。
鏡越しに私の手元を見たかと思えば、その視線はすぐに私の背後の、部屋の奥の椅子にゆったりと腰掛ける翠蓮様へと向けられる。
そしてまた、不安げに鏡の中の自分へと戻る。
翠蓮様と私を、警戒するように交互にさまよっていた。
「……終わりました」
最後の仕上げを終え、私が短く告げると、紅玉様は微かに顎を引いた。
私が化粧道具を木箱に片付ける乾いた音だけが、室内に虚しく響く。
紫苑が到着するまでの待機時間。
広々とした居室に取り残されたのは、鏡の前に座る紅玉様、椅子に掛ける翠蓮様、そして部屋の隅に控える私の三人だけとなった。
極めて関係性の薄い、かつ微妙な立場の三人。
互いに視線を合わせることもなく、針の落ちる音すら聞こえそうなほどの異様な沈黙が、重く場を支配し始めた。
私は息を潜め、壁の染みにでもなったつもりで、このひどく居心地の悪い時間に耐え続けていた。
「お顔の色が、まだ少し優れないようね。お体は大丈夫かしら」
唐突に沈黙を破ったのは、翠蓮様だった。
その声音は、どこまでも柔らかく、思いやりに満ちているように聞こえる。
「……お気遣い、感謝いたします。お渡りには差し支えございません」
紅玉様は表情を一切崩さず、型通りの冷淡な言葉で応じた。
鏡越しのその目は、微かな警戒の色を帯びている。
すると翠蓮様は、たおやかな動作で懐から小さな漆塗りの箱を取り出した。
蓋が開けられると、中には艶やかな乾果の蜜がけが美しく並べられていた。
それは、後宮では手に入らないはずの、高級菓子だった。
「そう固くならないで。懐かしいものを持ってきたの」
翠蓮様は立ち上がり、その漆箱を紅玉様の目の前へと差し出した。
「故郷の味なら、少しは元気が出るでしょう。さあ、遠慮しないで」
私は目を疑った。
毒見を通さずに直接食べ物を勧めるなど、後宮においてあり得ないことだ。
余程の絶対的信頼関係がない限り、それは極めて無作法で、かつ危険な振る舞いである。
そんな行いを翠蓮様がした。
その瞬間、紅玉様の内で張り詰めていた何かの糸が、ぷつりと切れたのが分かった。
彼女は鋭い視線で、正面から翠蓮様を睨みつけた。
「……今更、何のおつもりですか」
声が震えるほど、明らかな怒りが宿っていた。
「あんなものを送っておいて……あの香包のせいで、私がどれほど床に伏せったか、ご存知ないとは言わせません」
絞り出すような糾弾。
紅玉様の手が、膝の上で固く握りしめられている。
「今更、私が貴女の差し出すものを、口にすると思って?」
露骨な拒絶。
明確な敵意。
激昂する紅玉様に対し、しかし翠蓮様は表情一つ変えなかった。
怒りをぶつけられているというのに、その口角はゆっくりと上がり、底の知れない、静かで深い微笑を形作っていく。
翠蓮様の凪いだ双眸がすっと細められ、紅玉様の揺れる瞳を真っ直ぐに捉えた。
そして、囁くように小さく、それでいて部屋の隅にいる私の耳にも明瞭に届く声で、彼女は言った。
「食べてくれるわ、貴方なら」