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そこは病院から少し離れた店で、私も数度来たことがあった。
それなりに広い店内だが、週末ということもありかなり込み合っていた。
「あー、望月先生来た」
奥まったスペースから聞こえた声に、私はその方を見た。
そこには外科の子たちだろう、若い看護師や、事務の女の子たちと、数人のドクターや療法士の男の人がいた。
中には小児科の研修医の子もいる。どういう集まりだろう? そんなことを思いつつ見渡していれば、不意に名前を呼ばれた。
「あれ? 櫻町先輩?」
その中に、昔小児科にいた看護師の河野美鶴ちゃんの姿を見つけた。
「こんばんは」
仕事用のポーカーフェイスで言えば、美鶴ちゃんがチラリと自分の隣を見た。
その横にいた、仕事帰りだと思えないほど、完ぺきなメイクにふんわりとした花柄スカートを履いた女の子の姿があり、明らかにムッとした表情を浮かべているのが分かった。
「望月先生、どうしたんですか?」
それはどうして私を連れてきたかという、明らかな意味だろうが、チラリとみれば望月先生は意味が解らないと言った表情で、「何が?」とニコリと笑った。
そこで私は悟った。
この人は女避けの意味も込めて、私を連れてきたと。
「櫻町さんとどうして一緒だったんですか?」
今度はごまかしようのない言い方で、彼女は尋ねる。
「ああ、柚葉さんと帰りが同じだったから、一緒が楽しいかなと思って」
柚葉さんって言った?
一度も呼ばれたことのない呼び名に、私は唖然としてしまう。
「望月先生こっちどうぞ!」
外科の研修医の子だったが、この空気を壊すように望月先生を呼ぶ。
「ありがとう」
にこやかな笑みを浮かべたその人に、もはや帰りたくて仕方なかった私だったが、あの話をされても困ると、隅の席へと行こうと足を踏み出した。
「柚葉さん、どこいくの?」
後ろから聞こえた声に、やっぱりと内心大きなため息を付く。
そっと、後ろから手を取られ、耳元で望月先生が囁く。
「いいんですか? 言っちゃうかも。お酒弱いんで」
その様子に、チラリとさっきの花柄の女の子の視線が刺さる。
まったく面倒なことを……。
イライラしつつも、しかたなく望月先生の隣に座り、もう飲むしかないとそんなに強くはないお酒を流し込む。
食べ物とお酒だけに視線を向けていると、意外にも望月先生は新しい薬がどうとか、治療法が確立されたとか、熱心にドクターたちと語り合っていた。
こういう話をしたいが、女の子たちがついてきてしまったのかもしれない。
ドクターとしては優秀なのは私もわかっている。
何人もの難しい症例の子供たちを担当しているし、いつも患者さんにも、そのご家族にも真摯に向き合っているのをこれまで見てきた。
まったく、私の話などする気のない様子に、あのハンターみたいな子の、風よけにつかわれたことは腹立たしいも、まあいっか。と私は小さく息をつくと隣の先生を見た。
そんなとき、ふと私の肩に重みを感じた。
「あー、望月先生間違えてウーロンハイ飲んだんじゃないですか?」
目の前で話していたドクターが私のグラスをさす。
「え? どういうこと?」
「望月先生、めちゃくちゃお酒弱いんですよ」
その言葉に私は慌てて望月先生の前にあったグラスを見た。
そこには私のリップがうっすらと着いていて、私が間違えてそこに置いてしまったのか、望月先生が間違えてとったのかはわからないが、明らかに私のウーロンハイを飲んでしまったことが解る。
「私のせいね……」
小さく呟くと、隣の望月先生に声を掛ける。
「先生! 大丈夫ですか!」
しかし返事がない。まだこの会も始まったばかりだ。
「仕方ないわね。タクシーに乗せてくるわ」
「望月先生! 立てますか!」
大きな声で尋ねれば、ゆっくりとトロンとした瞳を開ける。
「だいじょーぶですよ」
そう言いながら、フラフラした様子で望月先生は立ち上がると、「みんなおやすみ」キュルンと効果音が聞こえそうな笑みで言うと歩き出した。
隣の人にぶつかりそうになったり、知らないひとに笑顔を振りまく望月先生にため息が漏れる。
「えー、もう帰っちゃうんですか?」
女の子たちの声に、少し彼女たちに同情する気持ちになりつつ店をでた。