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9
暗闇の中。
非常灯だけが赤く灯っていた。
全員が周りを見て動揺している。
そんな中
榊はただ F-01を見ていた。
まるで幽霊でも見たみたいに。
「……ありえない」
掠れた声。
F-01は静かだった。
怒鳴りもしない。
暴れもしない。
ただそこに立っている。
それだけなのに。
研究員達は誰も近づけなかった。
本能が警告している。
危険だ、と。
⸻
レイはじっとF-01を見ていた。
胸が苦しい。
頭の奥が熱い。
知らない記憶が浮かぶ。
白い部屋。
小さな手。
優しい声。
『大丈夫』
誰かが言っていた。
『泣かないで』
暖かい手だった。
レイは頭を押さえる。
『……あ』
F-01が振り向く。
銀色の瞳が揺れる。
そして。
少しだけ笑った。
「思い出した?」
レイが震える。
『……だれ』
F-01は少しだけ悲しそうな顔をした。
「そっか」
静かな声。
「忘れちゃったか」
その声を聞いた瞬間。
レイの目から涙が落ちた。
理由は分からない。
でも。
悲しかった。
⸻
ヒロトが小さく聞く。
「知り合いなの……?」
F-01は答えない。
代わりに榊を見る。
その目は冷たい。
何年分もの怒りを押し込めたみたいだった。
「僕は一番最初だった」
誰に向けた言葉でもない。
独り言みたいに続ける。
「君が作った最初の実験体」
研究員達がざわめく。
モトキも眉をひそめる。
榊は黙っていた。
F-01は笑う。
乾いた笑顔。
「失敗作だったから」
「処分したんだよね」
ヒロトが息を呑む。
レイが固まる。
榊はようやく口を開いた。
「違う」
F-01が目を細める。
「違う?」
「君は危険だった」
「研究のためだ」
その瞬間。
F-01は笑った。
心底呆れたように。
「研究」
その一言に。
これまで押し殺していた感情が滲む。
「みんなそう言う」
静かな怒り。
モトキは思わずレイを見る。
レイも。
ヒロトも。
同じことを言っていた。
『研究だから』
『進歩のため』
『必要な犠牲』
それはいつも。
傷つける側の言葉だった。
⸻
その時だった。
「……やめて」
掠れた声。
全員が振り返る。
涼架だった。
床に膝をついている。
頭を押さえながら。
苦しそうに呼吸している。
だが。
目が違う。
さっきまでの空虚な目ではない。
感情が戻っている。
モトキが駆け寄る。
「涼ちゃん!」
涼架はゆっくり顔を上げた。
涙で滲んでいる。
「……モトキ」
その声に。
モトキの胸がいっぱいになる。
生きてる。
戻ってきた。
完全じゃない。
でも。
ちゃんとそこにいる。
「ごめんねぇ」
涼架は弱々しく笑った。
「遅くなった」
モトキは何も言えなかった。
代わりに。
ぎゅっと肩を掴む。
離さないように。
もう二度と。
⸻
だが。
安心するには早かった。
榊がゆっくり後退る。
誰も気づいていない。
いや。
F-01だけが気づいていた。
「……榊」
その声で全員が振り返る。
榊の手には端末があった。
赤いボタン。
研究所全体の緊急制御装置。
榊は静かに笑う。
今までで一番危険な笑顔だった。
「失敗したよ」
研究員達が青ざめる。
「先生……?」
榊は答えない。
ただモニターを見る。
そして。
ボタンへ指を置いた。
「なら」
静かな声。
「全部使うしかない」
研究所の奥深く。
誰も入ったことのない区画。
封印された大量のカプセル。
その全てが起動を始める。
モニターに文字が表示される。
《実験体群 一斉解放》
ヒロトの顔色が変わる。
モトキも。
涼架も。
レイも。
F-01だけが静かだった。
そして。
施設全体を揺らす警報が鳴り響く。
榊は笑った。
「さあ」
「最後の実験を始めよう」
その瞬間。
研究所のあちこちで、
無数のカプセルが開き始めた。
コメント
1件
わあ……第21話、すごく重かったですね。F-01の「忘れちゃったか」の静かな悲しみに、胸がぎゅっとなりました。涼架ちゃんが戻ってきてくれた安堵も束の間、榊先生の「全部使うしかない」で一気に緊張が走る——この畳み掛け、ほんと息が止まりそうです。作者さんの感情の置き方が絶妙で、引き込まれました。