「おーい!パスパスパス!」
「あそこ空いてんぞー!」
夏の夕方、まだ明るい時間帯。
眩しく光る太陽が白い壁の校舎を照らす。
カラカラに乾いたグラウンドにはソフト部や野球部、サッカー部…色んな部活の黄色い声援が響く。
サッカー部の第二学年の一人、佐野勇斗にはモヤモヤする課題が今現在心の中にある。
それは、いつもクラスの端っこにいて、部活も多分無所属。喋った事は、背の順で並ぶ時に身長を聞いた時くらいだ。
髪の毛も何かポサッとしていて浮かない顔。
でも肌が白くて目も大きい。
しっかりとした眉にふっくらの唇。
なぁーんか、気になんだよなぁ。
無駄な考えを出す時間も無く、
「おいそこよそ見すんなー!」
とコーチは怒鳴る。
勇斗「あっ、すんません!」
単に気になるのは、何にも興味関心が無いのか…と、ただそれだけ。
誰が喋りかけても無視か塩対応。
その内あの子はクラスでも浮いた存在になった。
何かが、ただ何かが何処かに引っかかる。
あの子と喋ってみたいかも。
「お疲れっしたー!」
勇斗「はぁっ、今日の練習マジしんどかった。」
「それなー。コーチ張り切りすぎなんだよ。」
まだまだ明るい18時。
砂埃が舞っていて皆、青春の刻。
今日は家に帰って何をしようか、なんて皆思ってる。
中には彼女彼氏と過ごす時間がある子も。
高校生…嗚呼、なんて花の時間…。
皆と笑い合って、励ましあって、協力する。
どの部活もどの人も高校生活を満喫中である。
じゃあ、あの子は…
勇斗「ご馳走様。」
ずっと同じ事をする毎日。
毎日ご飯を同じ時間に食べ、毎日勉強、毎日サッカー、毎日遊ぶ。
…そして毎日のように告白される。
もううざったいまである。
特に気にもしない女の子から告白をされても勇斗の心は動かないみたいだ。
勇斗「じゃあ、行ってきまぁーす。」
晩の19時、また自転車に跨いで学校へ向かう。
今日は夜練の日であり、部活の皆も面倒臭い面をしていた。
夏と言っても少し肌寒いような、そうでもないような。
カーブミラーに反射した自転車のライト。
蝉の聲と蛍の光が目立っている。
そんな事を気にしていると、もう学校。
どの窓も中は真っ暗で奥の無い無限の空間であった。
まだ誰も来ていなく、一人だけで何か不気味がる。
幽霊でも出はしないかと勇斗の心は高ぶり、少年の日のワクワク感が増す。
勇斗「…ん?」
上から、上の方から何かが聴こえる。
音楽なのは分かる。
そそくさと自転車を駐輪場に置き、身体が音の源に引っ張られるようにして勇斗は息切れながらも階段を昇って行った。
勇斗「はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…。」
屋上へ直で繋がるボロボロのドア。
奥からはさっきの音が大きく聴こえる。
ギター。ギターだと思った。
恐る恐る錆びたドアノブに触れ、手首を曲げる。
そのドアを開いた先には、
勇斗「…えっ。」
「…何。」
勇斗の気になっていた、あのクラスの浮き者で、でも美人で華奢な、
吉田仁人君。
仁人「だから…何。」
何故か理由も無く勇斗の鼓動は高まり、手に汗を薄く感じるようになった。
少し不気味な彼の声と肌に頭から吸われそうになってしまう。
勇斗はどうにも動くことが出来ず、足がつっかえてならない。
勇斗「ぎっ、ぎ…ぎっ…。」
仁人「…。」
勇斗「ぎっ…ぎたっ…ギター…す、好きなの?」
口の中と周りが自然と固まってぎこちない喋りになってしまったようだ。
その時に仁人は眉を寄せて不満そうな態度を取る。
…あ、あれ、なんだろう…嫌だったかな…。
不安な気持ちが頭をスっと横切って行く。
仁人「…それは」
「おい!佐野はどこだ!佐野ー!」
勇斗「うわっ、コーチ…!」
グラウンドを慌てて見るともう皆コーチの周りに集まっていた。
コーチが怖い為に足が動いてくれた。
「また後で」と言う間もなく、勇斗は急いで階段を降り、走って皆の元へ戻って行った。
…♪
コーチのミーティング中も、
…♪♫
練習中はもちろん、
…♬
まだ屋上でギターを弾いているのが聴こえる。
皆は気付いてないのか、聴きも見も何もしない。
「お疲れっしたぁー…。」
夜練が終わる頃には疲れ果てて、もう何をする気力も無いみたい。
時刻は20時。空では小さな星たちがマーチングをしているよう。
…まだ聴こえる。
仁人君のあの優くて懐かしいギターの音。
「勇斗ー!一緒に帰ろー!」
勇斗「…あ、ごめんちょっと用事あるから無理!」
「えーっ、ノリ悪ぅ。」
コーチが部室に入るのを見計らい、勇斗は一目散に屋上へ向かった。
空気も汗もなぎ払い、疲れているにも関わらず走って、走って、また走った。
勇斗「…あ、仁人君。」
ギターを弾く手をピタッと止めてこちらの様子を見つめている。
その顔は不思議そうにも、怖そうにも、何にでも見える美しい顔。
仁人「…何。」
勇斗「あ…あの…話しかけてみたくって…。」
今にも胃が潰れそうでならない。
冷や汗が首後ろに薄々と出てきているのに気づく。
あの奥行のある、綺麗な瞳が勇斗を惑わせる。
仁人「…暗いから、帰りなよ。」
勇斗「えっ……うん。じゃあね。」
勇斗が後ろを向いた途端には仁人の視線はさらさら感じられなかった。
屋上に灯される光が勇斗の目を眩ませた。
勇斗「おはよー。」
「お、勇斗おはよー!」
「おっはー。勇斗。」
「あ…勇斗君おはよう…///」
女子も男子も皆、勇斗をはやし立てるように挨拶を交わす。
その中でも一番勇斗に近いのは、
舜太「おっ、勇ちゃんおはよぉ!そういえば昨日の小テスト、何点やったん?(笑)」
勇斗「お前それわざと聞いてるだろ!…34。」
舜太「よっしゃ勝ったー!俺89点やったでー?(笑)」
勇斗は舜太との会話も楽しいが、今日は、今日だけは、仁人の方を気にする。
昨日に初めて合わせた視線が頭から離れなくて、もう一度、あの瞳を真っ直ぐに見てみたいと思った。
舜太「えっ、勇ちゃんどこ行くん?」
そう考えていると自然と足がゆっくり仁人へ引き寄せられていく。
舜太も後ろに付いてきたが、仁人と優先的に会話しようとした。
勇斗「あの…おはよう。」
仁人「…おはよう。」
ゆっくり動いた唇と、朝日に照らされるさらさらの髪の毛が何とも愛おしい。
「おはよう」と挨拶を交わしてみたものの、やっぱりここからの会話が詰まってしまう。
勇斗「…昨日、ギター上手だった。」
仁人「…聴こえてたんだ。」
舜太「なあ…はよ行こうよ…。」
焦る様に舜太が小声で言うが、それを無視してまだ仁人と話そうとする。
勇斗「ま、まあね…あ…昨日の小テスト、何点だったの?」
勇斗は取ってつけたように小テストの話題を出す。
すると仁人は睨むように視線を合わせ、こちらを見上げた。
仁人「…81。」
勇斗「…え、凄いじゃん。俺、34点だったのに。」
仁人「…あっそ。」
サッと仁人は席から立ち、足早に教室を出て行った。
舜太「なあ、あの子とあんま喋らん方がええで…。」
勇斗「なんで?」
舜太「いや…なんかあの子変な子やんか。」
勇斗「別に良いじゃん。」
舜太「…変わっとんなぁ。」
放課後、また昨日のように夜練に励む。
グラウンドを照らす照明が勇斗の目に突き刺さる。
…今日は聴こえないみたいだ。
あの眩しい月に照らされる仁人が頭っから離れない。
好きな訳じゃない。嫌いでもない。
ただ、何か心と頭から離れない要因がある。
早く話したいと思う程時間は速く過ぎて行く。
「お疲れっした…。」
コーチにペコペコ礼をし、皆はぞろぞろと歩いて帰って行った。
そりゃそうだよな。昨日俺がうざったくしたからこうなったんだよな。来ないよな。
「てかお前さー、今日『忘れてないから!』って言ってた弁当、忘れてねぇよな?」
勇斗「…えっ、あ!」
とたっ、とたっ、とったっ…
少し怖い雰囲気の校舎を一人で駆けていく。
窓からはどこか懐かしい風と匂いが入ってくるのが分かる。
ガラガラガラッ、
勇斗「……何…してんの…?」
仁人「ノート記録。」
こんな時間にひとりぼっち教室で何をしているかと思えば…。
何かをひたすらにノートに書き綴っている。
勇斗「何これ。楽譜作ってんの?」
勇斗の手がノートに魅了され、勝手に近づく。
その時、流石に仁人も嫌なのか、はたまた違う意味があるのか、ノートに触ろうとする手を掴んだ。
たちまち仁人は勇斗の前に立ち、近くで目を合わせる。
勇斗の鼓動が強くなったのがとても分かりやすい。
手を掴まれ、目を合わせられるだけで頬が赤くなる。
教室に入ってくる風が無闇にカーテンを大きく揺らすのが、仁人の雰囲気にピッタリ。
透き通るレースカーテンよりも仁人の方が透き通って、どこか美しくて、どこか愛おしい。
仁人「…夢の記録。」
勇斗は何か相槌でもしなきゃと思いはしたがなかなか喉から声が出なかった。
仁人「…ま、知ってる人は居ないし。」
勇斗「…あ、あの!」
ユニフォームの端っこを力強く掴み、勇気を振り絞って聞いてみる事にした。
勇斗「き、昨日の曲…どっかで聴いた事あんだけど…。」
仁人「…あぁ、でも皆すぐに忘れるから。」
勇斗の頭の中には「?」がいっぱい巡って回る。
皆は何を忘れるのだろうか。
仁人はやっぱり不思議だ。
仁人「…早く帰りなよ。」
勇斗「…いや、まだ仁人君と喋りたい。」
仁人「……そうなの。じゃ。」
ノートと筆記用具をカバンに詰めると、颯爽と教室から出て行く。
仁人に握られた勇斗の手は不思議な感覚に見舞われている。
仁人「…あ、ていうか…佐野君って変だね。じゃ。」
その一言が、その言葉だけで、勇斗の心は撃ち抜かれた。
初めて見る、あの子が誰かの名前を呼ぶなんて。
教室に仄かに香る仁人の匂いが勇斗の何もかもを離してくれない。
大まかに揺れるカーテンの中、勇斗は数分そこで立ち尽くした。
第一章、完。
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