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『女の子になって親友に恋した瞬間、男に戻りました。……今じゃない!』~a×s~
side佐久間
朝、目が覚めた瞬間からなんとなく嫌な予感はしていた。
まず枕が妙に広い。
次に布団の中で寝返りを打ったとき自分の髪が頬にさらっと流れてきた。
俺の髪はさらっと流れるほど長くない。
寝ぼけた頭で「伸びたなあ」と思い二秒後に「一晩で?」と思い三秒後には飛び起きていた。
「……え?」
声が出た。
出たのはいいが俺の声じゃなかった。
いや俺の喉から出ているんだから俺の声なのは間違いないんだけどいつもの俺の声より明らかに一オクターブくらい高い。
風邪をひいて声が変わることはあっても高くなる方向に変わるのは聞いたことがない。
「あーあー。本日は晴天なり。……晴天なり?」
マイクテストをしてみてもやっぱり高い。
しかもなんかかわいい。
自分の声に対して「かわいい」と思ってしまったことに俺は朝から深く傷ついた。
ベッドから降りようとしてスウェットのズボンがずるっと腰から落ちかけた。
慌ててつかむ。
昨日まではちょうどよかったはずのウエストがなぜかゆるゆるになっている。
Tシャツの肩も落ちて袖が肘の下まで垂れ下がっていた。
一晩で痩せた?そんなダイエットがあるなら逆に教えてほしい。
ズボンを両手で押さえたままペンギンみたいな歩き方で洗面所へ向かう。
そして鏡を見た。
鏡の中に知らない女の子がいた。
いや知らないわけではない。
目の形とか眉の感じとか笑ったらできそうな頬のふくらみとかどことなく見覚えがある。
毎朝見ている顔にたぶん一番近い。
ただ毎朝見ている顔より輪郭がやわらかくて肩が細くて首がほっそりしていてついでに胸のあたりに昨日まではなかった存在感があった。
「…………」
俺は鏡に向かって右手を上げた。
鏡の中の女の子も手を上げた。
俺は頬をつねった。
鏡の中の女の子も頬をつねった。
「いった……やわらかっ」
痛みより先に頬のやわらかさに感動してしまった自分が憎い。
これは夢じゃない。
夢だったらこんなにはっきり痛くないしこんなにはっきりやわらかくない。
次の瞬間俺はスマホをつかんでいた。
こういうとき真っ先に誰に連絡するかでその人の人間関係の優先順位が分かると思う。
親でもなく仕事仲間でもなく俺の指が迷わずタップしたのは「阿部ちゃん」の二文字だった。
時刻は朝の六時十二分。
社会人の親友に電話をかけるにはだいぶ非常識な時間だ。
でも今の俺は存在そのものが非常識なので許してほしい。
呼び出し音が五回鳴ってようやくつながった。
『……はい』
「阿部ちゃん!阿部ちゃん起きて!大変なんだ!」
『……どちらさまですか』
「俺だって!俺!」
『……オレオレ詐欺?』
「違うよ!俺!俺だって!」
『佐久間?声どうしたの。風邪ひいちゃった?』
「風邪じゃない!風邪だったらこんな朝早くに電話しない!とにかく今すぐ来て!お願い!」
電話の向こうで阿部ちゃんが布団から起き上がる気配がした。
『……何があったの?』
「説明できない!見たら分かる!たぶん!」
『たぶんなんだね』
それでも阿部ちゃんは「三十分で行くね」と言って電話を切った。
寝起きで理由も分からないのに来てくれるらしい。
こういうところが阿部ちゃんのすごいところだと思う。
俺だったら朝六時に知らない声で「見たら分かる」とだけ言われたらとりあえず二度寝する。
*
阿部ちゃんは俺の親友だ。
出会いはお互い社会人になりたての頃友達の友達が集まった飲み会だった。
たまたま隣の席になってたまたま同じ映画が好きでたまたま帰る方向が同じで気づいたら週に一回はご飯に行く仲になっていた。
背が高くて顔が良くて口数は多くないのに話すとちょっと天然で面白い。
初対面の女の子からはだいたい「クールそう」と言われて三回会うとだいたい「思ってたのと違う」と言われる男だ。
俺はそういう阿部ちゃんが昔から気に入っている。
三十分後インターホンが鳴った。
俺はずり落ちるズボンのウエストを洗濯ばさみで留めるという人生で初めての工夫をしてから玄関へ走った。
「阿部ちゃん!」
勢いよくドアを開ける。
そこには寝癖をキャップで隠した阿部ちゃんが立っていた。
手にはコンビニの袋。
たぶん俺が風邪だと思ってスポーツドリンクとかゼリーとかを買ってきてくれたんだろう。
そういうところほんとに好き。
阿部ちゃんは俺を見た。
上から下まで見た。
洗濯ばさみのところで一瞬だけ視線が止まった。
それからゆっくり俺の顔に目を戻して完全に固まった。
瞬間冷凍みたいに固まった。
そのまま冷凍庫に入れたら半年はもちそうだった。
「……佐久間は?」
「俺だよ!どう見ても俺でしょ!」
「………………………………………………いやどう見てもではないかな」
即答だった。
冷静な声だった。
阿部ちゃんは一歩下がってドアの横の部屋番号のプレートを確認した。
それからもう一度俺を見た。
「すみません。佐久間の……彼女さんですか」
「違う!」
「佐久間どこにいます?電話で大変だって言ってて」
「だから、俺なんだよ!大変なのは俺!本人!」
「……佐久間に、何かあったんですか」
「なんで敬語なの!阿部ちゃん俺に敬語使ったことないじゃん!」
阿部ちゃんの眉間に深いしわが寄った。
親友の家に知らない女がいてしかもその女が親友を名乗っているという状況を必死に処理しようとしている顔だった。
気持ちは分かる。
逆の立場だったら俺はたぶん通報している。
「……顔はちょっと似てるね」
「でしょ!?」
「しゃべり方も似てるかも」
「本人だからね!」
「でも佐久間は女の子じゃないよね」
「知ってる!俺が一番知ってる!俺だって昨日まではそう思ってたよ!」
これはもう言葉で説明しても無理だ。
俺は覚悟を決めた。
二人しか知らないことを言うしかない。
俺は大きく息を吸った。
「去年の忘年会のあと阿部ちゃんの家に泊まって俺阿部ちゃんの家のトイレで朝まで寝てたでしょ」
「…………」
「朝阿部ちゃんがドア開けたら俺が便座抱きしめて寝てて阿部ちゃんが『佐久間、そこは寝室じゃないよ』って言った」
阿部ちゃんの眉がぴくっと動いた。
「それから二人で温泉行ったとき俺旅館のスリッパ、左右逆に履いたまま朝ご飯の会場まで行って仲居さんに直されたんだ」
「……」
「あと犬が死んじゃう映画を二人で見に行ったとき俺が泣きすぎて前の席の人が振り返った。しかも二回」
「……それは佐久間しか知らないはずだよね」
「でしょ!?まだあるよ。阿部ちゃんが寝ぼけて俺のこと『お母さん』って呼んでそのあと『お母さん卵焼き甘いのにして』って言ったこと」
「待って」
「あと阿部ちゃんが初めて一人カラオケ行ったとき店員さんに『お連れ様は?』って聞かれて『あとから来ます』って見栄張って結局三時間誰も来なかった話」
「待って待って!分かった、分かったよ」
「それから阿部ちゃんが」
「分かった。佐久間だね。もう十分、分かったから」
阿部ちゃんは片手を前に出して俺の口をふさぎそうな勢いで止めた。
耳が赤い。
勝った。
何に勝ったのかはよく分からないけどとにかく勝った。
―――――――――――――
「……で、どうしてこうなっちゃったの?」
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おまけ小説☆R-18『また女の子になった俺、彼氏のほうが慣れているんですが!?』
本編とはひと味違う、特別な一篇。↓
「んむ……っんちゅ……っ」
くちゅちゅぷと朝の静かな寝室に濡れた音が響く。
阿部ちゃんの舌が俺の舌を探し当ててゆっくり絡みついてきた。
上あごの裏を舌先でくすぐられる。
それだけで背中がぞくぞくっと震えた。
おかしい。
キスだけでこんなに体の奥がじんじんするなんて知らない。
男のときも阿部ちゃんとのキスは好きだったけどこんなふうに頭の芯まで溶けそうになったことはなかった。
「ぷは……っあべちゃん……」
「佐久間顔真っ赤だよ」
「あべちゃんのせいでしょ……っ」
「うん。俺のせいだね」
阿部ちゃんは悪びれもせずに笑って今度は俺の首筋に唇を落とした。
ちゅちゅと耳の下から鎖骨に向かってキスが下りていく。
首筋を舌でなぞられると自分でもびっくりするくらい高い声が出た。
「ひゃ……っあそこくすぐった……っ」
「くすぐったいだけ?」
「……っだけ」
「ほんとかなあ」
阿部ちゃんの手がTシャツの上から俺の胸に触れた。
大きな手のひらがふくらみを下からすくい上げるみたいに包み込む。
びくっと体が跳ねた。
※最初から最後まで甘く、濃く、容赦なく。読み応えたっぷりのR-18作品となっております。
コメント
1件
kiyuさん、第1話読みました〜! 朝起きたら女の子になってるって、しかも親友の阿部ちゃんに電話するシーンからもう面白すぎます😂 洗濯ばさみでズボン留める発想、めっちゃ佐久間くんらしくて笑っちゃいました。阿部ちゃんが敬語になる瞬間も好き…これから2人の関係がどう変わっていくのか気になりすぎます!続きが楽しみです✨