テラーノベル
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家の中に戻って、みんなでテーブルを囲みながらカレンからゆっくり話を聞いた。
まず、カレン自身のこと。
カレンは、自分の中に流れている4つの種族――ハイエルフ、淫魔、吸血鬼、悪魔――その全部の力を「余すところなく使える」のだという。
そしてダンジョンについての話。
こっちの世界に出現するダンジョンは、カレンたちの世界の一部を切り取って、こちら側に投影したものらしい。向こう側には普通に人族の国も存在していて、カレンの国もその中にある。
今のカレンの方針はこうだ。
――こっちの世界でダンジョンに入り、向こう側に「生きている痕跡」を残す。
――その痕跡を目印に、家族や仲間に迎えに来てもらう。
それまでのあいだは、この世界で待つしかない。
ただし問題がひとつ。
ダンジョンは、ゲートから入った者の情報を「こちら側」に登録し、攻略されると、その攻略情報をもとに外へ排出する仕組みらしい。
つまり、カレンがダンジョンに入り、スライムを倒しても――「攻略」として処理されるのはあくまで、この世界側。
結果として、カレンは向こう側に戻るどころか、きっちりこっちに押し戻されてしまう、というわけだ。
しかも、あのダンジョンは別の魔族が作ったもので、カレン自身は権限を持っていなかったらしい。
権限がなければ、構造を弄ることも、出口を変えることもできない。
つまり――。
「暫くは、お世話になる……対価は何がいい? 溶けるような快楽?」
さらっと物騒な提案をしてくるあたりが、やっぱり魔族だ。
「それは要らないかな。私たちと一緒にダンジョン攻略してよ、前衛が足りないんだ」
前衛不足なのは事実だ。
それに、これだけの実力者が前に立ってくれれば、相当心強い。
何より――カレンと一緒に戦えば、対人戦の感覚も、対魔族の「勘」も掴めるかもしれない。
「ん、それだけ? もっといいよ?」
「じゃあ、定期的に私と模擬戦してほしいかな」
あの遺跡での戦いを思い出す。
こちらが全力を出してやっと拮抗する相手と、何度も手合わせできる機会なんて、そうそうない。
今度は遅れを取らないためにも、カレンとの模擬戦は絶対にやっておきたい。
「わかった。魔力の使い方も手取り足取り教えてあげる……あーちゃん達、全然使えてない」
「ありがとう……ちょうど気になってたところなんだ」
図星を刺されて、思わず苦笑いが漏れた。
魔力増加法や【竜体】のおかげで魔力量自体はとんでもないけれど、その「使い方」は正直、まだ手探りだ。
「ん、どういたしまして。私たちは、生まれた時から魔力に触れてる、だから慣れてる。大丈夫、あーちゃん達もすぐ慣れる」
カレンは、いつもの無表情のまま親指をぐっと立ててみせた。
そういう仕草だけは、妙に人間臭い。
聞きたいことはまだ山ほどあるけれど、ひとまず区切りを付けて最後にひとつだけ、どうしても気になっていたことを口にする。
「カレン、第二王女なのに王位継承権が一位って何で?」
「私の国では強さが全て……パパの子供の中で私が一番強いから私が一位」
さらっと、とんでもないことを言う。
「遺跡で倒した魔族……ジルドだっけ? そいつは何位だったの?」
「ジルドは15位。30人居る、私は一位」
あれでたったの十五位。
あのゴリゴリの化け物が中堅クラスってどういう世界なんだろう。
カレンは、一位のところだけ少しだけ声に力を込めて言った。
何となく、褒めてほしいのが見て取れて、私は自然と手を伸ばす。
頭を撫でると、無表情のまま口元だけが「へへっ……」と緩んだ。
どうやら図星だったらしい。
休日で特に予定もなく、さて次は何をしようか――と考えていたとき、家中に呼びベルの音が響いた。
ドアホンを覗き込むと、画面には相田さんと林さんの姿が映っている。
「どーぞー」
玄関の鍵を開けて迎え入れると、相田さんがいつもの調子で笑った。
「家まで来ちまってすまないな、嬢ちゃん」
「いえ、どうぞ」
廊下を進みながら、私は先にリビングのドアを少し開け、中に向かって声をかける。
「相田さん来たよー」
「声かけあざっす!」
その一言で、ソファに投げ出されていた三人は、慌てて自室へと引き返していった。
パジャマだったり、短パンTシャツだったり――まあ、客人を迎えるにはいろいろとアウトだ。
先に声をかけておいて本当に良かった。
リビングには、カレンが一人ぽつんと残っていた。
Tシャツに短パンというラフな格好だが、尻尾さえ出していなければ、ぱっと見はただの外国人の女の子だ。
「おっ、新顔だな? 儂は相田だ、よろしくな」
「ん。私はカレン。よろしく、おじいちゃん」
即座に「おじいちゃん」呼びしたカレンに、相田さんは一瞬だけ固まり、それから愉快そうに笑い出した。
「かっかっか! こりゃまた良い娘だな!」
その横で、私は林さんを廊下側に引き寄せ、ひそひそ声で切り出した。
「林さん、ちょっと相談なんだけど……カレンをうちのパーティーメンバーにできないかな?」
戸籍も何もない、別世界の住人。
どう考えても普通の登録ルートでは無理がある。
林さんはちらりとカレンを見やり、微妙な笑顔を浮かべてから肩を竦めた。
「新しいメンバーの方、ですかね。訳アリそうな感じがしますが見なかったことにします」
と、その瞬間、私の視界の端に入ったカレンの腰元に、しっかりと尻尾が生えているのが見えた。
「……」
思わず頭を抱えそうになる。
せめて隠す努力ぐらいしてほしい。
「訳アリなのは間違いないですけど……それでも、大丈夫?」
「可能ですよ。内密にこちらで処理をしておきます。何か起きても橘さんが何とかしますよね?」
「あー、うん。何とかするからお願いね」
要するに、私が身元保証人だ。
「もし暴れたら責任取ってね」ということでもある。
まともにやり合ったことがないので、全力のカレンを止められる自信は正直あまりないけれど……カレンの性格的に、いきなり暴走することはないと信じたい。
そんな内緒話をしていると、リビングから相田さんの大きな声が聞こえてきた。
「そうだ、本題に入ろう。提案してもらった最強パーティー決定戦だが開催されることになった」
「沙耶の案が通ったんだね……」
やっぱりか。
あの子、行動力に関しては本当に容赦がない。
「儂としてはあまりやりたくは無かったんだが『開拓者』と癒着している国の上層部が白黒つけた方がいい、と乗り気でな……」
嬢ちゃんが煽らなければもっと穏便だったんだがな、と相田さんが愚痴を漏らす。
私としては「煽った」自覚はないのだけれど、結果だけ見ればそう見えてもおかしくはない。
報道陣の前で【竜の威圧】をかけてしまったのも、今思えば火に油だったのだろう。
話を聞く限り、ことはかなりのスピードで進んでいるようで、開催は二週間後。
形式はトーナメント戦で、既に組み合わせも決まっているらしい。
林さんから渡された紙を受け取り、ざっと目を通す。
ブロックは二つ。
『開拓者』は反対側のブロックに配置されていて、お互いが勝ち上がれば決勝で当たるようになっている。
参加パーティーは想像以上に多く、一ブロックにつき四十八パーティー。
紙は二枚あり、どちらも同じようなトーナメント表に見えた。
「同じのが2枚あるように見えるけど……?」
「戦闘方式が違うんだ、1枚目は自分のパーティーから6人選んで相手と勝ち抜き戦をする。2枚目はそのパーティー自体の団体戦だ」
「へぇ……よく考えたね。6人に満たなくてもいいの?」
「大丈夫だ。最後の1人が負けたら敗北だから、1人でも問題はない」
なるほど。
勝ち抜き戦は「個人戦の積み重ね」、団体戦はいつものダンジョンみたいな「連携勝負」って感じだ。
私たちは、カレンを含めても五人。
あと一人、どうするか。
椅子に座っている私の背後から、カレンが抱きつくように顔を覗き込み、トーナメント表を一緒に眺めていた。
「出たい?」
「ん、遠慮する。あーちゃんぐらい頑丈じゃないと多分殺しちゃう」
それはそれで説得力がありすぎる理由だ。
「あぁ、もちろんだが殺しはご法度だ。武器もこっちが用意した木製の物を使ってもらう。できるだけ形は合わせるようにするが……嬢ちゃんの獲物は剣でいいんだよな?」
「うん。こんな感じ」
右手に魔力を流して剣を顕現させる。
鍔のない、両刃のまっすぐな刃。
刀のような反りもなく、ただ「斬る」ことだけに特化した、一見すると無骨な形状だ。
最初は普通の片刃の剣を使っていたのだが、鍔が視界を邪魔したり、柄とのバランスが気に入らなかったりで、使い込むうちに今の形になった。
ひとしきり眺めたあと、相田さんから剣を返却してもらい、そのまま魔力を引いて収納する。
それからしばらく、お茶を飲みつつ今後の日程や注意事項の確認をして、二人は帰っていった。
「トーナメントまで2週間かぁ」
「なんで、悩むの? あーちゃんの実力ならこっちに敵なんていない……」
「強すぎる力を見せちゃうと生き辛くなっちゃうんだよね」
「そうなんだ。私の国は力が全て。だから、隠すのは新鮮。おもしろい」
カレンの国の方が、私にはずっと生きやすいのかもしれない。
そう思いつつも、こっちの世界で生きると決めた以上、むやみに「化け物だ」と知られるのは避けたい。
勝ち抜き戦は、私と沙耶と七海……小森ちゃんは【支援】だから、本人が出たいと言うかどうかを確認してから考えよう。
団体戦は、今まで通りの隊列で戦えば問題ないはずだ。
「そういえば、カレンがこっちに来た時のダンジョンってどんな感じのだったの?」
「ん。草原の端にスライム1匹だけ。戻るまでには見つからないと思ってた」
「そっ……そうなんだ」
嫌な汗が背中を伝った。
そのダンジョンには、身に覚えがある。
協会に登録されていないゲートは、発見者か土地所有者のもの。
だから、「誰かに取られる前に攻略しちゃおう」と意気揚々と入ったダンジョンがあった。
なのに、いくら探してもモンスターの影が一切見つからず、半ば意地で【神速】まで使って走り回り、ようやく端っこでスライムを見つけて倒したら――その瞬間、攻略扱いになってゲートが消えた。
あの妙なダンジョンだ。
「あーちゃん、今、声上擦った。もしかして、心当たりある?」
「しっ、知らないなぁ」
「……嘘。あーちゃんの魔力がざわついた。動揺してる」
やっぱり誤魔化せなかったか。
魔力の状態で心情を読まれるの、地味に厄介だ。
「ごめん、私が攻略した」
観念して白状すると、カレンがすっと背後に回り、私の頭の上に顎を乗せてきた。
肩の上から両腕が回ってきて、そのまま首を絞められるのでは――という不安がよぎる。
「うん、素直でよろしい。でも、罰として……また今度、血吸わせて」
「……1回だけだからね」
「やったぁ」
私の頭頂部に頬擦りしながら、カレンが小さく弾むように喜びを表現する。
変なダンジョンだな、と思った時点で引き返していればよかった。
今こうして目の前にいるカレンの状況を考えると、元を辿れば原因の一端は確実に私にある。
せめて1回分くらいは、罰という名目でその要望を受け入れておこう。
それくらいの自己満足な罪滅ぼしは、しておいてもいいだろう。
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