鋼の騎士と星霜の瞳

📖第四章：ハンジの確信犯

「埃」の一件から数日後。イリスはハンジ分隊長の研究室で、書類の最終チェックを行っていた。夜間のリヴァイとの会話を思い出すたび、彼女は胸の奥が温かくなるのを感じていた。リヴァイの「冷酷な優しさ」は、彼女の決意をさらに強固なものにしたのだ。

その時、向かいの席に座っていたハンジが、突然、眼鏡の奥の目をキラリと光らせた。

ハンジ：「ねぇ、イリス」

「はい、分隊長」

ハンジ：「最近、リヴァイが君に対して、やたらと『衛生管理』について小言が多い気がしないかい？」

イリスの肩がビクリと跳ねた。鋭い指摘だった。

「え、あ、その…私の至らない点が目につくのだと思います。机の端の磨き残しなど、ご指摘をいただきましたので…」

ハンジはククッと楽しそうに笑い、資料から顔を上げた。

ハンジ：「いやいや、違うよ。彼はただの『潔癖症』じゃない。あれはね、『構ってほしいサイン』だよ！」

「か、構って…！？」イリスは顔を真っ赤にした。そんな畏れ多い考えなど、彼女にはなかった。

ハンジ：「そう！リヴァイはね、本当にどうでもいい人間には、一ミリたりとも視線をくれない。彼の視界に入った時点で、君は『特別な存在』なんだ」

ハンジは身を乗り出し、声を潜めた。

ハンジ：「特に、君にだけ『ぬるい紅茶を飲むな』だの、『無駄な感情を出すな』だの…って注意するでしょう？あれはね、君の『健康と精神状態』を気遣ってるんだよ。自分のテリトリーにいる君が、完璧に『衛生的な状態』でないと、『落ち着かない』んだ」

ハンジの解釈は、半分は真実を突いていたが、残りの半分は、ハンジ特有の愉快犯的な**「勘違い」**も含まれていた。しかし、イリスの心には、その言葉が深く突き刺さった。

（衛生的な状態…それは、私の**「心」**も含まれるのだろうか？）

ハンジはさらに畳み掛ける。

ハンジ：「あのリヴァイが、他人の『紅茶の温度』なんて気にすると思う？しないよ！つまり、『熱い紅茶を飲んで、しっかりと温まり、休憩しろ』という、彼なりのロマンスだよ！」

「ロ…ロマンスですか…」イリスは、頭から湯気が出そうだった。

ハンジ：「ああ、ロマンスだ！彼は照れ屋だからね、愛情表現がすべて『掃除と叱責』に変換されちゃうのさ。だからね、イリス。君が彼を想うなら、彼に『最高の衛生状態』を提供してあげるといい」

そう言って、ハンジは一枚の古いメモをイリスに手渡した。

ハンジ：「これは、昔、リヴァイが『完璧な紅茶の淹れ方』について、****三日三晩熱く語ってくれた時のメモだ。私も面倒でやらなかったけどね」**

イリスは、震える手でそのメモを受け取った。そこには、水の温度、茶葉の量、蒸らし時間、そしてカップの磨き方まで、異常なほど詳細な手順が、几帳面な文字で記されていた。

（…完璧な紅茶。私が、これを淹れられたら…）

イリスの瞳に、再び強い光が宿った。リヴァイは、冷たく突き放すことで、彼女への感情を隠している。ならば、イリスもまた、**「任務遂行」**という名目で、彼に近づけばいい。

イリス：「分隊長、ありがとうございます。この資料、私が責任を持って、最高の『衛生状態』で目録にまとめます」

ハンジはニヤリと笑った。彼女は、この純粋なOCが、自分の与えた**「武器（メモ）」**で、リヴァイという難攻不落の要塞に、真正面から挑むことを確信した。

ハンジ：「期待しているよ、イリス。そしてね、リヴァイが一番『愛する場所』を知っておくといい…それは、彼の『執務室の窓枠』だ」

イリスの心臓が激しく脈打った。