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❤️:新(あらた)
💚:樹(いつき)
高校三年の春。
新は東京の小さなアパートの一室で
一人暮らしをしていた。
中学を卒業してすぐに地元を出たのは、
進学のためというのもあるけれど、
本当はただ、
“自分の居場所”と呼べる場所を
見つけたかったのかもしれない。
そしてそのアパートの
隣の部屋に住んでいるのが、
新より4つ歳上の樹だった。
初めて彼を見たのは引っ越して初日の夜。
狭い玄関先に段ボールを積み上げて
荷解きをしていた新に、
💚「新しく引っ越してきた子?」
そう声を掛けながら
缶コーヒーを差し出してくれた。
その時の樹はとても眠そうな目をしていた。
けれどどこか柔らかく笑っていて。
白い指先には煙草。
煙がゆらゆらと夜に溶けていく様子を、
新はいつまでも見つめていた。
それから毎朝。
新が学校へ行く支度をして部屋を出ると、
隣のベランダから
こちらに手を振る樹の姿がある。
いつも同じように煙草を燻らせながら、
💚「いってらっしゃい」
そう言って微笑む声は
どこか心をくすぐる。
最初はただの憧れだった。
でも次第に、
その笑顔を自分のものにしたい。
そう思うようになった。
気付けば新の胸は
彼でいっぱいになっていた。
ある日の夕方。
外は雨がぱらついていて
部屋の中はやけに静かだった。
いつもより帰りが早かった新は、
ベランダで煙草を吸っている樹を見つけて、
つい声を掛けてしまった。
❤️「それって美味いんですか?」
💚「興味あるの?」
❤️「あぁ自分は別にないです」
「ただ樹さんが」
「毎日吸ってるから気になっちゃって」
💚「……まぁ好んで吸うもんじゃないね」
低く落ち着いた声に胸が跳ねる。
いつも通り
軽く流されると思っていたのに、
その時の樹は珍しく黙り込んだ。
吸い終えたのか、
灰皿にぐりぐりと押し付けて
ポケットからもう1本煙草を取り出した。
火を点ける手元の仕草が
妙に色っぽくて新は息を呑んだ。
💚「煙草のジンクスって知ってる?」
❤️「ジンクス?」
💚「この銘柄ね」
「"惚れた相手に再会できる"」
「っていうジンクスがあんの」
❤️「再会……」
💚「だからまあ……」
「それを信じて吸ってる」
冗談めかして笑ったその横顔は
どこか寂しげで。
新はなぜだか胸が締め付けられた。
❤️「その惚れた相手って」
「今は離れてるんですか?」
樹は少しだけ視線を逸らした。
沈黙のあと、
💚「……昔の話だよ」
と静かに言った。
煙の匂いと雨の音。
新は初めて、
樹という人の過去に触れた気がした。
その夜。
新は寝つけなかった。
窓の外から、
微かに煙草の香りが漂ってくる。
新はカーテンの隙間から外を覗いた。
ベランダの灯の下で樹がひとり、
静かに煙を吐いている。
白い煙が雨に滲んで消えていく。
どうしようもなく胸が熱くなった。
自分も彼の中にいたい。
再会を願うほど誰かを想ってみたい。
そう思ってしまった。
それからというもの、
新は樹と少しずつ距離を縮めていった。
買い物帰りの樹に
「手伝いますよ」と駆け寄ったり、
夜遅くまで課題に追われている彼に
コーヒーを差し入れたり。
その度に「助かるよ」と笑って
頭を撫でてくれる樹が、
少しずつ新の日常に染み込んでいく。
しかしそんな幸せは
決して長くは続かなかった。
大学の春休みが終わる頃、
樹がふと呟いた。
💚「……来月引っ越すかも」
❤️「え?」
新の心臓が音を立てて沈んだ。
何か言わなきゃと思っても
喉が詰まって言葉にならない。
樹はそんな新の様子に気付いたのか、
優しく笑って頭を撫でた。
💚「もうこんな悪い大人に」
「引っかかっちゃダメだよ?」
その一言に心が崩れた。
樹はきっと自分の気持ちに気付いている。
でも受け止めようとはしてくれない。
大人だから。
優しいから。
それでも新はどうしても諦められなかった。
樹の引っ越し当日。
朝の光の中で、
樹は最後の煙草を吸っていた。
ベランダ越しに新を見ると、
いつもと同じように手を振ってくれた。
けれど。
その指先が微かに
震えているように見えたのは
気のせいだったろうか。
❤️「煙草はもうやめるんですね」
💚「うん」
❤️「……再会できたんですか?」
樹は一瞬、
驚いたように目を見開いた。
そしてゆっくりと微笑む。
💚「……ああ」
そう言って最後の煙を空へ吐き出した。
風に攫われて白い煙が消えていく。
その中で新は確かに感じた。
自分の胸の奥で何かが静かに灯るのを。
❤️「その煙草の銘柄」
「教えてくれませんか」
💚「吸いたいの?」
❤️「……」
💚「まぁいいよ」
たとえこの先どんなに離れても。
この煙の向こうにきっとまた彼がいる。
そう信じて新は笑った。