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「フィオナ様は綺麗で頭も良くて……まるで天使のようだと、誰もが思わず見惚れてしまいます。それは、ご自身もとてもよく理解しておられます」
フィオナ嬢の噂は俺ですら耳にしていたくらいだしな。ルーカス殿の婚約者でもあるし、何回か会ったこともある。人目を惹く容姿に社交的な性格もあってか彼女は有名人だ。クレハの手紙にも姉の話題は何度も出ていたな。
「クレハ様はそんなフィオナ様を自慢の姉君だと慕っておいでですが、フィオナ様の方はクレハ様のことをあまり良くは思っていなかったようでした。私の目から見てもおふたりは対照的でしたから。そのせいか、フィオナ様はクレハ様の振る舞いや言動にイライラしたりする事も多く、自分と比べて落ちこぼれだと常々愚痴を零しておられたそうです」
「そりゃ勉強はサボるわ、つまみ食いはするわ……早朝に走り回って筋トレしてるような娘だからなぁ。フィオナ嬢が理解できないのは分からなくもない。俺は嫌いじゃないけどね」
「ふふっ……私もです。気が合いますね、殿下」
クレハの事を思い出しているのか、リズが眉を下げて笑っている。ここにきて初めて彼女の年相応な本当の表情が見れたような気がした。
「そして、クレハ様はこの度殿下と婚約をなされました。よって将来クレハ様はコスタビューテの王妃です。内心見下していた妹が自分より上の立場になるなんて……あの方が我慢できるわけがありません」
「つまり……クレハによって自尊心を傷付けられたから怒り狂ったと? そんなことで俺たちの婚約に反対しているのか」
「はい、私はそう考えております」
リズからもたらされる情報がことごとく予想の斜め上で驚きを隠せない。品行方正で令聞しか流れてこないフィオナ嬢が、まさか妹に対してそんな感情を向けているなんて……
「旦那様と奥様はフィオナ様が殿下の事を密かにお好きだったのではないかと思われているようです……それでショックを受けたのではと。婚約者のルーカス様の手前もありますが、あのフィオナ様が妹の婚約が気に入らなくて暴れるなんて、あまり広めたくない出来事です。なので、表向きは体調を崩して伏せっているという事になったそうです」
「フィオナ嬢が俺を? それは無いと思うがなぁ。今まで会ったなかでそんな素振りは一切見当たらなかったぞ」
「どちらにせよ、クレハ様がお屋敷に戻るとフィオナ様を更に刺激しかねませんし、クレハ様にも危害が及ぶ可能性もあります。今の時点でもかなり乱暴な言葉を投げつけておいでですから……」
リズは辛そうに顔を歪めながら言った。きっと屋敷内で色々見聞きし、心を痛めているのだろう。使用人達の間でも面白おかしくネタにする輩もいるだろうしな。
「そういう事ですか……陛下がレオン様に深入りするなと言った理由が分かりましたね」
「どういう意味だ、セドリック」
「陛下は公爵から話を伺っておられます。つまり、フィオナ様はレオン様に対して好意をお持ちだと伝えられているはずです。貴方はクレハ様の事となると少々冷静さを欠かれる傾向にありますから……。フィオナ様が婚約に反対だと聞いたら、自らジェムラート邸に乗り込み、クレハ様への熱情をアピールしかねないと考えられたのではないですか?」
「もし……フィオナ様が殿下の事をお好きなのだとしたら、それはとても辛いことですね。別の方がどれだけ好きかを聞かせられるなんて……」
「さっきリズさんにしたようなお気持ち表明をフィオナ様にもやったらどうなりますか? まさに、火に油を注ぐようなものですよね。フィオナ様の怒りの矛先が、更にクレハ様に向かってしまうのを危惧されたんでしょう」
「……俺はそこまで考え無しじゃないぞ」
「どうでしょうかねぇ。まぁ、フィオナ様の真意は憶測の域を出ていないですが、はっきりしているのは今回の婚約に反対しておられ、その不満や憤りを全てクレハ様に向けておられるという事ですね」
セドリックが確認するようにリズに視線を向けると、彼女は静かに頷いた。それは分かっている。だからこそ公爵は、いの一番にクレハを王宮に留めるよう手配したのだろうしな。その理由が言い難いものだったというのも頷ける。
「確かに知った所でどうにかできる問題じゃないし、下手に俺が出ていくと余計に拗れる可能性があるというのも理解した。父上も公爵に内密にして欲しいと頼まれたのだろうな」
「で、レオン様如何致しますか?」
「如何致しますかってどうすりゃいいんだよ……」
まさかこんな事になるとはな。リズが多少クレハ側に偏った見方をしているであろう事を考慮して、全てを額面通りに受け取ることはできないが……今聞いた話が本当なら、面倒臭い事この上ない。クレハの姉が嫌がっているからって婚約を白紙にするなんて事は絶対にあり得ない。だが、これを知った時のクレハの反応が怖い。やっぱり婚約相手は別の方に……なんて言われたら立ち直れないかもしれない。それに、慕っている姉にそんな風に思われていたなんて知れば彼女は傷付くだろうな……
「フィオナ様が落ち着くのを待つしかありませんね。公爵夫妻に任せた方が賢明だと思います。フィオナ様は頭の良い方ですから、騒いでどうにかなるものではないと理解されているはずです」
「そうするしかないだろうなぁ……。クレハには悪いが、もうしばらく王宮にいてもらう事になりそうだ」
しかし……今はまだいいが、このままフィオナ嬢が俺たちの婚約に反対のままだとややこしいことになりそうだ。フィオナ嬢を慕う者は多いからな。それらが全て彼女側についたとなると……。とにかく、こちらもできる限り味方を増やし、クレハの婚約者としての立場を確固たるものにしなければならない。
「リズ」
「は、はい!」
「今日、俺が君に会いに来たのはフィオナ嬢の話を聞く為だけでなく、君に頼みがあったからだ」
「頼み……ですか」
「ああ。クレハが王宮に滞在している間、彼女の側に付いていて欲しいんだ。何日も家に帰れなくて不安に思っているからな。君がいてくれれば少しは気が紛れるだろう」
「それは……私もクレハ様が心配ですので是非にと言いたいところなんですが、現在私はジェムラート家の侍女見習いとしてお仕えしている身です。私の一存では……」
「そこは心配ない。セドリックがジェムラート公に事前に話を付けているからな。公爵もクレハの事が心配だったようで、二つ返事で承諾してくれた。後は君の了承を得るだけだ。ただ、勘違いしないで欲しいのはこれは強制ではない。クレハから君は働き始めたばかりで大変だろうから無理をさせるなと言われている。少しでも難しいと思うなら断っても構わない。王宮へ通じる橋の通行許可は出しておくから、たまに遊びに来てやってくれるだけでも良い」
「クレハ様がそんな事を……。そもそも私がジェムラート家にお仕えしたのはクレハ様のお役に立つ為ですのに……。殿下!! こちらの方からもお願いします。私をクレハ様のお側に行かせて下さい」
どうやらクレハの気遣いは逆にリズをやる気にさせてしまったようだ。セドリックが笑っている……予想通りの展開が面白かったんだな。
「決まりだな。突然の要請にも関わらず、快く引き受けてくれて感謝する。それで……忙しなくて申し訳ないが、出来るだけ早く王宮へ上がって欲しい。こちらから君の家へ迎えを渡すから、いつなら準備が整う?」
「1日頂ければ……」
「分かった。それでは明後日、再びセドリックを君の元へ行かせよう」
「いずれはクレハ様の専属となり、王妃となられるあの方の元でお仕えするのが私の目標なのですが、まさかこんなに早く王宮へ参じる事になるなんて……」
リズは頬を紅潮させ、夢見心地に呟いている。
「リズ、今回はクレハの友人としてあの子の側にいてくれるだけでいいからな。使用人のような事はしなくていいぞ」
「ええっ!? そんなっ……今後の為にも色々お勉強させて頂こうと思っておりましたのに……」
心底ガッカリしたような顔をされてしまった。そんな顔をされると俺が悪いことをしているような気分になるじゃないか。そしてセドリック……お前はいつまで笑ってるんだ。
「その辺は好きにしてくれ。今クレハの身の回りの世話をしている侍女達に一応話はしておく」
「本当ですか!! ありがとうございます、殿下」
リズのクレハへの傾慕が思っていた以上で驚いたが、クレハの味方としては非常に心強い。それに公爵家に出入りしている事もあってか、礼儀正しく言葉遣いも丁寧だ。体面的な意味でも彼女ならクレハの側にいても問題無いだろう。
目的は概ね達成され重畳。しかし懸念事項が増えた。フィオナ嬢の今後の動向には目を光らせておかなければならない。思えば俺はクレハと一緒になる事ばかりを考え、『婚約者』の肩書きを手に入れて安心しきっていた。フィオナ嬢のように、俺たちの婚約に否やを唱える人間がこれからも出てくるかもしれない。クレハ周辺の人間関係も一度調査する必要があるかもしれないな。
やり過ぎと思われても、俺はこの件について一切妥協するつもりはない。俺にはもうクレハ以外の相手なんて考えられないのだから……。どんな些細なことでも俺とクレハの将来に陰りをもたらす要因になりえるのならば、絶対に看過することはできない。