リディアは馬車の窓から外の景色を眺めていた。だが、意識は完全に正面に座っているディオンに向いている。
今朝ディオンの腕の中で目が覚めた。そして既に起きていた兄と目が合った。以前みたいに不機嫌になり言い掛かりを付けてくるのかと身構えたが「おはよう、リディア」と笑みを浮かべながら挨拶の口付けを額にされた。
暫し思考が停止して動けないくらい、あれは驚いた。
(変な物でも食べたのかしら……でもそんな物なんて……あった!自分が作った駄作品だ……今も食べてるし……)
不味いと貶すなら食べなきゃいいのに!と思う。本当、兄の考えている事は分からない。
何だかんだリディアとディオンが屋敷を出立してから、もう5日経つ。リディアは顔色が悪く、ぐったりとしていた。
ずっと座りっぱなしでお尻が痛いし、身体も怠い、何より今朝起きた時から、気持ちが悪い……。
休憩をとりながらとは言え、これまでこんなに何日も馬車に揺られた経験がリディアにはなかった故、疲労が溜まっているのかも知れない。
もはや馬車が少し揺れるだけで苦痛に感じる。一刻も早く、馬車から降りたい……。だが、今休憩を取った所でそんなに直ぐ回復する気はしなかった。
「リディア、どうした。気分でも悪いの?」
「うん……ちょっと、ね……でも、大丈夫……」
「少し休む?」
「良いから……大丈夫」
本当は少しどころではないし大丈夫でもないが、兄相手だと、どうしても意地を張ってしまう。それに多分目的地は近いし、我慢した方が時間を無駄にしなくて済む。
「仕方ないな」
そう言うとディオンは立ち上がりリディアの横に座り直した。
「おいで」
「ちょっとっ……」
そして腕を少し乱暴に引かれる。リディアは兄へ倒れ込んでしまった。
「少し、寝てな。今日の夕刻には着くからさ」
膝枕をされたかと思ったら、今度はディオンの上着を掛けてくれた。目隠しをされる様に手のひらを被せられ、リディアは渋々瞳を伏せる。
優しい手付きでリディアの頭を撫でてくれて、心地がいい……気分が悪いのがどこか薄れていく様に感じた。
兄のもう片方の手が、リディアの手に触れてきた。大きくて、少し冷たさのある手は、懐かしい。それを無意識にぎゅっと握り締めると、意識は薄れていった。
◆◆◆
その日の夕刻、予定通り目的地であるグリエット家の領土に入り、街へと辿り着いた。馬車は街を通り過ぎ、緩やかな山道を抜けて行く。暫く駆けると、大きな屋敷が見えてきた。
その屋敷の前で馬車はゆっくりと、止まる。すると、馭者と馬で付いて来ていた従者達が外で慌しく動いている音が聞こえた。
程なくして扉が開き、従者は到着した趣旨を伝えてくる。ディオンは自身の膝の上で眠っている妹を優しく揺すった。
「リディア、着いたよ」
「う、ん~……」
ゆっくりと身体を起こして、子供の様に目を擦る姿に頬も緩む。まるで幼い子供もあやす様に頭を撫でてやる。
「体調は?」
「うん……何となく……」
寝た事で少し顔色が戻った様に感じたが、まだ完全ではないようだ。
「取り敢えず、降りるからさ。お兄様が、抱っこしてやろうか?」
他意はなかった。ディオンは、体調の優れない妹を運んでやる、そう思っただけだったが……リディアは顔を赤くして怒ってしまった。多分何時もの様に揶揄われたのだと思ったのだろう。
「小さな子供じゃないんだから、やめてよね! 恥ずかしい!」
そう言いながら妹は先に馬車から降りて行った。
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