コツリ、コツリとこちらへ近づいてくる澄んだ足音だけが暗い倉庫に鳴り響く。真冬に降り積もる雪を連想させるような柔らかい白い髪に褐色の肌を持つ、馴染みのありすぎるその姿を見た瞬間、胸に熱が溜まっていき、何に対してのものか分からない透明な涙が目から零れ落ちていく。
不意に彼──イザナの視線が男たちから私へと移った。彼のアメジストのように綺麗な瞳に映る自分の姿の汚さにハッと我に返り、怒られてしまうかもと身構えた瞬間。それまで男たちを睨みつけていたあの刺々しい目の細みが消え、ふわりと優しい笑みに変わった。
「…見つけた」
その四文字を放つ軽く柔らかな声に含まれる色の優しさに胸がドクドクと早鐘を打ち出す。
『イザ、ナ…』
大好きな彼の名を呼ぶ声が頼りなく震え、イザナ以外見えなくなった。
勝手なわがままをたくさん言ったのに。嫌われても仕方がないことをたくさんしてしまったのに。それなのにイザナは来てくれた。私のことをいつもと同じ優しい目で見てくれた。
安堵と罪悪感に嗚咽を噛み殺しながら涙を流し続ける私とは反対に、私の周りに群がっていた男たちは死人のように光の伏せた顔色でイザナのことを見つめると掠れた声で言葉を零していく。そんな男たちの手の震えが服越しに伝わってくる。
「嘘だろ…まさか、天竺の総長が…」
「なんだよそれ…オレら死ぬくね?」
「いや、コイツを囮にすれば…!」
その言葉とともに自身の髪を無理やり引っ張られ、鈍い唸り声が口の端から洩れる。そのまま、勢いを持って私の顔を狙って向かってくる男の石のような拳が涙の滲んだ視界を埋め、来るだろう痛みにギュッと目を閉じて体を硬くする。
『…?』
だが、いくら待っても予想していたような痛みはやってこず、何かが吹っ飛ばされたような人工的な風が肌を撫でると、一拍遅れてドンッという鋭い衝撃音が鼓膜に触れた。それだけのことでもただ事ではない状況ということが瞼を閉じている状態でも分かってしまい、全身から血の気が引いていくのを感じる。
「…汚ェ手でオレの○○に触ってんじゃねぇよカス」
頭の芯に突き刺さるようなイザナの尖った声が耳のすぐ近くで聞こえ、固く閉じていた目をゆっくりと開く。すると、先ほどまで傍に居た男たちは血行が止まってしまったかのように真っ青な顔を浮かべながら数メートル先に転がっていた。血を吐いている者も居れば、痛みに顔を歪めて今にも死んでしまいそうな者も居り、呆然とする。
「なぁ、○○のこと殴ったのどいつ?」
イザナは血すらも凍りそうなほどの冷たい声でそう言うと、私のことを押し倒していた男の方へ近づき、戸惑いなくその頭を踏みつけた。そして、追い打ちをかけるように今度は男の鼻先辺りを蹴り飛ばす。苦しそうな唸り声を上げながら血を飛ばす男の姿に、つい短い悲鳴が自身の歯の隙間を通り抜けた。
「誰の女傷つけて、誰の女囮にするって?」
だが、そんな私とは反対にあ゙?と聞いたことのないくらいドスの利いた低い声を響かせるイザナの姿に全身に冷や汗が流れるような恐怖と不安を感じ、胸に嫌な予感が漂う。
そんな彼の表情はこちらに背を向けているせいで分からない。だが、先ほどまでのあの悪魔のような下品な笑い声が嘘かのように縮こまる男たちのことを、無言で蹴り続ける彼の姿には目を圧迫させるほどの迫力あり、雨後の雫のように汗が額から滴り落ちる。
『…イザナ』
咽喉の奥から搾り出したような濁った声が自身の喉を滑り落ち、声として空中に浮いた。
『…ごめん、なさい』
『勝手に家出ていったのは私なのに迷惑いっぱいかけてごめんなさい』
『沢山わがまま言ってごめんなさ い』
そう言葉を落としていくたびに、自然と顔が俯いていく。
『……おねがい、嫌いにならないで。怒らないで。』
意気消沈したような暗く重い声で、私は何かに取りつかれたように独り言を洩らす。
イザナは私を助けに来てくれて、先ほどは優しく笑ってくれたけど今度はどうだろうか。
もしかしたら殴られるかもしれない、このまま飽きられて捨てられるかもしれない。そんな暗いことを考えると、声は止まらなかった。
『…わたしのそばからはなれないで』
震える舌が音を打つ。そんな私の嗚咽ばかりが静寂の籠る倉庫の中に鳴り響いた。
ふと顔を上げるとイザナも私と同じように動きを止めていた。氷が張ったような何とも言えない沈黙が耳を埋め、鼓膜がおかしくなりそうになる。
何も言わないということはやはり嫌われてしまったのだろうかとまた泣き出しそうになった瞬間、大好きな匂いにふわりと抱きしめられた。
突然の重心の傾きにふらふらとよろめく私の体をギュッと支えてくれる褐色の腕に頬が火照って、胸がドクドクと弾みだす。
「…離すわけねぇって何回言えば伝わるんだろうな」
蜜のように甘い声が一筋の風のように耳の中に響いて、体の中を毒のように蝕んでいく。
え、と思う隙もなく、イザナの整った顔に思考が染められる。
「まぁそういうすぐに不安になるトコが可愛いンだけど」
私の下睫毛に引っ付いている涙を拭う彼の細い指先の繊細な動きに見惚れていると、イザナはうっとりとした淡い微笑みを浮かべながらそう告げた。
初めて見る彼の表情に、初めて聞く彼の言葉と声。
『…ほん、と?気持ち悪いとか面倒くさいとか思わない…?』
そんな初めて見るすべての動作に心臓が飛び出しそうになるのを堪えながらそう問う。
こんな苦い愛しか与えられない私が彼の傍に居続けてもいいのだろうか。そんな思いを込めながら響かせた声はびくびくと否定の言葉に怯えていた。
「思わねェよ。」
だが、一瞬の間も待たずにそう答えたイザナは俯き気味になる私の顔を上げて視線を合わせると、自身の唇と私の唇を軽く重ねてくれた。
そんな優しいキスに心臓がドクドクと激しい音を立てながら喉元に張り詰めてくるのを感じる。イザナ以外のことを考えられなくなってまたすぐに自分から唇を重ねた。乾いた胸の中が段々と満たされていくのを感じる。
都合がいいだけの単純な女。
重くめんどくさい女。
なんの取り柄も力もない女。
そんな私を受け入れてくれる彼がだいすき。
遅れてごめんなさい❕❕❕❕
次回(たぶん)最終回꒰՞⸝⸝ʚ̴̶̷̷ · ʚ̴̶̷̷⸝⸝՞꒱
続きます→♡1000
コメント
4件
あ ー 、 も う す き 。 出 て い っ て も 嫌 い に な ら な い で 助 け に 行 く イ ザ ナ す ご い か っ こ い い 。く ろ た ん 国 語 得 意 だ よ ね ? 言 葉 の 表 現 が え ぐ い ぐ ら い す き
やば、めちゃ好きです🥹🥹 出てった夢主チャンを受け入れる イザナくんも素敵だし、 イザナくんに離されたくない 夢主チャンも素敵すぎます😿💖 表現力が本当に上手すぎる😵💫💭