_____離婚、かぁ……
杏奈がやってきて、離婚を切り出したのはつい先週のことだ。
なんだかずいぶんと時間が過ぎたような感覚がしてるのに、まるで実感がない。
_____離婚、するのか?俺
杏奈のあの様子では、話し合う余地はまったくないだろう。
そのうえ、親父まで離婚をすすめているし。
休日の今日はゴロゴロと布団から出ずに、夢うつつでぼんやりと過ごしていた。
「ちょっと!雅史!休みだからっていつまで寝てるの?さっさとご飯食べてよ、片付かないんだから」
階下からお袋の苛立つ声が聞こえてきて、いっぺんに現実に戻された。
「あー、飯いらないから片付けちゃって」
とんとんとんとんと、階段を上がる音がしてバン!とドアが開いた。
「さっさと起きなさいって聞こえなかったの?」
いきなりドアを開けて大声で喚くお袋。
「あのさ、返事したよね?飯はいらないって。聞こえなかったの?」
苛立つお袋に、俺も苛立つ。
「聞こえないからわざわざ来たんでしょ!子どもじゃないんだから、自分のことくらい自分でしなさい。そんなんだから杏奈さんに捨てられるのよ」
「は?!」
カッと頭に血が上る感覚があった。
「うるさいな、ほっといてくれ」
この前までは俺の味方だと思っていたお袋が、離婚が決まった途端手のひら返しで俺を邪魔者扱いするようになった。
「ほんっとに、ちゃんと結婚生活ができてたら今後のことも安心できたのに、バカなことしてくれるもんだから、お先真っ暗よ!」
捨て台詞を残してお袋が閉めたドアに向かって、思い切り枕を投げつけた。
_____自分だって杏奈を老後の介護要員としてしか見ていなかったくせに!
腹が立ってすっかり目が覚めたので、気分転換に外に出ることにした。
玄関では、親父が最近始めた登山に出かけるようで靴を履いているところだった。
「なんだ、出かけるのか?」
「あ?あぁ、ちょっとコンビニまで」
「なんでもいいが、これから具体的にどうするか早めに杏奈さんと話し合いなさい。男としてケジメをつけるんだぞ」
「あー、もう、わかってるって」
聞こえないと思い込んでいた親父の耳は、聞いていなかっただけとバレてから、親父はアクティブに外に出るようになった。
“家にいて、ため息と怒号を聞かされるより外で好きなことをすると決めた”からと俺とお袋の前で宣言した。
_____これからの具体的なことかぁ……
慰謝料、養育費、何から決めればいいんだ?
家計の管理は杏奈任せだから、きっと自分で計算するだろう。
圭太は可愛いが、親権は杏奈にしておこう、その方が俺は身軽でいられる。
ぼんやりとそんなことを考えていた時、常務から着信があった。
『………そういうわけで、まずは上の方の人間からこの話をしてるわけだ。一週間以内に返事をしてくれ』
「一週間?」
『そうだ、遅れたらそのまま自己都合退職扱いとする』
「……退職…そんな」
プツンとそこで通話は切れた。
少し前から円安や原材料高騰で、会社経営が芳しくないことは聞いていた。
_____そのために支店周りをして、無駄を省き売り上げを伸ばす努力をしていた
つもりだったのだが、そんなのは焼け石に水だったということらしい。
上層部は早々に、《採算が取れない店舗を閉鎖し希望退職者を募り、規模を縮小してでもなんとかこの苦境を乗り切り会社として存続させること》にしたとか。
役員まではいかないが、いくつかの支店を束ねている俺は、いわゆる中間管理職で生産性が少ない割に高給をもらってる(らしい)ので、会社としてはいらない奴なのだろう。
退職するなら、少しばかりの退職金を出すとも言っていた。
もしも辞めないと言えば、格下げでどこかの支店長になり現場復帰することになる。
大学を卒業して今の会社に入り、いくつかの支店をまわって修行(?)したあと、隣町の支店長になった。
その当時は、一気に売り上げが伸びて支店長としての腕を見込まれて、いくつかの支店をまとめるエリアマネージャーになった。
今考えれば、売り上げが一気に伸びたのは俺の店長としての手腕ではなく、あの頃たまたま景気がよかっただけだと気づいたのは、わりと最近だ。
「いまさらまたどこかの支店長になってもなぁ……。給料が下がるのはわかっているし、なにより現場仕事に戻るということが精神的にもキツイしなぁ」
誰に言うともなく口にしたセリフが宙にただよう。
コンビニでジュースとスナック菓子を買ってレジに並んでいたら、入り口にある就職情報誌が目に入った。
_____そうだ、転職するか?
給料が下がってまで今の会社にいる必要もない気がしてきた。
なにより、慰謝料や養育費を払うことになるならば、少しでも給料は多い方がいい。
レジで商品を受け取ると、就職情報誌を一冊手に取ってイートインコーナーでページを開いた。
_____俺はまだ若い、まだまだ需要があるはずだ