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朝日を目蓋に感じ、目を開ける。下腹を撫で温める。ハンクは気づいていた、気にかけてくれてる。宿っていなくてもまた注いでもらえばいい。ベルを鳴らしジュノを呼ぶ。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、ジュノ。いいお天気ね。お庭を散歩しようかしら」
寝台から下りジュノがくれた濡れた布で顔を拭く。椅子に座ると髪を梳かしてくれる。
「お嬢様、靴が届きましたよ」
鏡越しのジュノに、まだ朝よ?と聞くと、ハンクが昨夜きてくれたときに置いていったと言う。夜着のまま居室に向かいドレスのかかったトルソーに近づくと足元に青い色の靴が揃えて置いてある。ブラックダイヤモンドが散りばめられ輝きを放っている。青に黒が映える。
ドレスからちらりと見えるだけなのに贅沢だわ。これを持ってきてくれたのね。踵部分も高くはない。私は小さいから少しでも大きく見せようといつも高いものを履いていた。これならダンスも疲れないわ。歩きやすそう。小さくても構わないと言われているようで嬉しい。ジュノの手を握り、綺麗ねと二人で鑑賞する。
王宮の夜会が近づく日の朝、トニーが僕に報告を上げた。リリアンから手紙が届き、すでに王都に向け出発していること、陛下が宿を取ってくれたがゾルダークに滞在したいという内容だが、断ろうにも今は王都を走る馬車の中。こちらの返事を待つつもりのないリリアンの自己中心的な考えにうんざりする。アンダルからは王都の宿に泊まるとだけ書いてあったというから、アンダルには内密に出し乗り込んでくるつもりだろう。
「スノー男爵夫妻が訪ねても通すなと門番に伝えろ。騒いだら騎士隊に連絡していい」
陛下の取った宿がどれ程かは知らないが、今は各地から貴族が集まっている。王都に邸を構えていない家も多々ある。そういう客で宿は賑わっているだろう。それが嫌なのかもしれないが僕には関係ない。ゾルダークは宿ではない。
予想通り昼の一刻過ぎにスノー男爵夫妻がゾルダークの門前へ馬車を着けていた。トニーは門番に伝えたが、元王子と言われては平民出の門番は怯んでしまうかもしれないと近くに控えていた。
「こんにちは、カイランの友達のリリアンとアンダルよ。遠くから来たのよ、カイランには手紙で伝えてあるわ。開けてちょうだい。もうくたくたよ」
馬車の窓から顔を出し話しかけているスノー男爵夫人は門を開けてもらえると信じて疑ってはいない。
「聞いてはおりません。お帰りください」
門番は毅然とした態度で答えている。
「そんなことないわ!出る前にお手紙出したもの。カイランに聞いてきて」
門番は答えない。無視をすることに決めたようだ。答えの返らないことに腹が立ったのか馬車内にいるだろうスノー男爵に話しかけている。
「アンダル!なんとか言ってよ!私疲れたのよ。狭い宿よりカイランの所がいいの。この人に言ってよ!」
馬車が揺れスノー男爵が降りてきた。門番に向かい合い、夫人には聞こえない声で尋ねている。
「カイランはここに何も伝えてないんだな?リリアンの手紙は届いたか?」
門番は、手紙は確かに届いた、誰か訪ねてくるとは聞いてないと答えるとスノー男爵は馬車に戻り御者に宿へ行くよう告げている。
「どうしてよ!私はお手紙出したのよ?カイランがこんな意地悪するなんておかしいわよ!」
馬車の中から大きな声で叫んでいる。スノー男爵が夫人のようでなくてよかった。あの人はおかしくなってはいない。
無事にお帰りいただいたと主には報告した。はじめからこうしていればと悔やんでも遅い。主は確かにスノー男爵夫人に恋をしていたのだから。学園では可愛らしい様子でも、今の非常識な態度を見ると主を選んでくれなくてよかったとトニーは思う。あとは、夜会で会ってしまった場合、対処するのは主本人。そこで真に変われたのだとキャスリン様に示さねばならない。
王都には数多くの貴族達が集まっていた。田舎の男爵から辺境を守る辺境伯、当主だけ参加の家もあれば家族で参加する家もある。今回は王太子の婚約者御披露目がされる大事な夜会。輿入れしてくるのはチェスター王国第二王女マイラ。シャルマイノス王国の南に位置する隣国からの輿入れにより南を守るレディント辺境伯が王女を王都へ届けるため、チェスター王国から引き受け警備を固めすでに王都に来ていた。
ドイルはこの婚約に満足していた。アンダルのせいで威信の落ちた王家もチェスター王国の第二王女マイラと婚約し、同盟、不可侵条約に関税緩和を勝ち取った。王家同士の密約では『王女マイラに三年、子ができなければ側妃を許可。婚姻後も王女の費用は持参金から払う。チェスター王国がシャルマイノスへ背信行為をした場合、王女マイラと子を処刑』である。シャルマイノスにとって有益しかない、チェスター王国にとっては無益の密約。アンダルへの謀略がチェスター王国王妃の生家が主導したとチェスター王家へ書状を送り、捕まえた商人と女からも証言を得て陳情したのだ。このことを国民が知り、両国が開戦となれば国が荒れる。ここまで有利に運ぶとはドイルも笑いが止まらない。アンダルの失態から大きな褒美を貰ったようなもの。褒めてやりたいくらいだ。自国の失態を説明済みの王女は納得の上輿入れ。王太子もシャルマイノスのため婚約に頷くしかない。アンダルの犠牲の上の婚約、知っているのはドイルと王太子、チェスター王家のみ。アンダルを褒めてはやれないが、親心という名の褒美として王宮の夜会に招待したのだ。宿も取ってやりアンダルの衣装も用意した。王家としてはリリアンは厄災でしかなく存在を無視しているが、声の大きさはよくない。夜会に現れたら近くに変装させた近衛を置き、面倒を起こすようならワインをかけろと命じてある。アンダルがリリアンを御してくれたら一番だが、男爵領に戻ってからは癇癪が酷くなり、昔は可愛い我が儘も今では非常識に見えて苦労しているらしいと、監視から報告が上がっている。それは自己責任で耐えてもらうしかない。監視は続けるが今回の夜会でアンダルとは二度と会うことはないかもしれない。三男ルーカスの婿入り先も今まで難航して決まらなかったが、夜会以降は順調に進むだろう。