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本日は王宮の夜会、夜会と言っても王宮の夜会は参加人数が多く、夜に開始すると王家への顔見せだけで夜中になってしまうため下位貴族は明るいうちから王宮へ向かう。高位貴族も日暮れには王宮に着くよう準備をする。ゾルダーク邸は朝食を終えた小公爵夫人を磨き上げるため、湯を張り体の隅々まで洗い、爪を整え艶を出し、体には微かに香る香油を全身へ揉み込んでいく。長い髪を編み込み絡ませ纏め、美しく仕上げる。化粧も普段よりも丁寧に施す、目蓋の際に青く色をつけ、きつい印象にならないよう薄い赤をのせ、温めた道具で睫毛を巻きつける。唇は元々が赤いため艶を足して終わる。アンナリアとライナがドレスを持ち、キャスリンが着ると背中の留め具をジュノが嵌めていく。胸は持ち上がり腰は引き締まり下腹からは膨らんだスカート。メイド達も満足する出来映えだ。そこでアンナリアがソーマを呼ぶ。手に宝石箱を持ったソーマとハロルドが現れ、箱を開けてアンナリアがキャスリンにつけていく。複数のブラックダイヤモンドを銀の輪で包むように横へ連ならせ、一際大きなブラックダイヤモンドが中心から胸の上辺りまで雫のように垂れる。新しく作られたブラックダイヤモンドが雫の形で耳から垂れる。ハロルドはもう一つの箱を開けてキャスリンに見せる。中にはサファイアとブラックダイヤモンドで作られた蔦模様の髪飾りが複数入っている。ソーマは頷きアンナリアに渡す。編み込まれた髪に差し込まれていく。靴を履き、鏡の前で自身を見る。派手な顔付きでない私でもしっくりくる仕上がりにしてくれた。ダントルの言うとおり、誘拐されてもおかしくない財産を身に着けている。
「お綺麗ですよ。喜ばれます」
ソーマが褒めてくれる。喜んでくれるのはハンクのことだろう。髪飾りまで用意していたなんて。薄い茶の髪に青と黒が輝いている。
「ありがとう。こんなに綺麗にしてもらったのは初めてよ」
私は微笑み、皆に礼を告げる。
「一つも落とさず帰ってくるわね」
ソーマは微笑み、落とされても気にせずに、と言う。それは無理よと心の中で答える。扉を叩く音がしてカイランが入ってきた。
「すごく綺麗だよ」
カイランは私を眺め褒めてくれた。ありがとうと返しカイランの衣装を確認する。明るい青色のトラウザーズの裾を膝下まである編み上げの黒い靴に入れ、同色の上着は腰の高さまで、所々に黒の差し色を入れ、その上には肩から膝裏までの黒のマントをかけている。こちらもマダム・オブレの製作だわ。私と色は合っているから丁度いい。
「カイランも素敵よ。綺麗な青ね」
長く濃い青髪を一つに纏め後ろに流してある。
カイランは腕を曲げエスコートをしてくれる。皆を引き連れホールへ下りていくと、扉の脇にはハンクが待っていた。カイランとは違い、黒のトラウザーズに革靴、黒のシャツに紺のベストで体を引き締め、膝下まである重厚で意匠の凝った黒のコートを肩からかけている。正装をしたハンクを眺めることなどあまりないため、つい見惚れてしまう。髪も後ろに撫で付け固めている。重そうなコートなのに体が大きいから、そうは見えない。
「父上、お待たせしました」
カイランの言葉に顔を向け、黒い瞳と見つめ合う。ハンクはこちらに近づき私を見下ろす。
「似合うぞ」
声をかけてくれるとは思わず、一瞬固まってしまったが頭を下げ、お礼は言えた。
ゾルダークの馬車は大きいがハンクと私達は別の馬車に乗り込む。ソーマとハロルドはハンクの馬車へ付き添う。私もジュノを連れ、ダントルは馬に乗りゾルダークの護衛騎士達と動く。
馬車が動き出しカイランが話し出す。
「父上がいきなり近づいて驚いただろ?」
「そうね」
ハンクの贈ってくれたドレスが似合っていると褒めてくれた。微笑みだけで止められた自分を褒めたいわ。
「父上は体が大きいし顔も怖いからね」
私は首を傾げカイランに問う。
「顔が怖い?そんな風には思わないわ」
カイランは不思議そうに私を見る。
「そうかい?いつも怒っている顔をしているよ」
私は微笑み、眉間に指を近づける。
「ここの皺がそう見せるだけよ。カイランの眉間に皺を作って睨みを足せば閣下になるわ」
よく似ているわ、と私が笑ってもカイランは納得していないようだった。
王宮の周りには沢山の馬車が止まり列を作っていた。ゾルダークのような高位貴族には所定の馬車留まりが会場近くにある。それがない貴族は着いた順にまとめられてしまうので閉会した後、帰るのに時間がかかる。カイランの手を借り馬車から降りる。どうやら私達が最後の招待客のようだ。前方にハインスとマルタンが見える。ハンクが私達の前を歩いていく。大きな背中がたくましい。
王宮の夜会は下位貴族から王家に挨拶をしていくため三大公爵家が一番最後になる。挨拶が終わると陛下の開催宣言があり、ダンスや挨拶回りをして過ごす。
前方から懐かしい声が私に近づき話しかける。
「ねえ様!久しぶりです!すごい綺麗だよ!まだ僕にはこんな高価なドレス贈れないなぁ」
弟のテレンスがなぜかまだここにいる。侯爵家はもう少し前のはず。
「ありがとうテレンス、久しぶりね。大きくなって。閣下とカイランに挨拶をして」
テレンスは満面の笑顔でハンクとカイランに向き合い挨拶をする。
「こんばんは、ゾルダーク公爵様、小公爵様。婚姻式以来ですね」
ハンクは頷き、カイランは答えている。
「こんばんは、テレンス。しかしなぜここに?」
テレンスは照れくさそうに笑いながらカイランに教える。
「マルタン公爵家のミカエラ様の婚約者として共に入るんです」
前の方にいるミカエラ様をちらりと見て微笑むテレンス。とうとう承諾を貰ったのね。
「テレンス、あなたしつこく迫ったのではなくて?」
テレンスは目を見開き驚いている。
「ねえ様!なぜわかるのです?僕は頑張りましたよ。断られても手紙を書き、新作の絵も届け、花を抱えて会いに行って、彼女に愛の言葉を囁き懇願したんです。まぁ最後は僕はまだ学生で婚姻できるまで長い、だからミカエラ様が解消したくなったら僕のせいで破棄にしてもいいのでとりあえず婚約してくださいって」
解消はお互い合意の上、破棄はどちらかに瑕疵有りということ。テレンスは本気だわ。破棄された側はいつまでも不信が消えないもの。よくお父様とお兄様が許したわね…許可は取っていないかもしれないわ。
「本気なのね。でもミカエラ様の嫌がることをしては駄目よ?ミカエラ様の気持ちを優先するの。沢山お話しして相手を理解しなくてはね」
テレンスは大きく頷き答える。
「はい!やはり兄様よりねえ様のほうが頼りになるなぁ。今度相談しに行ってもいい?」
テレンスのお願いにカイランを仰ぎ見ると頷いてくれたので、先触れを出してねと答える。
「さあ、マルタン公爵家の所へ戻って、ミカエラ様をエスコートするのよ。後で挨拶に向かうわ」
テレンスは頷きマルタン側へ戻っていく。ミカエラ様の横に侍り話しかけている様子は弟と姉のよう。でもミカエラ様は幸せそうな顔をしている。案外あの強引さが良かったのかもしれない。テレンスの思うようにさせているということはマルタン側はテレンスを喜んで受け入れている。今日は王太子の婚約者御披露目、マルタンもミカエラ様の婚約者を伴う。王家に傷つけられた令嬢。ゾルダークとディーターが繋がりそこにマルタンまで加わるのは王家としては面白くないだろう。陛下はどう思われるかしら。一人思考に入っているとカイランが話し始めた。
「ミカエラ様とテレンスが?いつの間に…夜会が騒がしくなるな」
ミカエラ様を狙っていた家は多い。ディーターにはテレンスがいるがまだ十四、年の差は六つ、予想外の相手のはず。女性が下ならまだしも上となると例は少ない。
「ミカエラ様が幸せならそれが一番よ。誰も文句は言えないわ」
例え王家でも笑顔で祝わなければならない。