テラーノベル
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「上からアンタを殺すように命令が来た時はびっくりしたよ。でも、同時に、元から知り合いで……楽そうで運がいいとも思った。アンタがウチのことを信用してないとか言う割に……しかも、アンタに嘘なんて殆ど通用しないのに、こんなに間抜けに付いてくるなんてね。」
「サラさんとイリヤくんもオトギリのメンバーなの?」
「違うよ、ウチだけ。2人は協力してくれた、外からの施錠をね。まだそこにいると思うよ、見張っててって言ったから。まあ……この倉庫の壁には防音機能がついているから、呼んだところで聞こえないけど。」
「ああ……そういうことか、なるほど。」
海斗は納得したように頷くと、いつもの調子でにっこり笑ってみせる。
「いやー、参ったなー。まさかセナさんが敵だったなんてー。」
「棒読みすぎ。いいよ、そんな演技は。どうせウチのこと信用してなかったんだから。」
「いや、信用してなかった訳じゃないけど。」
「ええっ、ぼくたち、今からセナさんと戦うんですか?カイト先輩のお友達と……。」
「まあまあ、そんなに慌てないで。サクラくんは下がっていて。」
どこかの隙間から流れてくる風が、ワイシャツの隙間を通って、静かに吹き抜ける。海斗は帽子を取って、腰のベルトに固定した。
この帽子を取った瞬間、この世界の全てが、自分の敵であるように感じる。気味の悪さに鳥肌が立ち、脳みそが嫌な物を追い出そうと必死に働き、足がすくんで指が震える。
「僕は……君と戦いたくない。」
「この期に及んで、まだそんなことを抜かすの?ウチはアンタを騙した、そして今からアンタを殺す、敵なんだよ。」
「とんでもないさ。君は仲間だ。」
海斗はまた笑ってから、続けた。
「この世の中の人間は全員、僕の味方か僕の敵かの、どっちかなんだ。」
“いじめられる側にも問題がある”なんていう言葉は、多くの場合、全く根拠のない正当化だ。こんな言葉は許されるべきではない……しかし、この件ばかりは、そうではなかったのかも知れない。もっとも、自身の異常さを自覚していない彼にとっては、それはひどく残酷で、苦しいものだった。
友達なんて居なくてもいい。そう高を括っていられたのは入学からほんの数週間程度で、世界は容赦なく、海斗に牙を向いた。平気だと笑い飛ばしても、すぐ戻ってくる不安。いつか終わると信じても、それを揺らがして崩す程の絶望。
また笑われる。また殴られる、蹴られる。どうしようもなく1歩1歩が憂鬱で、やがてその1歩さえ放棄して、海斗は自分の部屋に鍵をかけて引き篭った。
自分が原因で両親が離婚した時、海斗は、世界に自分の味方など1人たりともいないことを、唐突に理解した。その時どんな気持ちになったかなんて、少しも覚えていない。気持ちを感じるほどの心の余裕も無かった。あの時の両親は、十分に自分のことを気にかけてくれていたと思う、けれどそれは今になってからこそ言えることであり、当時は“自分のせいで両親が離婚した”という事実でいっぱいいっぱいだった。
縷籟警軍の存在を知ったのは、それから間もなくだった。年相応に自殺願望を持て余していた海斗は、興味本位で受験をした。もっとも、いじめのせいでまともな教育を受けていないために、完全に一人で勉強しただけの知識しか持ち合わせていない。受かるわけもない、あわよくば実技試験で死にたい。そんなことを思っていた気がする、まさか特待合格できるとは思っていなかった。
縷籟警軍に入学する時、職員に頼んで、帽子を貰った。視界が遮られて、身長の影響もあり、会話する時に人の顔があまり見えなくなった。こんなものはただの帽子だ、けれど海斗にとって、これは自分の存在を肯定して、自分以外の存在を否定してくれる。そんな、大切な物だった。
(……変なこと思い出した。)
くだらない思い出に浸りながら、海斗は向けられた銃など見えていないかのように、セニーナにこつこつと近づいていく。引き金にかけられた彼女の指に、力が入った瞬間。海斗が腕を上げ、パン、パンと2回の拍手が、耳を刺すように大きく響いた。
その音が空気に飲み込まれて消えた時。海斗の足元に現れたのは、可愛らしい狸だった。彼はその狸の首のあたりを掴んで、右手で宙に持ち上げる。
「銃。」
そう呟いた海斗が、左手の指をパチンと鳴らした瞬間。今度は大きな銃声が鳴り、セニーナの右頬を黒い弾丸が掠めた。驚く暇もなくもう一発、もう一発と、彼女の体に当たるギリギリの位置を、弾が掠めていく。
セニーナはその場から動かず、立ち尽くした。やがて静かになると、セニーナは笑いながら、こちらに銃口を向けた海斗を挑発する。
「わざと外した?それとも、ペットがヘッポコなのかな。」
「わざとじゃなかったら、一発くらい、君の心臓を貫いていたかも知れないね。」
「警告のつもり?ウチが銃くらいでアンタなんかに投降するって、本気で思ってるの?」
「思ってないさ。銃で怖気付くような人間が、僕に喧嘩を売れる訳ないでしょう。」
「大した自信だね。」
そんな2人を、桜人は、不安そうに見つめていた。無理もない、初任務で先輩の現地の友達に裏切られたかと思えば、先輩がどこからか銃を召喚させて、やけに上手い射撃で犯人に躊躇なく弾丸を飛ばし始めたのだから。大困惑である。
「……カイト先輩、ぼくにも戦わせてください。」
「いい。下がってて。僕には、君に、傷1つ負わせず帰る責任がある。」
「先輩……。でも、ぼく、先輩の役に立ちたいです。それなりに戦えますし……。」
「じゃあ、サクラくんは、ここから出る方法を考えておいて。得意でしょう。」
海斗は毛頭、桜人に危険なことをさせるつもりがないみたいだ。指示に逆らって下手に動く訳にもいかないので、桜人は不安そうな顔をしながらも、扉を調べ始めた。
「……さて、セナさん、話をしようよ。僕、何でもかんでも暴力で解決しようとするの、嫌いなんだ。」
「先に発砲したアンタがそれを言うの?」
「まあまあ、そんなに怒らないで。さっきの発砲はほんの冗談さ。ほら、銃下ろしてよ。」
そう言いながら、海斗は自分の持っていた銃を手放した。床にことんと落ちた瞬間、それはスっと狸の姿に戻り、ワイシャツを鷲掴みながら海斗の肩の上に乗る。
「さっきも言ったけど、僕は君と戦いたくない。」
「嘘をつけ。」
「僕は嘘をつけないよ。」
「……なんでもいいから、本題に入って欲しいんだけど。」
「うん。だから銃を下ろして。」
「ウチが何してても話せるでしょ?早く、じゃないと殺すよ。」
「物騒だなぁ。」
海斗は参った、とでも言うように両手を挙げて、話し始めた。
「僕は嘘を見破るのが得意なんだ。いや、その人が自分にとって都合が良いか悪いか見定めるのが得意と言った方が、正しいかな。」
「何が言いたいの?」
「全部指摘してあげないとわからない?」
「アンタのそのわかりにくい遠回りな物言い、大嫌い。」
「ははっ、ごめんね。まあつまり、君たちの言動を見るとさ、僕はどうしても、君たちが僕の敵だとは思えないんだ。
もちろんその殺意に嘘はないだろうね、君の中には多分、僕に協力したい気持ちと君の社長さんに従わなければいけない気持ち、どっちもある。で、なんだけど……それをどっちも満たせる提案があるとしたら、どうする?」
「話が長いよ。その提案とやらを簡潔に話して。」
「君は文句ばっかり。」
まあ、君の社長さんの命令を知っている訳じゃないから、満たせるか分からないけれど……と前置きをして、海斗は笑いながら、セニーナにとってひどく衝撃的な事を言い放った。
「僕とサクラくんは死んであげるから、ユキの情報を、縷籟警軍に渡してほしい。」
扉を調べていた桜人は、耳に入った言葉に、思わず振り向く。セニーナは海斗の顔を見ながら声を上げた。
「アンタ……正気?」
「うん、大真面目さ。君は僕たちを殺さなければいけないけれど、同時に僕たちに協力する気もある。だったら協力してもらったお礼に、僕たちは君の望み通りに死ぬ……とても整合性が取れているんじゃない?」
「どこが?それ、アンタ、死ぬことになるけど。」
「目的のためなら仕方ないよ。お国のために命張るのが仕事だからさ。」
「そう。……でもごめんなさい、その提案に乗ることはできない。」
海斗は一瞬、驚いたような顔をした。しかしすぐに表情を戻す。
「ふーん。どうして?」
「どうしてだと思うの?」
「君が僕たちのことを殺せないから。」
「情報を渡せないからだよ。」
「それはないよ。だって今、君は僕の話に付き合ってくれてるでしょう。僕を殺したいのならさっさと殺せばいい、情報を渡せないほどの忠誠心がユキにあるなら、なおさらね。」
「本当に口が減らないね。」
「さっきからそうやって話題をずらして、どうにも時間稼ぎしてるようにしか見えないんだよね。君たちが何を考えているのか、おおよその検討はついてるんだけど……僕は仲間を信じてるからこそ、何を信じればいいのかわからないんだ。」
「まわりくどいって。」
「意図的だよ。」
「カイト先輩!」
2人の会話を後ろから聞いていた桜人が、急に声を上げた。海斗が振り向くと、桜人はどこか焦った様子で、声を張る。
「その……敵とお喋りしてても、埒が明かないですよ。さっさと殺してしまいましょう。」
「サクラくん。焦る気持ちはわかるけど、そう簡単に殺されてくれる相手じゃないんだ。」
「だったらぼくが殺しますよ。ぼくには殺せますから。」
「君はやけに殺したがるけれど、本来、特待生は犯人を殺さなくていいんだよ。セナさんには縷籟での犯罪歴もない、情報だって沢山持っている。生きたまま連れて帰るのが賢明だよ。それとも君には、彼女を殺したい理由があるのかな?」
「……すみませんでした。彼女に裏切られたのが頭に来ていたみたいです。」
正論で論破され、桜人は少し残念そうな顔をしながら萎んだ。そんな桜人を見て、海斗は優しく笑う。
「まあ、このままだとキリが無いのも事実だね。サクラくんも動きたい?」
「ぼくのウエポンは、人を殺すのに長けているんです。だから……生かすのには向いてないかも知れない。」
「そんな物騒なウエポンがあるんだ。簡単に気絶を取れたりしないの?」
「えっと、頑張れば……。勢い余ったら殺しちゃいます。あっ、でも待ってください。倉庫の床……平気かな。」
桜人はその場にしゃがむと、床をこんこんと叩いた。かなり硬そうな音が鳴っている。
「この倉庫の床、分厚いですね。ぼくが調べていた扉より分厚いかも。」
「床が分厚いと使えないの?特殊だね。」
「はい、地面からしか召喚できないもので……。」
「物は試しだね。本当は僕1人でやりたいけれど、サクラくんを信用してみるよ。」
「ありがとうございます!」
そんな2人のやり取りを、セニーナは静かに傍観していた。彼女は不意を突こうとする様子もなく、少し虚ろな目で、まるで今から起ころうとすることが憂鬱かのように気力なく佇んでいる。
「待たせてごめんね。」
2人が彼女に向き直ってもなお、それは変わらなかった。無気力よりも落胆よりも、絶望に近いような何かが、彼女を襲っているように見える。海斗はその表情に少しの違和感を覚えながらも、彼女にゆっくりと近づいていった。
空気を切り裂くような発砲音が鳴ったのは、その直後だった。弾丸は海斗の足元に埋まり、桜人が驚いて後ずさる。
「……殺さなきゃ。ウチ、アンタを殺さなきゃ。」
両手で銃を構えたセニーナが、切羽詰まったような顔で、そう呟いた。
「……ずっと黙っていたのに、急に焦り出して、どうしたの。」
「カイト…………。」
セニーナは海斗の顔を見つめた。その顔はひどく歪んでいて、思わず、海斗の顔から笑みが消える。海斗は少しだけ桜人を振り返ってから、また前を向いて眉をひそめた。
「……言ったでしょう。僕は君の味方だよ。君のことは理解しているつもりだ、君以上に。」
「そういうの、いらないから……いつまでも仲良しこよしじゃだめなの、社長に怒られてしまうから。」
そこで会話は止まる。それは開戦の合図だということを、セニーナも海斗も、痛いほどに理解していた。
先に動いたのは、セニーナだった。少し乱暴とも取れるほど焦った様子で、銃を構えて発砲する。海斗は横に避けながら、右手に狸を握った。
「包丁。」
銃の乱射音の中、それに比べたら随分と小さな音で、海斗はまた左手の指を鳴らす。手の中には瞬時に包丁が現れた。それを強く握って、方向を変えて突進してきた海斗に、セニーナは一瞬だけ怯んだ。
「……そんなんじゃ、僕には当たらないよ。」
距離を詰められ、セニーナの鳩尾に、包丁の刃が向く。躱すこともできず、セニーナは咄嗟に拳銃を地面に捨て、手で包丁の柄の部分を握って止めた。
「嘘が下手っていうのは本当みたいね……まるで殺気がない。そりゃそうだ、アンタはウチを殺せない……。」
海斗はにっこりと笑った。
「ふん、何がおかしいの……」
言い終える間もなく。海斗は表情を崩さずに、片手だけを包丁から離し、セニーナの手首をがっと掴んだ。その細い指からは想像できぬ程の握力に、セニーナは「きゃっ」と声をあげる。
「まるで僕が悪いことしてるみたいな悲鳴はやめてよ。」
その瞬間、2人が握っていた包丁が、ぽんと狸の姿に戻った。手に襲った毛の触感に、腕を掴まれている影響もあり、セニーナは思わず手を離す。その隙に、海斗はぐんとセニーナの腕を引っ張った。小柄なセニーナが抵抗できる訳もなく、そのまま体勢を崩し、地面に倒れる。一瞬の隙もなく、倒れた瞬間、海斗はセニーナの肩を踏みつけた。
「うーん、できるかな。」
うつ伏せのまま起き上がれないセニーナは、焦ったように叫んだ。
「何する気!?」
「悪いようにはしないよ。」
「歳下の女子を踏みつけるだなんて……」
言いかけた瞬間。その言葉を遮るように、なにか固いものが折れるような、ゴキッという音が響いた。タイミングを伺っていた桜人が、驚いて見ると……セニーナの腕が、有り得ない方向に曲がっている。
悲鳴が上がるまで数秒もなかった。その痛々しい金切り声を聞いてから、桜人はやっと、海斗がセニーナの腕を折ったのだと理解する。同時に……彼女を気絶させるなら、動きが封じられている今しかないと思った。
「さくら。」
桜人がそう呟き、地面を強く踏んだ瞬間。コンクリートを砕くような音が地面から聞こえてきた。
「カイト先輩、離れてください!」
海斗が後ろに飛んで避けたのと、セニーナの横から巨大な桜が生えてきたのが、同時だった。桜人は集中している様子で桜の木を睨む。
桜の木の枝は、まるで意志を持っているかのように、彼女の方へ伸びていった。その枝は次第に、混乱と痛みで動くことのできない彼女の首に、ゆっくりと巻きつく。
「えぇ……すごい、器用な樹だね。」
もがいていたセニーナの動きが止まるまでに、10秒もかからなかった。動きが止まった瞬間、桜人は急いでウエポンをしまうと、彼女に駆け寄って脈を確認した。
「よかった……気を失っただけです、生きてます!」
「うん。よくやった、サクラくん。ちゃんと全部、報告するね。」
「そんな!カイト先輩のおかげです。」
2人は笑い合うが、ふと、問題が残っていることに気がついた。
「扉、閉まったままだよね……どうやって出よう。」
「そうでした、どうしましょう。」
桜人が扉に駆け寄った。その時、違和感に気がつく……扉の間から、空気が通っているような気がしたのだ。
「……開いてる?」
扉を押してみると、それは案外簡単に開いたが……少ししたところで、ガッと止まる。
「地面に何かが転がってる。それが引っかかってるみたいだね。」
「あ、力ずくでいけそうです。もしかしたら、サラさんとイリヤさんが、扉を閉めるために置いていたバリケードが……」
そこまで言って、地面を見た桜人の、手が止まった。つられて、海斗が地面を見ると……土に液体が染み込んで、赤く染まっている。それと同時に、開きかけた扉の隙間から、微かに鼻を刺すような血液の臭いが流れ込んできた。
2人は顔を見合せて、急いでドアを開け外に出た。そんな訳が無い……そんな希望も虚しく、想定通りの景色に、2人は言葉を失う。
そこにはドアに沿うようにして、血まみれになって倒れている、サラとイリヤがいた。桜人が駆け寄って、名前を呼びながら脈を確認するが……もう既に、手遅れのようだった。ふと何かに気がついた海斗が、急いで倉庫の中に戻って、セニーナの体を抱き上げる。その時、手の中にいる生きていたはずの人間が、あまりに冷たくて……海斗の顔から笑みが消えた。
「……カイト先輩、セナさんは……。」
「死んでる。死んでるよ。僕たちが扉を開けて、外に出てる間に……誰かに、殺されたんだろうね。」
「そんな、そんなこと……」
「うん、無理なはずだ。でも……セナさんは、死んでいる。」
「どうして?どうやって、誰が……。」
「……ユキの社員に、口封じのために殺されたって考えるのが、自然だろうね。サクラくん、鄼哆の支部に電話して、この状況を全部話して。」
「カイト先輩……。」
普段の彼なら、こういう事を後輩に任せたりはしない。どんなに冷静で冷淡な彼にも、普段のままでいられなくなる時があるのかも知れない。
海斗はセニーナの顔を見た。心做しか、ひどくやつれて見える。
「……君は、僕の味方でいてくれた。」
たった数回、任務に同行してもらっただけの仲なのに……こんな気持ちになるのか。
ひどい虚しさとやるせなさが押し寄せた。海斗は死ぬまで、この気持ちを忘れないことになる。
海斗は外に出た。いつしか風は止み、ただ厳しく、それでも優しい冷たさが、人体から熱を奪っていく。灰色だった空は真っ黒に、灰色だった地面は真っ赤に……その狭間で、気持ち悪さを拭えぬまま。海斗と桜人は顔を見合わせることもなく、ただ形容しがたい感情を胸に抱えながら、静かに立ち尽くしていた。
続く
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