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あの夜から、随分と月日が経った。
「あー……結局、オレたちの卒業までにオトギリを殲滅するのは、無理らしいな。この件はお前らに引き継がれる。」
放課後の空き教室。徇の言葉に、3年生の3人は、各々に頷く。
「そこで……今判明しているだけのオトギリの情報を、改めて共有しておこうと思うんだ。」
「コンとミズナが考えてくれたこと、カイトが鄼哆で集めてきてくれた情報も交えて、次の4年生になる君たちは知っておいた方がいいと思うからね。」
まあ、全部ジュンがやるけど!……灯向はそう微笑む。教室の隅には夕と、珍しく蓮人もいた。2人は相変わらず対角線上に座っているが、そんな4年生たちのことなど気にも触れず、徇が話し始める。
「まず、“オトギリ”とは4年前……オレたちが入学した年から、突如として縷籟警軍を攻撃し始めて、縷籟警軍に目をつけられた犯罪組織だ。目的としているのは、縷籟警軍の殲滅及び解散と考えられる。彼らは“ユキゲシオア”……通称“ユキ”という、今の鄼哆を支配している会社に雇われている。つまりオトギリに指示を出しているのは、このユキの社長という訳だ。
話は少し飛ぶが、今年度の頭、入学の実技試験で、何者かによる大量殺人が起きた。上はこれをオトギリの仕業と考え、夏にいーんちょたちがヴィアタンでオトギリの男を捕まえたのをきっかけに、オトギリの件を縷籟警軍学校特待生に一任することにした。
そして秋頃。ヴィアタン以降のオトギリ関連の任務について、少々難易度が高すぎるのではないかと、ツチカゼが上の人間に抗議をした。確かにその任務以降、意図的にトラウマを持っている国への派遣や明らかな人数不足などが原因で、しばしば窮地に陥っていたという事実がある。
ツチカゼが問い詰めた結果、どこか、それらが意図的であるとも取れるような返答をされたという。その言葉の意図を、ナナセとツチカゼが考察した結果……とある可能性に辿り着いた。それが、縷籟警軍の上にいる人間が、意図的に任務の難易度を上げ、特待生を陥れようとしている、というものだ。悪い言い方をすれば、オトギリを使って、特待生を皆殺しにしようとしている、ということだな。
そこで疑わしくなってくるのが、上の人間とオトギリとの関連性だ。そもそも、上がいきなりこんなことをし出すなんておかしい。ツチカゼが問い詰めた奴の言い草から考察するに、権力のある人間に、縷籟警軍が乗っ取られている可能性がある。その権力のある人間とは恐らくユキの社長だ。そうすれば、実技試験にて起きた事件を皮切りに、今年度から急に任務の難易度が跳ね上がったことに始め……様々なことに説明がつく。ここまで、大丈夫か?」
紺と海斗はすぐに頷くが、ささめは少し混乱しているようだった。無理もない、彼はオトギリ関連の任務に派遣されたことがないので、そもそもオトギリの存在自体、初耳な可能性がある。消極的な彼のことだ、まともな話し相手など海斗しかいないので、こういった人づてに広まる共通認識のような情報は、海斗から得るしかない。しかし海斗が、わざわざ彼にそんな話をしていたとは考えにくい。
「……えっと、平気です。」
「どう見ても平気じゃなさそうだけど。」
紺からの指摘に、ささめはバツが悪そうにそっぽを向くしか無かった。見かねたカイトが笑いながらささめの手を握る。
「これが終わったら僕がゆっくり教えるから大丈夫だよ。」
「オレも早口だったな、悪い。」
今度は少しゆっくり、徇はまた話し始めた。
「ここからは、残っている疑問や不可解な謎についてだ。もっともこれらは、オトギリの計画に繋がるような大した問題ではないのだが、一応説明が付いていない以上は共有しておく。
まず、実技試験の時、オトギリはどうやって会場内に侵入したのか。あの空間で人が出入り出来るような扉は1つしかなく、そこは完全に封鎖されていた。厳重な警備が敷かれていたから、変装して紛れ込んだという可能性もほぼないだろう。
次に、会場で起きた、謎の記憶喪失について。1人……犯人の顔を見ていて生き残った生徒がいるのだが、そいつは今、自分に関する殆どの記憶を失っている。また、彼の顔見知りであったはずのオギは、彼のことを覚えていないようだった。彼ら2人が試験前に会話していたのをオレは見ているし、覚えている。これに関しては、会場内に何かがばら撒かれた可能性や、オギも犯人の顔を見ていたがために記憶を消された可能性もある。事件と直接的な関係は無いだろうが、同じ空間にいたオレはなんともないのを含め、不可解だ。
それと、この前の鄼哆の任務で報告された、奇妙な殺人。以前からサヌキの任務に同行していたサラ・ファン・トロスマー、イリヤ・キャンベル、セニーナ・アロンの3人が殺害された件についてだ。特にこの任務の標的であったセニーナは、目を離した一瞬で殺されたそうだな。この件の目的は恐らく口封じだろうが……セニーナには目立った外傷はなく……あ?腕を粉砕骨折……?」
徇は手元の書類を見つめた。海斗が苦笑する。
「それは僕が。」
「え?えっ、え?」
なにか悍ましいものを見るような目で灯向に見つめられ、海斗は必死に話題を逸らした。
「まあまあ、そんなことは良いじゃないですか。」
「まあ、サヌキにはサヌキのやり方があるだろうし、口は出さんが。もう少し尊重してやっても……いいとは思うがな、続けるぞ。とにかくセニーナに至っては死因も不明だそうだ。これがユキの仕業だった場合、恐らく彼らは相当、こういった粛清に慣れている。十分に気をつけて欲しい。
あとは……ユキの、具体的な目的だな。縷籟警軍の殲滅をしたその先で、彼らは何をしようとしているのか。なぜ今年度になって急に、焦ったようにオレらを狙い始めたのか。これを踏まえて……次の4年生であるお前たちが、オトギリらをどう処分するか。
オレたちが卒業するまで、1ヶ月もない。この後もどうか、3人で力を合わせて、オトギリらと戦ってくれ。」
「はい。」
3人は同時に返事をした。その返事に安心したのか、徇は優しく微笑んで頷く。
「この事は4年の方から、残りの2年と1年の奴らにも共有しておく。そろそろ卒業準備で、特待生の任務が止まる時期だ。この間に、オトギリが何をしてくるか、検討もつかない。進級まで十分に注意してくれ。」
やがてこの集まりは解散し、1人2人と、各自が寮に戻っていく。気がついた時、そこには、灯向と紺の2人だけだった。
紺は灯向に近寄り、彼が座っている机についていた椅子に腰を下ろす。
「ヒナタも、卒業か。」
「寂しいの?」
「うん、寂しいよ。またヒナタに1年間会えないなんて嫌だ。」
こんなに真っ直ぐ素直に言われて、馬鹿にできるような性格ではない。灯向は嬉しそうに笑った。
「縷籟警軍の本職になると、2人1組での行動が基本らしいんだ。おれは紺と一緒がいい。」
「……えっ?」
「え?」
「いや。なんでもない。ヒナタが俺にそういうこと言ってくれたの、初めて。」
「えっ!?」
そう言われてみれば……灯向は紺の告白に笑って返したり茶化したりはしていたが、自分からこういうことを言ったことは、少なくとも記憶にはない。
それを意識したら急に申し訳なくなり、灯向は俯いた。
「ごめん。おれも、紺のこと、ちゃんと大切に思ってて……。」
「いや、知ってるよ。」
「あ、そう。それは良かった。」
「俺のほうがヒナタのこと好きだけどね。」
「張り合わなくていいよ。とにかくおれも、1年コンに会えなくなるの、寂しいってこと。」
「ごめん、聞こえなかった、もう1回言って。」
「1年間、コンに会えなくなるのが寂しい。」
「もう1回。」
「うるさい。」
「ごめん。」
紺は嬉しそうだった。紺が嬉しそうだと、灯向も嬉しい。
「まあ……1年なんて、すぐか。」
「そうだね。顔も時々見せに来てよ。」
「おれに顔を出すだけの時間の余裕があったらね。」
「週1で来て。」
「行けたら行く〜。」
空は夕日に照らされて、キラキラとオレンジ色に輝いていた。
それを見ていると、自分たちの将来は充実したものになるような気がして仕方がない。この仕事をしなければならないのは、灯向が紺の両親に金を返して、自分たちで生活できるだけの力がつくまで……灯向の卒業は、その第1歩だ。長いようで短い4年間だった。
「だから……絶対に、死なないでね。」
灯向は紺の顔を真っ直ぐに見て、言った。
「死なないよ。そして、ヒナタも死なない。」
「うん。」
灯向は立ち上がって、ドアに向かって歩き出した。その小さな背中を見ていると、何故か、とても安心する。
「……俺はヒナタの背中をずっと追っかける。ずっと。追いつかないことなんてない。今回も俺は絶対に、ヒナタの後を追って、警軍になる、ヒナタに追いつく。だからヒナタは……安心して、俺の前を走って欲しい。」
「なに、急に。」
灯向は紺を振り返った。
「いや……なんとなく。」
きっとこの先の彼未来は、まるで彼自身のように輝くだろう。自分もその親友として、相応しい存在でありたい……紺はそんなことを考えながら、椅子から立ち上がり、灯向の後を追った。
「え?特待生の中に裏切り者がいる?」
「兄さん、声が大きいです。」
「ああ、ごめん……。」
とある日の授業中。海都は兄である湊都を呼び出し、あの日の夜に見た光景を、そのまま湊都に伝えた。
「あの人が……そんな人には見えないけどね。」
「私もまだ、信じきっていません。ですが、事実として……彼はコンピューターを触っていました。そしてそのコンピューターの中に、先程言ったような“計画書”のファイルが入っていたのもまた、事実です。」
「下手に告発はできないね。4年生の卒業も控えているし……。」
「姐さんには言いにくいので、兄さんに相談した次第です。」
「僕は……そんなの、有り得ないと思う。あまりにも非現実的だよ。でもミクオがこんな嘘をつかないのは僕が1番知ってるよ。まあ、いたずらの線が1番じゃないかな……。」
「特待生の……しかも、よりにも寄って彼が、そんな悪質な嫌がらせをするのでしょうか。」
「少なくとも、その計画書が本当である可能性よりかは高いと思うよ。」
「その通りですね。」
海都は少し安心したように頷いた。正直かなり不安だったのだ。こうやって誰かにハッキリと否定されると、気持ちがだいぶ楽になる。
「そういえば……姐さんは、もうすぐ卒業しちゃうね。」
「ええ、そうですね。来年度からは兄さんが生徒会長になるんでしょうか。」
「うん。寂しいな……。」
2人は会長の席に飾ってある、花瓶を見た。茉凪が生けた3本の黄色い花が、今日も綺麗に咲いている。
「姐さんは……警軍が似合う、かっこいい人だ。絶対に活躍して、世界を平和にするよ。」
「ええ!もしも姐さんが怪我ひとつでも負うようなことがあれば、私たちが、関係者を全員抹殺します。」
「ああ、当たり前だ。僕たちは姐さんの盾であり、矛だからね。」
「姐さんは私たちがいなくても最強ですけどね。」
「もちろん。」
この2人が茉凪へ向ける感情は、少しだけ異常と言える。彼らにとって茉凪とは、この世にたった1つの太陽であり、この世にたった1人の聖母であり、この世で1番強く、凛々しく、美しく、輝かしい人間である。それは彼らが孤児院にいた時、茉凪に世話をされてから、彼らの中で揺らぐことのない信条だ。実際に、荒く冷たい口調に多少目を瞑れば、彼女は完璧な人格者である。
「姐さんは……ここから出たら、警軍内の同僚と、お付き合いや結婚などをするのでしょうか。」
「まさか。姐さんに限って、恋なんてしないよ。もし姐さんに好きな男性がいたとしても、僕たちは姐さんがそれで幸せなら、十分でしょ。」
「それもそうですね。」
海都が微笑んだ、その時。
学校中に、ゴーン、ゴーンと……鐘の音が鳴り響いた。
何が起こったのか、理解するまでに、時間を要した。湊都が慌てて窓の外を見ると、大変焦った様子の職員が、鐘を必死に叩いている。やがてチャイムが響き……学校中に、耳を刺すような放送が鳴った。
『緊急事態、校内に大量の侵入者。一般生徒は今すぐに避難を、教員は避難誘導をしてください。特待1、2年生は避難する一般生徒を守り、特待3年生は校舎内、特待4年生と生徒会長は校庭にいる侵入者に応戦をしなさい。次に放送が入るまで、絶対に油断しないこと。繰り返します……』
その時、隣の教室から、ガラスが割れるような音と……生徒の悲鳴、そして、廊下をドタドタと走る足音聞こえた。侵入者が教室の窓を割り、外から侵入してきて、生徒を襲っている……そんな想像が容易にできてしまうほど、それらは悲惨な音だった。
「ミクオ!」
湊都は掃除用具ロッカーの中に海都を入れると、一緒に自分の体も押し込んで、扉を閉めた。互いに心臓のなる音が聞こえ、海都は震えながら、湊都に抱きつく。湊都はそんな海都の頭を撫でながら、小声で言った。
「大丈夫だよ、ミクオ。すぐに収まるさ、ここは警軍学校だからね。」
それはまるで自分に言い聞かせるようで。やり場のない不安を一緒に押し込んだまま、2人は掃除用具ロッカーの中で、事が収まるのをじっと待ち続けた。
続く