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「完全に、完全に理解したっ!! クハハハハハ!!」


完徹の血走った目で、朝日を見る。

奴隷商人、アーカードは完全にブチギレていた。


ゼゲルの無礼にもキレていたが、それ以上に目の前の羊皮紙に、具体的にはその差出人の女にキレていた。


真夜中、アーカードが事務処理を終えた頃。

突如としてこの羊皮紙に文字が浮かび上がったのだ。


謎の古代文字らしき羅列と、泥を手に塗って紙に押したような手形が5つ。


これは呪いか、まじないか。

果ては未知の魔法であるかもしれんと思っていると、ふと気づく。


最後の部分だけは公用語で書かれているのだ。


奴隷、イリスより。

影の王、アーカードへ告する。


第三奴隷魔法を応用し、イリスがアーカードへ便りをよこしたのである。


本来ならば「大方、助けてくれとか書いてあるだけだろう」と一笑に付し、すぐさま焼き捨てただろう。


しかし、助けてくれなら一文で済む。


やたら格式ばった書式で、まるで何らかの契約を想定しているかのようだ。


読めないので、それが一体どういうものかはまるでわからないが、文字の一部はどこかで目にした記憶がある。一体どこだったか。


アーカードの脳裏にイリスの嘲笑がよぎる。


「アーカードぉ。お前さん、主人のくせに文字も読めんのか? 奴隷よりも愚かな主人とはかわいそうにのう」


アーカードが憤怒の表情(かお)で耐えている。

しかし、イリスは脳裏をよぎるどころか、そのまま居座りはじめた。


「ああ、気にするでない。アーカード。お前がかわいそうと言ったのではない。お前に従う奴隷がかわいそうでならんと言ったんじゃ。だってそうじゃろう? 自分よりバカなやつの命令に従うなど、わしだったらとてもとても。つい自害してしまいそうになるわい」


周囲の奴隷に足を揉ませてくつろぎ、果物をかじるイリスが続ける。

左にいる奴隷に大きな葉っぱをあおがせ、涼を感じているようだ。


「いや、これがわしが勝手につくった暗号とかならまぁ、わかる。それはいじわるというやつじゃ。しかし、これは格調高き正統な契約書。奴隷商人であるお前が契約書を読めんでどうする?」


「そんなんでやっていけるのか? んん?」


「ああ、心配じゃあ。わしは心配じゃよぉ。アーカード。わしなき今、お前がちゃんと奴隷と仲良くやれているか心配じゃあ。うっかりミスって破産してしまうんじゃないかのう?」


「今頃、イリス様、どうか帰ってきてくださいと。泣いておるかもしれんのう。くふふ!! くふはははは!! 愉快すぎて腹がよじれるわい!! くふふーー!!」


アーカードは「うごご」と呻(うめ)いた。


目の前にイリスなんていないのに、なまじ付き合いが長く、意図が読めるせいで、どうしようもなく腹が立ってきた。


「わ、わからん。何だ。どこの文字だ? 文法は公用語に近いようだが。ああ、絶対に解読してやる」


アーカードの視線がぎょろぎょろと文字を舐める。


「というか、マジなんだこれ。最後の手形はなんなんだ。誰の手なんだ? 本当に意味があるのか? うごごご……」


600年もの時を生きた流浪のエルフに知恵比べで勝てる道理はない。

しかし、アーカードは負けず嫌いであった。


「探せ。これが出題ならば、必ず解けるように作られている。逆算するのだ。奴の意識を読め」


「!! そうか、古ドルム語かルキシア語だ! フハハ!! だいぶ絞れてきたぞ!! いや、違う。古ルクス語かもしれん。だとすると教会の……ハハハハ!! 見ているがいい、すぐさま理解してやるぞ!!」


そうしてアーカードが契約書を解読したのが今朝のことである。

これではハイになるのも仕方が無いといえよう。


「解けた。解けたが、嫌なものだな。こちらの意図を見透かされるというのは」


この契約書は、契約書でありながら嘆願書だった。


アーカードが調べた資料によると。


古(いにし)えの奴隷契約では奴隷側が「どうかあなたの奴隷にしてください」と嘆き願うしきたりがあり。


また、嘆願する際にはこれまでの不幸な生い立ちや苦境を長々と連ね。あなたの奴隷になれたならこれ以上の幸福はありません。どうか、どうか。と締める。


これが当時、300年前の公的な書式である。

あの謎の手形は奴隷身分となるものの意志証明であり、現代日本で言うところの拇印のような役割を果たしていたのだ。


この契約書にはゼゲルによる凄惨極まりない拷問の数々や、過酷な環境、既に死者が出ていることなどを、無駄に情緒に富んだ言葉で書き記されている。


扱われている古ルクス語は、教会の教典にも引用される由緒正しい聖文字(ひじりもじ)。


敬虔な聖教徒が、地獄の底で助けを求めているようにしか見えない。


こんなものが教会に流れれば、目にした教徒は涙を流して感動するだろうし。

聖堂騎士団は「おのれ外道め」とゼゲルの家へ押しかけるだろう。


アーカードが邪悪な顔でほくそ笑む。


教会が掲げる正義のためなら法を無視して暴れ出す騎士(バーサーカー)どもが勝手に解決してくれる。


やつら、三権分立の概念がない。

独断と偏見で悪っぽいものを殺す問答無用の討伐部隊だ。


当然、ゼゲルは抗議するだろうが「たった今、天に召します神から『殺していい』と神託が下った気がする」などと突然電波を受信する輩(やから)と会話が成立するわけもないだろう。


ひょっとすると、オレが手を下す前にゼゲルは死んでしまうのではないか。


愉快な気分になってきた。

元々罠は張っていたが、ここまでお膳立てがあるならすぐに行動を起こせる。



「あのド変態ロリエルフめ、普段は脳が下半身に乗っ取られている癖に、知恵を出すとこれだ。忌々しいが、殺すには惜しい」


アーカードが高価な一枚鏡を見ると、前髪で顔の隠れた邪悪な奴隷商人が映っていた。


これはいけないと、頭(かぶり)を振る。


少し顔を伏せ、見上げると、悲しみに震える善き主人の顔になった。

今にもひび割れそうな悲壮感が漂っている。


手早く近くにある呼び鈴を鳴らすと、お付きの奴隷ルーニーが飛んできた。


「ど、どうされました!?」


緊急用の呼び鈴は半音高いのだ。

ルーニーはそれなりに耳がいい。


「これを見てくれ」


そう言って、先ほどの契約書を見せる。

当然ルーニーには読めないが、そんなことはどうでもいい。


「オレが売った奴隷が、助けを求めているんだ。手ひどく虐待されているらしい。ひどい環境でな。ゲロをな、食わされるそうだ」


「ルーニー。君ならわかってくれていると思うが、オレはお前達を愛している。心の底から愛している」


ルーニーの心に一輪の花が咲いた。


いつも怒鳴っていて、ちょっとしたことでブチキレるこの主人にそんな側面があったとは。考えたこともなかった。


「でも、帝国の法には血が流れていない。一度売った奴隷を返してくれと言っても法が許さない。オレは無力だ。お前達の為に何をすることもできない。ああ、心が痛いよ」


ルーニーは涙ぐんだ。


こんなに立派な主人に仕えていたなんて、知らなかった。

あなたはぼくたちの誇りです。と言った。


長い前髪で主人の顔は見えないが、きっと優しい顔をしているに違いなかった。


「教会のやつらからしたら、オレは薄汚い金儲け主義の奴隷売りだ。人の命で金を稼ぐ悪党だと思われている。オレが何を言っても聞いてはくれないだろう。……本当は違うのにな」


ルーニーは悔しがり、地団駄を踏んだ。


なぜ誰もこの人のことをわかってあげないんだと、憤(いきどお)った。


アーカードは窓の外を、遠くを見ていた。

彼が何を見ているのか、その先をルーニーは知りたくなった。


「ルーニー、頼みがあるんだ」


ルーニーは二つ返事で承(うけたまわ)った。

そんなに難しいことではなかった。


この羊皮紙をたまたま拾ったフリをして教会に届ければいいだけだ。


それと、アーカードに渡されたと絶対に言わないだけでいいのだ。


ぼくも主人の役に立てる。

そんな誇らしい気持ちになった。


アーカードは走り去るルーニーを見送って、ニタリと笑った。


「ククク、チェックメイトだ。ゼゲル」


鏡には奴隷商人の顔が映っていた。

奴隷商人~今更謝ってももう遅い。お前が虐待していたロリ奴隷はオレが全員買い取った。

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