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「ねぇりお、日曜日、空いてる?」
昼休み。 弁当のフタを開ける前に、ゆずが身を乗り出してきた。
りおは少し眉をひそめる。
「……なんで?」
「ボーダーの人が、本部見学させてくれるって! りおも来てよ!」
「またそれ……」
「今度は許可もらってるんだって。あの迅さんが案内してくれるの!」
りおは箸を止めた。
あの”水色の隊服を着た男”の顔が脳裏に浮かぶ。
「……迅さんって、水色の隊服の人?」
「えっ、会ったの!?」
「……うん、少しだけ」
「わぁ、すごい! やっぱり運命感じる!」
ゆずの興奮をよそに、りおは心の奥で小さなざわめきを感じていた。
あの日、迅が言った“君の力”という言葉。
意味は分からない。でも――なぜか嫌な予感がしていた。
日曜日。
りおは、渋々ゆずと共に三門市中心部の白い建物の前に立っていた。
「ここが……ボーダー本部?」
「うんっ! ほら、緊張しないで!」
自動ドアが開くと、涼しい空気が流れ込む。
白い廊下、静かな靴音。
まるで別世界に来たようだった。
「やあ、来てくれたんだね」
聞き覚えのある声。
迅が手を振りながら近づいてくる。
「今日は来てくれてありがとう。ボーダーの迅悠一、よろしく」
「……学校にまで来る人が言うセリフじゃない」
「はは、それもそうだね」
迅の笑顔は柔らかいのに、不思議と“見透かされている”感じがする。
りおは視線を逸らした。
「案内するよ。こっちだ」
訓練場、司令室、射撃ブース。
どこもきっちり整っていて、無駄がない。
ゆずは興味津々で目を輝かせているが、りおはただ静かに眺めていた。
「ここはトリオン測定室。 ボーダーに入る前に、まず自分のトリオン量を知ってもらうんだ」
迅の説明に、ゆずが手を上げる。
「私からやってみていいですか!」
「もちろん」
ゆずの手が測定台に乗ると、青い光がふわりと包み込んだ。
「おっ、いいね。12 平均よりかなり上だ」
「やった!」
迅が次にりおを見る。
「君もどう?」
「……遠慮します」
「痛くもないし、怖くもないよ」
「別に、そういう問題じゃ」
けれど、ゆずが笑顔で押した。
「りお〜、せっかくだし!」
渋々、りおは測定台に手を置く。
瞬間、装置が唸りを上げた。
赤い光が暴れ、警告音が響く。
「な、なにこれ!?」
職員が駆け寄り、慌ててパネルを確認する。
【トリオン値:測定上限突破】
部屋中が凍りついた。
りおは呆然と手を見つめる。
「……どういうこと?」
迅だけが落ち着いた声で言った。
「驚いたろ。君、かなりのトリオン持ちだよ」
「そんなわけ……」
その時、りおの左手のブレスレットが光った。
黒い粒子がわずかに滲み、装置が一瞬停止する。
迅はそれを見逃さなかった。
「……やっぱり、君か」
「え?」
「いや、こっちの話」
彼は笑って見せたが、その瞳の奥に一瞬だけ緊張の影が走った。
見学が終わり、帰り道。
夕暮れの街を歩きながら、ゆずが言う。
「ねぇ、りお。あれ、びっくりしたね」
「……うん」
「りおのトリオン、すっごいよ! 入隊したら絶対強い隊員になるよ!」
「そんな気、ないから」
「でも……なんか、りおってさ、放っとけない感じするんだ」
ゆずが笑う。
りおは少しだけ、空を見上げた。
沈む夕日が、街の端を赤く染めている。
「(……どうして、あの人はあんな顔をしたんだろう)」
黒いブレスレットが、再びかすかに光った。