テラーノベル
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鈴奈はベッドのなかで、全く眠れず悶々としていた。
ふたたび現れた別人格の自分が恐ろしくて仕方がない。
あの口ぶりだと、いずれ自分を乗っ取ってしまうことは間違いない。それも近いうちに。
そうなったら自分はどうなってしまうのだろう。泡となってこの世から消え去るのか。
思い返せば、生きていて楽しいことなどひとつもなかった。お金がないこともそうだが、引っ込み思案でマイナス思考の性格から親しい友達もできず、会社にも馴染めず、ずっと生きづらかった日々。
前に別人格から、こう言われた。
『自分を信じていない、愛していない。そんな惨めな人間に幸せが、はいどうぞと向こうからやってくると思う?』
悲しいかな、その通りだと思う。
私はどうしても自分に自信が持てない。全てに対して後ろ向き。
その結果が全て不幸な現在へと繋がっている。神様だってとうに見放していることだろう。
こんな私なんて、消えてしまった方が良いのかもしれない。
自分のカラダは、ポジティブな別人格に使われた方が、より幸せに恵まれるのは確かだ。
だけど、本当にそれでいいのだろうか。
たったひとつの幸せのカケラすら手にすることなく、消えてしまっていいのだろうか……。
ふと頭の奥で、ちゃりーんという微かな鈴の音がした。
それは静寂に包まれた、深夜の闇の深い底から聞こえてきたおぼろげな記憶の音。
そう言えば、今夜はお隣さんからいつものノコギリ音がしてこない。
違和感に気づいたとたん、はっと目を見開いた。
今朝。500万が入ったボストンバッグやら、聞き込みに来た刑事やら、いろんなことがあって。
パニックになりながらも会社に行こうと玄関から表に出たとき。
ちょうど部屋から出てきた、お隣さん_____それは茶髪でヤンキー風の若い女性だった_____と出くわした。
その女性は、40リットルの大きなゴミ袋を両手に持っていて。私の姿を見るなりビクッとして、明らかに狼狽えたように見えた。
私もはっとした。
もしや、そのぱんぱんに膨れ上がったゴミ袋のなかには、ノコギリで切断された旦那のカラダが……。
そう想像した途端、手が震えて部屋の鍵を落としてしまった。
ちゃりーん。
これは、鍵が床に落ちた時の音だ。焦って拾い上げて、目を上げると既に女性の姿は消えていた。
バタンと扉の閉まる大きな音がしたから、ゴミ袋を持ったまま部屋に戻ったのかもしれない。私に目撃されたと焦って_____。
怖くなった私は、心臓がバクバクしながら鍵穴に鍵を差して施錠した。手が震えてなかなか鍵が鍵穴に入らなかったのを覚えている。
そう。部屋を出た時は、しっかり鍵をかけていた。
だけど夜に部屋へ戻ると鍵が開いていて。それも、ドアをこじ開けられた様子もなく。
だとしたら、部屋を荒らしてボストンバッグを持ち去った何者かは、どうやって鍵を開けて部屋に侵入したのだろう。
もしかして、泥棒じゃなかった?
犯人は部屋の合鍵を使ったのだとしたら_____いったい誰が。
◇
朝方、ほんの僅かうとうとしただけで、ほとんど寝れずに朝を迎えた。
ベッドの上でぼーっとしたまま、祐也の幽霊が現れるのを待っていたが、今朝はいつまで経っても出てこなかった。
おそらく祐也も、鈴奈に内緒で数々の婚活サギを働いていたことがバレたので、気まずくて顔を見せられないのだろう。祐也ってそういうずるい男なのはよくわかっている。都合が悪くなると、いつもすぐに逃げ出す。
サギを黙っていた件も、もちろん責めたかったが、他にも聞きたいことがあったのに。
刑事の話によると、もぬけのからのはずの祐也の部屋になぜかいた、白いワンピース姿の不気味な女。
鈴奈のことも祐也から聞いて知っていると言う。そして、祐也は風邪で寝込んでいると嘘をついた。
あの女はいったい何者なんだろう。それは、祐也しか知らないはず。
それから、盗まれた500万円のことだって、祐也に聞けば犯人がわかったかもしれない。
でも、肝心な時に現れず。本当に鈴奈の役に立ったためしがない。
悶々としながらもベッドから起き上がったその時、スマホの通知が鳴った。見ると、恒生からだ。
『昨日は姉がすまなかった』
加えて、暗い目をしたマッチョなボディビルダーが土下座しているイラストのスタンプが送られてくる。
恒生さんてクールな顔して、こんなスタンプ使ってるんだ。そう思うと、ちょっと可笑しくなって心がほぐれた。
「いえいえ 素敵なお姉さんでしたよ」
『姉は昔からああいう性格なんだ 邪魔しないで欲しいと強く言っておいたから』
「全然気にしてませんから、心配しないでください」
『リサさんとは、これからも真剣に交際したいと思っている リサさんが嫌でなければ』
直球の言葉にドキっとする。まさか、ラインでいきなり告白されるとは。
少し考えて、鈴奈は返信した。
「はい 私も恒生さんと真剣にお付き合いしたいです」
『ありがとう 少しずつで構わないから前進できたらと思っている 例え忙しい時でも、僅かな時間を見つけて毎日欠かさずカフェで会ったりするような、そんな関係になれればと思う』
「でも、恒生さんってコーヒー苦手なんですよね?」
『バラしたのは姉だな……』
恒生が顔をしかめるのが、見えるようだ。
『リサさん それはともかく、よい一日を』
「はい 恒生さんも良い日となりますように」
そう書いてラインを閉じると、嫌なこと、心配なこと、全てを脇にどかせて、なんだか心が晴れやかになった気がした。
クールでかっこいいけど、ちょっと子供っぽくて変わってる。
おまけに、強者の姉がでんと立ちはだかっている。
でも、それでもやっぱり恒生のことが気になってしまう。恒生のことを考えるだけで、ずっとモノクロに沈んでいた世界が、少しだけ暖かな色味を帯びたような気さえする。
とりあえず今だけは、婚活サギのことを忘れよう。
コメント
1件
うわあ、今回すごく重かった…鈴奈の自己否定の部分、胸がぎゅってなった。「消えたほうがいい」って考えるほど追い詰められてるのに、それでも「たったひとつの幸せのカケラ」にすがりたい気持ちがあるのが切ない😢 隣人のゴミ袋と合鍵の伏線も気になるし、恒生さんからのラインで一瞬ほっとさせられたけど…この後どうなるんだろう。祐也の幽霊にもまだ聞きたいことあるのに逃げてるの、ずるい男っぷりが如実に出てて笑えない苦笑 鈴奈の中の“ポジティブな別人格”がいつ動き出すか、本当に怖いです。次話も読みます📖