テラーノベル
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桜は弾んだ足取りで廊下を渡り、給湯室に滑り込むなりピョンピョンその場で飛び回った
胸の内で小さな花火が弾けるような喜びを感じている、さっきのジンの一言は、彼女の努力が認められた証だった
キャー!キャー!「朝から(推し)に褒められちゃった♪嬉しいわぁ~♪偉い!わたし!」
普段は無愛想で、挨拶にもそっけないジンが、こうして褒めてくれるのは、桜にとって何よりも貴重な瞬間だった。自分で自分の頭をヨシヨシしながら、桜が初めてジンに会った時の事を思い出してみる
入社して1か月目・・・忘れもしないあの日・・・
あれは桜が初めて社長室に所用で入った時・・・
彼はそこにいた
なぜか社長デスクの横に設置されている懸垂バーに膝で逆さまにぶら下がり、空中で腹筋運動をしている所だった、両手を後ろ頭にそえて、軽々と重力に逆らって上体を折り曲げる運動を、彼は荒い息遣いで続けていた
噂で聞いていた『やり手韓国人の敏腕CEO』との初対面は淡路島から出て来た、おっとりした桜にとってはあまりにも想像の遥か斜め上を行っていた
驚いて目を丸くしたまま、しばらく入口に固まって、脚から宙にぶら下がって変形型の懸垂をするうちの会社の社長を眺めていた・・・
そしてなぜか桜は彼から目が離せなくなった
最初の感情は衝撃、圧倒、・・・そして次には興味津々の感情が一気に湧いた
彼が体を折りたたんで、伸ばす度にまっすぐな黒髪が波打つ様に後ろに流れ落ち・・・額が全開になって彫の深い顔立ちと切れ長の一重の目の持ち主だと言う事がハッキリわかった
パツパツのビジネスシャツから筋肉の動きが見える、その大きな体にしてはヤマネコの様なしなやかさだった
じっとしたまま、逆さ腹筋運動をしているジンに思わず見とれてしまっている桜の存在に気が付くと
彼はまるで映画のスローモーションのようにぴょんっと優雅に懸垂バーから飛び降りた、思わず桜はびくっと1歩後ずさった
ハァ・・ハァ・・・「驚かせてすまない・・・君の存在に気付かなかった・・・じっと座っていると体を動かしたくなるんだ・・・」
気まずそうにしているシャイな雰囲気・・・
照れているのか赤くなった耳・・・
キラキラして額に滲む汗
―この人が敏腕で仕事には容赦ないと恐れられているウチのCEO?―
キラキラした夕方の大阪のビルの背景を背負った彼をみた瞬間、なぜか桜の頭の中で淡路島の打ち上げ花火がドンドンッと二回上がった
一目ぼれだった、今まで生きて来た桜の周りの誰一人としていない男性だった
その日から、友人の受付嬢の奈々と桜はジンの事を「Mr.ターザン」と名付け、桜は(推し)と彼を崇めるようになった
キャァ!キャァ!「今日も(推し)が尊いわぁ~♪あのシブ顔なのに甘いのが好きなのよね~♪それに(期待しています!)ってあの顔っ!!笑ったらえくぼが現れるなんて反則よ~?!尊っ!!奈々に後で報告しなくっちゃ!ライン♪ライン♪」
彼女は軽やかな足取りで社長室を後にした、オフィスの喧騒はすでに始まっていた、30階のフロアは、キーボードの打鍵音や電話の着信音、社員達の活気ある会話で満たされている
桜はルンルンで自分のデスクに戻り、モニターに映るスケジュール表を確認しながら、頭の中で今日のタスクを整理した
この三年でアプリ開発の功績が認められ、ジンの業務アシスタントとしても活躍する桜は、彼の指示通り、協力会社の清水コーポレーションとの会議の準備を進めつつ、顧問弁護士への連絡を後回しにするメモを追加する
今や彼女の指はキーボードの上を軽快に踊り、まるでリズムに乗っているかのように仕事を楽しんでいた
玄関ロビーの自動ドアがガーッと重厚な音を立てて開くと、4人の男性がドカドカと乗り込んできた
スーツに身を包んだ彼らは、ジンの会社「WaveVibe」の大株主達で「山本、田中、佐藤、そして中村」だった
彼らは書類の束やタブレットを手に、まるで戦場に赴く軍勢のように足音を響かせ、ロビーにドカドカ入って来た、彼らの表情は一様に険しく、目は獲物を追い詰める猛獣のようだった
すかさず受付嬢の奈々が立ち上がり、アポイントがない連中に不信に思いながらも慌てて挨拶した
「お、おはようございます!すぐに社長にアポイントを取らせて頂きますのでロビーでお待ちくださいませ」
しかし山本が鋭い視線で彼女を一瞥して低く唸った
「その必要は無い!ワシらが行くだけだ!」
そして奈々の横を騒々しくすり抜けて、ジンのいる社長室に向かうエレベーターに乗り込んで行った、奈々は慌てて両親指をスマホの画面に滑らせ、桜に緊急メッセージを打ち込んだ
―大株主4人めっちゃ怒ってる! 社長室、急いで!―
社長室ではジンがデスクに座ってスタバのアイスラテを手にモニターを睨んでいた、画面には健康診断アプリの開発最新プロトタイプが映し出されている
来週のプレゼン、海外展開の戦略、そして新たな投資ラウンドに向けてジンの頭の中では、会社の未来が高速で回転していた
だが、ふと視線を上げると、桜が息を切らして部屋に飛び込んできた
「社長!大株主の山本さん達が、4人揃っていらしています!」
彼女はジンのアシスタントとして、いつも彼の完璧なスケジュールを支えてくれてきたが、こんな緊迫した空気は初めてだった
ジンはラテを置いて眉をひそめて立ち上がった
「山本さん? 田中さんも? 4人全員? 何事ですか?」
その時社長室のドアが勢いよく開き、4人の株主が雪崩れ込んできた、山本が先頭に立ち、書類の束をバンッとデスクに叩きつけた
「パク社長、話がある!今すぐだ!人払いを!」
ジンは一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻して桜にチラリと目配せをした、ハッとした桜はペコリと一礼して社長室から出ていった
「どうぞ・・・お座りください、何か問題でもありましたか?」
訳がわからないがとりあえず冷静にジンは対応するように心がけ、四人を来客用のソファーに座らせて自分も対面で座った
最初に山本が鼻を鳴らして書類を広げた
「問題? 大問題だ! 君の「経営管理ビザ」の申請が却下された!国外退去だ!「 出入国在留管理局」から正式な通知が来ているぞ!」
ハッとジンは顔を上げた、労働ビザが?次に田中が冷たく続けた
「期限内に提出しなかった書類があったそうだ、君の管理不足だ、パクさん・・・このミスは会社全体に影響する、投資家として見過ごせませんよ!」
次に大口投資家の佐藤も淡々とした冷たい口調で畳み掛けた
「再申請は可能だが、国外退去処分が確定すれば、少なくとも1年間は日本に入国できない、その間、君はこの国で働けない、CEOが不在の会社がどうなるか、わかるな? 株価は暴落、CEOが国外退去の噂が広まればこの会社の信頼は地に落ちる!!」
中村が腕を組んで重々しく口を開いた
「パクさん・・・君の会社は我々投資家にとって貴重な戦力だ、君の才能を認め、我々はこの会社に長らく投資して来た・・・だが、こんな失態を犯した以上、君に任せ続けられる方法がなければ、我々は次の手を考えるしかない」
ジンは唇を噛みしめた、「経営管理ビザ」の申請ミス?株主達の目は容赦なく、まるで彼を追い詰める猛獣のようだった、社長室の空気は緊張感に包まれていた
「ち・・・ちょっと待ってください」
とジンが静かに言った
「退去なんて話、急すぎますよ!『WaveVibe』は私の会社です、こんなことで諦めるわけにはいかない」
山本が嘲るように鼻を鳴らした
「諦める? 君に選択肢はないんだよパクさん、出入国在留管理局はすでに動いている、君は違反をしたんだよ!解決策があるなら、今すぐ示せ」
解決策?そんなものあるわけないだろう・・・ジンは心の中で言った
「もっもちろん!解決策はありますよ!たしかにっ・・・ビザ申請の不備は私の不手際です!それでも私には解決策があります!そうだ!明日の午前9時にまたお越しください!私の素晴らしい解決策をご覧にいれますよ」!
苦し紛れの言い訳にしては大株主の四人はお互いに顔を見合わせて納得したようだ、山本が書類を手に立ち上がり、冷たく言い放った
「いいだろう・・・明日の9時だな!しかしパクさん!口先だけの話では済まん、日本の出入国在留管理局が動く前にしっかりとした解決策を示してくれ!それができなければ、君は韓国に帰るしかない、会社は我々が引き継ぐことになるだろう!」
続いて田中が続けた
「1日ですぞ!パクさん!1日の猶予しかありませんよ!我々の投資は遊びじゃない、あなたの失敗で会社を潰すわけにはいかない」
佐藤が淡々と締めくくった
「明日、午前9時、我々はこの部屋で解決策を提示してもらいますよ!失敗すれば、CEOの座も終わりだ」
中村が最後に一瞥をくれて言い放った
「パクさん・・・この会社の株は6割は我々が保有している、残りはあなただ、この意味が分かるかね?あなたの会社は我々の会社でもある、それにとっても重要だ、だが、ルールを破った君を庇うほど我々は余裕はありませんよ」
4人の株主達は、冷ややかな視線を残して社長室を後にした、重い足音が廊下に響き、エレベーターの「ポンッ」という音が遠ざかった
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