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実家のリビングには、久しぶりに家族全員が揃っていた。
テーブルを挟んで、いるま、こさめ、みことが並んで座っていた。
夕方の柔らかい光がカーテン越しに差し込んでいるのに、室内の空気はどこか硬い。
父親が軽く咳払いをして、口を開いた。
「……さて。担任との面談もあるし、今日はそれぞれの進路を聞かせてほしい」
その声は穏やかだが、逃げ場のない真剣さが滲んでいる。
最初に口を開いたのは、いるまだった。
「俺はアパレル系に行きたい。服売るのとか興味ある」
一瞬、父親の眉が動く。
「前から言ってるけど、大学は出ておけと言っただろ」
「分かってるっての。でも、四年制は正直ピンと来なくてさ。だから専門学校に行く。ちゃんと就職に繋がるところ選ぶ」
真っ直ぐに言い切るいるまに、母親は少しだけ安心したように頷いた。父親も大きく否定はせず、腕を組んだまま小さく息を吐く。
「……本気なら、よく調べろよ」
次に、こさめが少し姿勢を正した。
「こさは、まだやりたいこと決まってなくて……だから、いろんな選択肢を残せる大学に行こうと思ってる」
少し不安そうに視線を彷徨わせながらも、言葉ははっきりしていた。
「幅広く学べるところなら、あとで方向変えられるかなって」
「それも一つの考え方だな」
父親は短く頷く。
そして、自然と視線がみことに集まった。
みことは膝の上で指を絡めながら、ほんの少し俯いている。
「……みことは?」
父親の問いかけに、みことは一度小さく息を吸い、意を決したように顔を上げた。
「俺は……大学、行かない。就職したい」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がぴんと張り詰めた。
「……は?」
父親の声は低く、驚きと戸惑いが混じっている。
「どうしてだ?」
「……働きたいから」
短い返答。けれど、理由を深く語ろうとはしない。
父親は眉間に皺を寄せた。
「大学は出てほしい。選択肢も広がるし、将来の安定にも繋がる」
「……」
みことは唇をきゅっと噛み、何も言わない。
その沈黙に、すちがそっと口を挟んだ。
「みこと、どうして大学行かないの?」
責める調子ではなく、純粋な疑問としての問いだった。
すると、みことはすちの方を見て、少しだけ目を揺らす。
「……すち兄はさ。今の家から通えるところに就職するの?」
不意の問い返しに、すちは一瞬きょとんとしたが、すぐに頷いた。
「うん。そのつもりだよ」
「……今の家から近い大学で、行けるところ……ない、」
ぽつり、と零れるような声。
その意味を察した父親が、表情を強める。
「そんな理由で進路を決めるな」
ぴしりと空気を切る声。
「みことの人生だ。でもな、どこに就職するにしても、大卒の方が有利になる場面は多い。将来のためにも、大学には行きなさい」
正論だった。誰もが反論しづらい、現実的な言葉。
けれど、みことは小さく首を振った。
「……嫌だ」
「みこと」
「嫌……」
頑なに視線を逸らし、声を絞り出す。
父親の堪えきれない感情が、つい声量に乗った。
「みこと!」
その瞬間、みことの肩がびくっと跳ねた。
目が大きく見開かれ、次の瞬間には潤んでいく。
「……っ」
咄嗟に、いるまが身を乗り出した。
「おい、そんな大声出すなよ!」
父親は一瞬言葉に詰まる。
みことの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
指先が震え、胸元をぎゅっと掴む。
「……俺から……すち兄を、取らないで……」
掠れるような、小さな声。
けれど、その一言は、部屋にいる全員の胸に重く響いた。
必死に堪えていた感情が、堰を切ったように溢れ出したみことは、涙を止められず、肩を小さく揺らしながら泣き続ける。
すちは言葉を失い、ただみことの姿を見つめることしかできなかった。
その場の空気は、進路の話から、いつの間にか――
みことの「本音」に触れてしまった重さに包まれていた。
みことの言葉に、父親の表情がはっと揺れる。
さっきまでの強さは影をひそめ、戸惑いと後悔がにじんだ目でみことを見つめた。
「……大きい声出して、ごめんな?」
低く、ぎこちない声だった。叱るつもりはなかったのに、結果的にみことを追い詰めてしまったことが、ようやく胸に落ちてきたようだった。
みことは答えられず、ただ涙をぽろぽろと零し続ける。
すぐそばにいたいるまが、みことの顔を覗き込む。
「……なんで、そんな考えになったんだよ」
責めるというより、困惑と心配が混じった声だった。
いるまは指先で、みことの頬を伝う涙をそっと拭ってやる。温度のある指に触れられ、みことの肩が小さく震えた。
「すちと……すち兄と、いっしょに……いたい……」
言葉に詰まりながら、みことは必死に息を整えようとする。けれど感情が追いつかず、声は途切れ途切れになり、また涙が溢れてしまう。
「離れたくない……」
その必死さに、こさめも胸を締めつけられたような表情で、みことの背中に手を伸ばす。
「……みこちゃん、大丈夫だよ……」
ゆっくりと背中を撫でながら、心配そうに顔を覗き込む。
少し離れた場所で様子を見ていたひまなつが、ぽつりと口を開いた。
「……大学が遠かったら、すちと一緒に住めなくなるから?」
みことの言葉にならない気持ちを、静かにすくい上げるような問いだった。
みことは一瞬驚いたように目を見開き、それから唇を震わせながら、こくりと頷く。
「……うん……」
涙を流したまま、小さく、でもはっきりと。
その様子を見て、いるまはふっと息を吐き、少し乱暴な口調で言った。
「だったらさ、みことの大学の近くに住んでさ。あいつが頑張って通勤すりゃよくね?」
いるまは変わらず、みことの涙を指で拭い続けている。
けれど、みことはゆっくりと首を振った。
「……めいわく、かけたくない……」
掠れた声。
自分のわがままで、すちに負担が増えることを想像してしまうのだろう。みことの優しさと不安が、その一言に滲んでいた。
「俺のせいで……すち兄が大変になるの、いや……」
再び涙がこぼれ落ちる。
父親はその様子を見つめながら、言葉を失っていた。
張り詰めていた空気の中で、すちが一歩、みことのほうへ近づいた。
しゃがみ込むように視線の高さを合わせ、泣き続けるみことを真正面から見つめる。その表情はいつもの穏やかさで、けれどどこか決意を帯びていた。
「……俺の就職先さ」
ゆっくりと言葉を選ぶように、すちは口を開く。
「今の家から通えるところではあるけど、正直そんなに近いわけじゃないんだよね。だからさ……引っ越してもいいと思ってる」
みことの赤くなった目が、かすかにすちへ向く。
「みことの大学から近いところに、一緒に引っ越そう?」
柔らかく微笑みながら、まるで当たり前のことのように言う。
「そのほうが俺は安心だなぁ。みことがちゃんと帰ってきてるって分かるし、無理しないで済むし」
押しつけがましさは一切なく、ただ一緒にいたいという純粋な気持ちだけが、声ににじんでいた。
けれど、みことはすぐに言葉を返せず、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、また涙を零す。
「……ひっく……」
安心したからこそ、堪えていた感情が一気に溢れてしまったようだった。
それを見て、いるまが少し呆れたように眉をひそめる。
「いい加減、泣きやめっての」
ぶっきらぼうに言いながらも、自身の袖で頬をぐいっと拭ってやる。
「ほら、びしょびしょじゃねーか」
その瞬間、こさめが目を丸くする。
「ちょっと! そんな擦ったら赤くなっちゃうでしょ!」
慌てているまの腕を止めようとしながら、みことを自分のほうへ引き寄せ、みことをかばうように抱きしめた。
「大丈夫だよ、みこちゃん……」
背中をぽんぽんと撫でながら、優しく声をかける。
その光景に、いるまは一瞬むっとした顔になる。
「は? なんだよ、それ」
少し強引にみことの腕を引っ張り、こさめごと自分のほうへ引き寄せる。そのまま二人まとめて抱きしめ、ぐっと腕に力を込めた。
「離すなよ、俺の弟だろ。バーカ」
言葉は乱暴なのに、抱きしめる腕はしっかりと温かく、逃がさないように守る力がこもっていた。
みことは二人の胸の中で挟まれながら、ぐすぐすと泣き続ける。それでも、さっきまでの苦しそうな涙とは違い、どこかほっとしたような、安心した泣き方に変わっていた。
それから、しばらくの間。
みことはいるまとこさめに挟まれたまま、ようやく涙も落ち着き、肩の震えもゆっくりと収まっていった。鼻をすすりながら、二人の腕の中で小さく息を整える。
その様子を見ていたすちが、ふっと一息つく。
「……そろそろさ」
穏やかな声なのに、どこか有無を言わせない響きが混じる。
「俺の“みこと”から、離れてくれる?」
にこりと笑いながら言うその一言に、いるまとこさめが同時に視線を向ける。
「はぁ?」と、いるまが怪訝そうな声を漏らした次の瞬間、すちは遠慮なく二人の腕の隙間へ手を差し入れ、みことの体をするりと引き寄せた。
「ちょ、すち兄――」
こさめが声を上げるより早く、みことはすちの胸元へすっぽりと収まる。
そのまま、包み込むようにぎゅっと抱きしめられ、みことの視界から家族の姿が隠れた。
「……そんなかわいい顔」
すちはみことの耳元で、少し低く、甘い声で囁く。
「たとえ家族でも見せないで? 俺だけのだから」
みことは一瞬きょとんと目を瞬かせ、それからじわじわと頬を赤く染める。泣きはらした目元のまま、恥ずかしそうにすちの服をきゅっと握った。
その光景を目の当たりにしたいるまが、思わず顔をしかめる。
「……うわ」
心底引いたような、素直すぎる一言がぽろりと零れる。
こさめも苦笑いしながら、「相変わらず甘々だね……」と小さく呟いた。
だが、すちはそんな視線などまったく気にしていない様子で、みことの頭を優しく撫でる。指先で髪を梳き、安心させるようにゆっくりと円を描いた。
「大丈夫だよ。ちゃんと一緒に考えよう」
みことの額に自分の額を軽く寄せ、目を合わせる。
「大学も、住むところも。全部、一緒に決めようね」
その言葉は約束のようで、未来を自然に共有する響きを持っていた。
みことは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく、けれど確かに頷く。
「……うん」
まだ少し鼻声のまま、けれどその表情には、さっきまでの不安はもうなかった。
すちの胸に身を預けながら、安心したように力を抜くみことを見て、部屋の空気はまた穏やかにほどけていく。
――独占欲は強いけれど、それ以上に深い愛情で包み込む。
そんなすちの姿に、家族それぞれが、少し呆れながらも、どこか温かい気持ちになるのだった。
すちの腕の中で、みことがようやく落ち着いたのを確認してから。
父親は、少し距離を取るように一歩下がり、深く息を吐いた。さっきまでの強い口調とは打って変わって、肩がわずかに落ちている。
「……みこと、さっきは声を荒げて悪かったな」
視線を伏せたまま、ぽつりと零す。
「そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、将来のことが心配で……つい、強く言いすぎた」
自分の手の甲を見つめながら、どこか後悔が滲む声音だった。
それを聞いたいるまが、すぐに顔を上げる。
「本当にな」
少し棘のある口調で、父親をまっすぐに見据える。
「コイツ、でかい声にビビるの知ってんだろーが」
ちらりと、すちの胸に隠れるようにしているみことを見る。
「泣くほど怖がらせてどうすんだよ。そこはちゃんと気をつけろ」
責めるというより、弟を守る兄の本気の注意だった。
こさめも、うんうんと大きく頷きながら一歩前に出る。
「そうだよ! みこちゃん泣かすのダメ!」
眉をきゅっと寄せて、珍しくはっきりと怒った声。
「怖かったんだよ? さっき、手も震えてたし……」
こさめは心配そうにみことの方を見つめ、小さく息を吐いた。
三人の視線が集まる中、父親は一瞬言葉に詰まり、それからゆっくりと頭を下げる。
「……悪かった。本当に、すまなかった」
すちの胸元に顔を埋めたまま静かに呼吸を整えていたみことが、そっと身を離した。
名残惜しそうに一瞬だけすちの服の裾を掴んでから、ゆっくりと父親の方へ向き直る。
まだ少し目元は赤く、涙の跡も残っている。けれど、必死に気丈に振る舞おうとするように、眉を下げて小さく微笑んだ。
「……だいじょうぶ。俺も、ごめんなさい……」
声は少し掠れていて、どこか震えも残っている。それでも、自分から謝ろうとする姿は、みことらしい健気さだった。
その様子を見て、すちは思わず表情を緩める。
「みこと、えらいね」
ぽん、と優しく頭に手を置き、くしゃりと撫でる。
「ちゃんと謝れるのもすごいよ」
まるで小さな子を褒めるような、甘くて柔らかい声音。
みことは少し照れたように視線を逸らしながらも、撫でられるのを拒まず、ほっとしたように肩の力を抜いた。
その光景を見ていたらんが、腕を組みながら呆れたようにため息をつく。
「お前な……甘やかすだけじゃダメだからな」
ひまなつも隣でうんうんと頷きながら、軽くすちの肩を指でつつく。
「そうそう。優しいのはいいけどさ、何でも肯定しすぎると、みことの為にならないから」
らんは少し真面目な目で、すちを見つめる。
「時にはちゃんと止めたり、厳しく言ったりするのも役目だぞ」
すちは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それから苦笑気味に頬を掻いた。
「……うん、分かってるつもりなんだけどね」
視線をみことに戻し、どこか愛おしそうに微笑む。
「つい、可愛くて甘やかしちゃうんだよ」
その言葉に、みことはまた少し頬を赤らめ、居心地悪そうに小さく身をすくめるのだった。
張りつめていた空気は、いつの間にか少しだけ和らぎ、家族らしい温度が部屋に戻ってきていた。
何度か話し合いを重ねた末、みことの進路はようやく形を持った。
すちの就職予定先から通いやすい距離にある大学。
通学時間も無理がなく、学力的にも十分に合格圏内だという結果が出たことで、家族全員がひとまず胸を撫で下ろすことになった。
資料を広げたテーブルの前で、みことは真剣な表情でパンフレットを見つめている。
その背後から、すちは当然のようにみことを包み込むように抱き寄せていた。
いわゆる――バックハグ状態。
みことの肩に顎を軽く乗せ、ページを一緒に覗き込みながら、
「ここ、キャンパス広いね」
「駅からも近いし、雨の日も楽そう」
「この学部なら、みことの得意な分野活かせそうじゃない?」
と、穏やかに、楽しそうに意見を交わす。
みこともみことですっかり慣れてしまっていて、すちの腕に背中を預けたまま、
「んー……ここも良さそうだけど、通学ラッシュ大変かな」
「こっちの方が静かそう……」
と、自然体で相談を続けていた。
距離感は完全にゼロ。
人目など、まるで気にしていない。
その様子を見ていた両親が、少し困惑したように顔を見合わせる。
「……付き合ってるのは分かってるが…あの、ふたり、くっつきすぎじゃないか?」
遠慮がちに父親が口にすると、すちはにこりと柔らかく微笑んだ。
「え?そうかな?」
あまりにも自然な笑顔に、悪気は一切感じられない。
「気のせいだよ」
さらりと言い切るすちの腕は、しかし一ミリもみことから離れる気配がなかった。
その光景に、母親は小さく首を傾げる。
「……そういうものなのかしら……?」
だが、ふと周囲に目を向けると――
ソファでは、ひまなつがいるまを半ば抱き込むように座り、肩に顎を預けてスマホを覗き込んでいる。
反対側では、らんがこさめを膝の上に乗せ、頭を撫でながら何やら小声で話しかけていた。
どちらも見事なまでにベッタリだった。
父親は一瞬、言葉を失い、改めて部屋を見回す。
「……あれ?」
母親も目を瞬かせる。
「……みんな、こんな感じなの……?」
まるで“これが通常運転です”と言わんばかりの光景に、頭の中に大きな疑問符が浮かぶ。
だが、ひまなつとらんがあまりにも自然体でくっついているせいで、今さら何か言うのも違う気がしてくる。
「……そうか」
父親は小さく咳払いをして、無理やり納得したように頷いた。
「……今どきは、こういう距離感なのかもしれんな」
半ば自分に言い聞かせるようなその言葉に、すちは相変わらず穏やかな笑顔のまま、みことをさらに軽く抱き寄せる。
みことは少しだけ頬を赤らめながらも、安心したように背中を預け、パンフレットに視線を戻すのだった。
こうして、みことの進路は――
“すちのそばで未来を歩く”という形で、静かに決まっていった。
コメント
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あの、この小説完結してますかね?まだ続きとかありますか…?
すちみこ結構独占欲というか愛重めなのにほわほわしてる感じがたまらん、いるこさみこもなんか愛され展開で尊い。親御さん理解あってよかった(?)
お父様、お母様、すちみこなついるらんこさの美しい空間を堪能してくださいませ……