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放課後
帰りのHR後 職員室に向かおうとカバンを背負う
考え事をしながら階段を下りる
今朝以来 仁人と話せてないな
もっと喋りたい
彼のことを考えながら歩く
ん? あれここどこだ
慣れていない校舎だということをすっかり忘れていた
職員室は確か隣の棟の2階だった気がするが
そこまでの行き道がわからない
とりあえず手探り状態のまま進む
校舎内を彷徨っていると どこか遠くから
ギターの音と重なり合う歌声が聴こえてくる
目的地ではないことは 分かっていながらも
引き寄せられるように音が聴こえる方向に向かう
「揺らいだカーテンは少し物憂げな _」
聞き馴染みはないけど脳裏にこびりついていたあの透き通るような声
指で優しく弾くように奏でるギターの音
音が聞こえる教室を覗くと 窓辺付近の椅子に腰をかけ 外で活動している運動部を眺めながら 気持ちよさそうに弾き語っていた
「ただそばにいて欲しかっただけ_」
最後のフレーズを歌い終わると
自分がいる方に体を向ける
「え”っ、 」
彼は今朝と同じように目を見開き
窓から吹く風に髪を靡かせる
1人の空間に心を落ち着かせていたのか
先程まで気持ちよさそうに歌っていた柔らかい表情は一気にかたくなる
「なんで、佐野くんがここに 、」
芯があり透き通るような歌声が嘘だったかのように 弱々しく 震えた声で問われる
「あごめん! 驚かせたり 盗み聞きするつもりはなかったんだけど、」
「仁人 凄い綺麗な声 してるね」
彼ともっと喋りたい
彼のことをもっと知りたい
その想いももちろん本当だが 今の放った一言は
心の底からの本音だった
「え あ、ありがとう」
「声だけじゃなくて 歌もすげえうまかった」
「無理に褒めなくて いいよ、」
誰かに聞かせたことがないのか
褒められるのになれていないのか
自分に自信が無いのか
彼がどんな思いを抱いていたとしても
彼に向けた俺の言葉は嘘偽りない
「無理してないし嘘じゃない」
「よかったらさ もっかい歌ってくんない?」
話したことがあるとはいえ 今日が初対面
放課後誰もいない教室 ひとりで歌っているところから 誰かに聞かれたくないんだろう
図々しいことは自分でもわかっていた
でも 彼の歌声 いや彼自身に惹かれていた俺には 謙虚さなんてなかった
「… いいよ」
まさか歌ってくれるとは思わず 体が固まる
「扉閉めて 入っていいよ」
彼の言葉に反応し 扉を閉め
彼の隣に腰を下ろす
「この曲 僕が作った曲 なんだ、」
「きもくても 引かないでね、?」
きもいわけがない
彼の作る曲
彼の書く歌詞
どんなものなんだろう
彼の綺麗な指が弦を軽やかに弾く
先程までかたかった表情は奏でる音と共に
次第に和らいでいく
綺麗なメロディーと彼の息を吸う音が
教室内に響き渡る
「心地のいい風が吹いた_」
自然もが彼に味方するように 窓から心地のいい夏の風が吹く
「少し湿った夕方の匂い_」
彼の歌う声は どこか切ない
「置いていったあなたのTシャツは_」
「洗えないままでいるの_」
本当に高校生の彼が書いた歌詞なのか
そう疑いたくなるくらい不安や孤独を感じるような歌詞だ
「2つの足音が重なる瞬間_」
「言葉にできないけど_」
「胸がそっとあたたかくなった_」
「ひとりになってそんな事を思い出して_」
既に引き込まれている俺の体が彼の息を吸う瞬間と共に更に前のめりになる
「揺らいだカーテンは少し物憂げな_」
「それでいて飾らない今を 生きていて_」
「ひとりじゃないように少し思えました_」
「センチメンタルだなって _」
「あなたは 笑うのかな_」
異空間に飛ばされたみたいに
彼のバリケードの中に入ったみたいに
彼の歌声と奏でる音は 人の心を包み込むようだった
「恥ずかしいから 1番だけで、」
彼の表情は柔らかいままだった
「綺麗……」
「俺 すげえ感動した」
「仁人 おまえ将来の夢とかあんの ?」
「ない… かな」
「歌手 向いてるよ」
「仁人の歌 すげえ感動するし心が落ち着く?っていうの あと引き込まれる」
「いやいや 無理だよ 僕なんか、」
正直 彼の歌声も奏でる音も全て独り占めしたい
自分だけが聞いていたい
でも 彼の歌声を世界中の人に賞賛してもらいたいほど 誰かに聞いて欲しい
「絶対 なれるよ」
「仁人なら 絶対に」
俺は今まで生きてきた中で一番真剣な目をしていたと思う
「何を根拠に そんな自信満々に言えるの 笑」
照れくさそうに笑う彼の笑顔に 俺の心が
つかまれる
「そんな 見つめないでよ、笑」
「まぁ、佐野くんがそこまで言うなら 目指してみてもいい … かな、」
自分の思っているよりも素直でころころ表情の変わる彼
「うん 俺まじで応援するわ 」
「ふはっ 笑 なれるかどうかもわかんないけどね 笑」
「じゃあ、、 俺 帰るわ! 」
「きかせてくれて ありがとな」
これ以上彼と二人で密室にいると なにかしてしまいそうな気がして 逃げるように席を立つ
「あ、」
逃げるように教室を出ようとする俺を引き止める
「よかったら、さ 新曲作った時 聞いてくれる、?」
おどおどしながらも こちらを上目遣いで見つめながら 俺の返事を待つ
「うん もちろん。」
彼は一瞬にして太陽のような笑顔を放ち立ち上がる
「ほんと!ありがと !」
俺は会釈だけし 教室を出る
廊下に出たあと 教室の方へ振り返ると
彼が嬉しそうに手を振っていた
可愛らしい手の振り方に胸が締め付けられる
彼に手を振り返し 階段を下る
職員室に行き 遅いと先生に叱られる
でも俺は 叱られたことをマイナスと捉えなくなるほど 気分が良かった
下駄箱から出ると
一気に大きくなる蝉の鳴き声
グラウンドから聞こえてくる 野球部のかけ声
校舎内を響かせるように聞こえる吹奏楽部の演奏
その沢山の音の中からかすかに聞こえてくる
仁人の音色
真夏日の今日
誰もが太陽の光で汗を流し体温を上昇させるなか
俺だけは違うなにかに体温と心拍数を上昇させていた