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第二十話 額縁の中で1000年生きる観測者
今日はやけに館が騒がしい。
どうやら、この館の、シャンベリー家の娘が行方不明になったんだと。
もう一人、奴隷と共に。
昨日、シャンベリー家の娘は何やら慌てた様子だった。
近くに奴隷を連れていないということならば、私にも大体予想はついた。
使用人や家臣やたちも、何をそんなに慌てているのか分からない。
「アディポセラ様が…!」
「近くの教会関係者にも話をしておけ!少しでも見つける手助けになるかもしれん!」
だって、ヒューマンたちはシャンベリー家の娘のことを嫌っていただろう?
まずそもそも、娘は「アダ」という名前だったはずだ。
異国の、異宗教の母親からもらった名前。
異なる響きで、この国で生きていくには少し浮いていたかもしれない。
母親の異教の物語を娘に広げる行動が問題視され、家は守るが母親だけ切り捨てる判断を下された。「魔女」として処刑されたのだ。
そこから娘は「正しくなければいけない」という思想が根付いてしまった。
正しくなければ生き残れない。
だからこそ善意で奴隷にも正しいことを強要したのだろう。
そんな魔女の血が混ざったシャンベリー家の娘は、国中から悪意を向けられた。
そしてよく泣いていた。
化粧のできないようなお世辞にも美しいとは言えない顔で、泣いていた。
父親はシャンベリー家の名に恥じるとして、幼い頃は娘を館から出す回数を制限した。今はそうでもなさそうだが。
そして、異国の響きの名前を不快に思い,今の娘の名前に変えたのだ。
昔こそは使用人や家臣からも悪態をつかれ、貴族の晩餐会にも招待されなかった。
しかし今では、ヒューマンはもうそのことは何もなかったかのように振る舞っている。
埋め合わせで招待されることは多いが、晩餐会や舞踏会へお呼ばれすることもあり、今でこそ使用人や家臣から心配され探されている。
ちょっとだけ素敵な晒し者だ。
シャンベリー家の者は皆、戦場では勇猛だが、普段は風変わりなところがある。
特に娘は、城の食事に飽きてはしょっちゅうパンを買いに馬車を走らせるのが日課だった。
そして、あの奴隷に恋をし、不安定なガラクタとも言えるこの世界でくどくプロポーズを待ったのだろう。
ヒューマンというのは面白い。
あの白夜の国生まれの奴隷だって、貴族や王族の中でも誰よりも容姿端麗だった。
もちろん、シャンベリー家の娘とは天と地の差だった。
自分の気持ちや思いをぐっと堪えている様子をよく見たものだ。
奴隷は奴隷だ。主人の前ではそうするしかない。
どれだけ容姿が良くても、生まれた地位で価値が変わるのだ。
主人に恋を向けられたことが、たいそう不愉快で不安で気分が悪かったのだろうな。
顔が美しいまま、よく歪んでいた。
その奴隷は誰よりも同じ仲間がそうなったところを目撃しているはずだから。
ただ、もしあなたはもう一生、このまま尻尾の皮一枚で繋がれた奴隷なのか?と問えば、その奴隷は抵抗したかもしれない。
喉元に噛み付く牙はまだあったようだ。
どうでもいいことだが、私は一度あの奴隷を別の場所で見た記憶がある。どうでもいいことだが。
シャンベリー家の娘は、他者を支配できても自然を知らない。勝てない。
奴隷は、自然の過酷さを知っているが、暗闇の中を知らない。勝てない。
ヒューマンというのは実に面白い。
決まった言葉を垂れ、まつり上げては落とし、人生を歪めたまま歩き、転がり落ち……。
残り時間が少なくなれば必死に生きようと無様に踠き急に生に縋る。
……ところで、あの2人はどんなヒューマンで、どんな関係だったのだろう。
服従関係、恋人、はたまた実は同一人物か?
貴族、奴隷、彼女、彼氏、庶民、王族か?
恋が冷めた?婀娜っぽい者?
本当に貴族で本当に奴隷で本当に女性だったのか?
あのとき吸った息は、ため息か、信じられないものを見て息を呑んだのか、はたまた眠りそうになっていたのかもしれない。
あの音は舌打ちか、リップ音か、はたまた火をつける音だったのかもしれない。
どこかへ行った理由は、デートだったのか、なにかを放棄するためか、はたまた気持ちを表しただけで実際はどこかには行っていないかもしれない。
もしかしたらあの2人は、仇を恨んでいたのかもしれないし、裏をかいたら仇となったのかもしれない。
え?よく知ってるねって?
実は詳しく知っているのだろう、って?
本当のところ、それは私にもわからない。
だから、シャンベリー家の娘とその奴隷もが行方不明になったということは、いろんなところで噂されて、尾鰭がついて、一人歩きするだろう。
一人一人の考え方があるだろう。
あなたたちヒューマンはどう感じたのか、それもまた聞かせてほしい。
その答えもまた、私の楽しみにになるだろう。
見ててあげるわ、聞いてあげるわ。
ひょっとしたら、あなたの考えが1000年生きられるかも知れないからね。
けれど、それを見届ける私がいなきゃ始まらない。
私もそのつもり。
負けてられないね。
なんてったって。
私は。
額縁の中で1000年生きてやるからさ。