テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
あんにん
3,430
#イラスト
飴玉
1,896
81
春の風が吹く午後だった。
小学二年生の伊波ライは、自宅の窓から隣の家を眺めていた。
「引っ越してくるんだってさ」
母親からそう聞いたのは数日前。
トラックが止まり、大人たちが荷物を運び込んでいる。
「どんな人が来るんだろ」
そう呟いた時だった。
玄関から、小さな男の子が飛び出してきた。
「わぁー!」
元気いっぱいに庭を走り回るその子は、少し長めの髪を揺らしながら笑っている。
ライは思わず目を奪われた。
「あ……」
言葉が出なかった。
ただ、その笑顔が眩しかった。
その時。
男の子が転んだ。
「うわっ!」
ライは反射的に家を飛び出した。
「だ、大丈夫!?」
駆け寄ると、男の子は少し驚いた顔をする。
けれど次の瞬間には笑った。
「へーき!」
満面の笑み。
ライの心臓がドクンと跳ねた。
「俺、緋八マナ!」
「えっ……」
「きみは?」
「い、伊波ライ」
「ライ兄ちゃん?」
「に、兄ちゃん?」
「だって大きいし!」
マナはケラケラ笑った。
ライは顔が熱くなるのを感じた。
この時はまだ知らなかった。
この子が、自分の人生を大きく変える存在になることを。
⸻
それから二人は毎日のように遊ぶようになった。
公園。
鬼ごっこ。
ゲーム。
夏祭り。
気づけばいつも一緒だった。
「ライ兄ちゃん!」
マナはすぐにライを呼ぶ。
学校から帰ると真っ先に隣の家へ向かうほどだった。
ライもそんな時間が好きだった。
ある日、公園で遊んでいると、同級生の赤城ウェンが聞いてきた。
「なあ、その子お前の弟?」
「違う」
「でもめっちゃ懐いてるじゃん」
「……隣の子」
「ふーん」
ウェンは少しニヤニヤした。
「ライ、なんか大事そうにしてるよな」
「そんなことない」
即答したが、心の中は違った。
誰よりも大事だった。
転んだら駆け寄る。
泣いたら慰める。
危ないことをしたら叱る。
全部自然にやっていた。
だけど最近、自分でも少し不思議だった。
マナが笑うと嬉しい。
マナが泣くと苦しい。
マナが誰かと楽しそうにしていると、少しだけモヤモヤする。
小学二年生のライには、その感情の名前は分からなかった。
⸻
夏の終わり。
近所のお祭りの日。
マナは金魚すくいに夢中だった。
「見て!取れた!」
「すごいな」
「ライ兄ちゃんもやる?」
「いいよ」
「なんでー!」
ぷくっと頬を膨らませる。
その顔が可愛くて、ライは思わず笑った。
するとマナが首を傾げる。
「ライ兄ちゃん、最近よく笑うね」
「そう?」
「うん!」
無邪気な笑顔。
ライは少しだけ視線を逸らした。
心臓がうるさい。
まだ子どもなのに。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。
「ライ兄ちゃん?」
「なんでもない」
そう言いながら、ライはそっと思った。
ずっと隣にいてほしい。
ずっと笑っていてほしい。
その願いだけは、誰にも言えなかった。
⸻
帰り道。
夕焼けが街を赤く染めていた。
マナは眠そうに目をこすっている。
「疲れた?」
「ちょっと」
「ほら」
ライはしゃがみ込んだ。
「おんぶしてやる」
「やったー!」
背中に飛び乗ってくる。
軽い。
温かい。
「ライ兄ちゃん」
「ん?」
「ずっと隣に住む?」
ライは少し笑った。
「多分な」
「よかった!」
その言葉に胸が締め付けられる。
ずっと隣。
本当にそうだったらいいのに。
まだ恋という言葉も知らない少年は、夕暮れの空を見上げながら静かに願った。
この時間が、ずっと続きますように。
コメント
1件
うわあ…もう最初から胸がぎゅってなったよ…💧 幼いライとマナの出会い、すごくピュアで眩しいのに、ライの心臓のドキドキとか「モヤモヤ」とか、もう完全に初恋の兆候だよね。 「ずっと隣にいてほしい」って願いを誰にも言えない感じが、まだ恋って知らない子どもならではで切ない…。 おんぶのシーン、夕焼けの描写、全部が優しくて温かくて、でもこの先がすごく気になる…。 しろまるさん、素敵な1話をありがとうございます🤍🥀