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それは些細なことから始まった
いつも通りに起きて、朝食を取って、丁寧にドアを開けて出ていく彼
だけど今日は、
荒く乱暴にドアが開いて、出ていくのは私だった
私はただ彼を心配しただけだった
4日間連続で徹夜で仕事を行ってやっと帰ってきたかとおもえばまた仕事に行くと言い出したのだ
「ねぇダメだよ、お願いだから少しでも休んでよ、ねぇ、」
いくら声をかけても答えてくれずに歩き続ける彼
彼は今イライラしている
当たり前だ
ポートマフィアという過酷な環境で4日連続で働かされ続け、余裕のある人なんていない
何時もは優しい彼も、今回ばかりは我慢出来なかったみたいだ
『五月蝿ぇよ』
いつもよりも低い声が廊下に響く
私に今までかけてくれる声とは全く違った
だけど、これ以上働いたら死んでしまう
直感的にそう思ったから声をかけ続けた
「隈がすごいよ、もう限界なんて超えてるはずなのになんで、」
彼はフラフラしながらも歩き続ける
自分の部屋に向かって
見ていられない
彼を見ている私まで苦しくなってくる
ポートマフィアに誰よりも貢献している彼を休ませる方法はひとつしかないと思った
「中原幹部。私が代わりに任務に行くから、休んでて。首相にもそう伝えておくから」
そう云った瞬間に彼の動きは止まった
やっと止まってくれた
そんな彼に安堵したのもつかの間
『…手前に何ができるんだよ』
「…え、」
思いもよらぬ言葉が帰ってきてフリーズする
『幹部でもねぇ手前が俺の任務をする?出来るわけねぇだろ』
心に何かが突き刺さる
でも、彼を止めなければ
今私に出来ることはそれしかない
「私だって最近の功績は中原さんにも負けてない、だから、お願いだから休んでよ」
彼は振り向き私を見る
その目に光はない
『…イラつくんだよ』
『手前はネガティブで弱ぇくせに、できねぇことに口を突っ込んでくる、もう俺に話しかけてくんな』
言葉のナイフ
他人に言われてもなんてことの無い言葉も、彼に言われてしまえば心の奥深くに刺さっていく
ダメだ、我慢しなきゃ
彼は今疲れているんだから、
そう思ったのに
莫迦な私は彼に刃向かってしまう
「何時も無理ばっかして、本当に中原さんは莫迦だよ、」
「もう知らない、今の中原さんなんて大っ嫌い」
言ったあとに口を塞ぐ
言ってはいけないことを言ってしまった
彼も私の言葉を聞いて目を見開きどこか一点を見つめていた
そんな彼の目が少しずつ私にピントをあわせた
彼としっかり目が合うと、何かを我慢するかのように歯を食いしばった
彼は私に背を向け、低くよく通る声で私に言った
『俺も手前ぇなんか大嫌いだ』
歩き出す彼を止めることは出来なかった
ナイフを刺されたように
痛くて動けない
でも次の瞬間
勝手に体が浮いて扉が荒く乱暴に開いた
彼の異能力だ
「出てけ」
ということらしい
私は振り返ることなく家を後にした
思い出がたくさん詰まった一軒家を
眠くならなかった
お腹が空かなかった
疲れなかった
家を出た後のことはあまり覚えていないけど
とにかく歩き回った
どんなに歩いても疲れなくて
どんなに時間が経っても眠くならなくて
どんなにお腹が鳴っても腹は空いてなかった
でも何か食べなきゃと思い、コンビニで買ったパンを開ける
よく夜中に彼と来た思い出の場所
いつもと同じパンのはずなのに味がしない
味がしないそのパンはとても不味かった
歩き続けていると、ズボンの右ポケットに何か入っていることに気がつく
スマホだった
充電はないらしく、電源がつかない
私は今なんの為に生きているのだろうか
恋人に見捨てられ
なんの感情も感じなく
ただ生きているだけ
死んでも何も感じないかな
そう思っただけだった
なのに来てしまった
自殺者が後を絶たないという橋の上
手すりのようなところに立ってみる
今なら死ねる
そう思った途端
彼の姿が頭によぎった
…最後まで面倒臭い女だなと自分でも思った
捨てられたのに
最後に会いたいなど莫迦みたいに感じた
でも
何でもいいから彼に関わりたい
そう思ってしまった
ふとスマホの事を思い出した
彼とのLINEは残っているはずだと
最後にそれを見れば、もう満足だ
近くにあるネットカフェに入った
充電器がなくどうしようかと思ったが、案内された席に誰かが忘れたであろうものがあったので、申し訳なく思いながら使わせてもらう
充電が完了するのを待ってると、少しだけ眠くなった
目を閉じているだけのつもりが、いつの間にか眠ってしまった
目を覚ますと既に3時間が経っていた
スマホを見ると充電は既にされていた
電源が着いた瞬間
ものすごい着信履歴があるのが見えた
なん全件とある着信履歴のほとんどが
彼からのものだった
会いたい
その感情が真っ先に浮かんだ
会いたい、話したい触れたい抱きしめたい
次々に感情が湧いてくる
彼にまた会いたい
まだ死にたくない
カフェを飛び出し私は私たちの家に走った
あとから知ったが、私は10日間もの間連絡が取れなかったらしい
10日間もまともに寝れていないと幻覚が見える時がある
私は信号を渡った
青に見えたから
彼に会いたい
その気持ちだけで動いていた
周りの音なんて何も聞こえなかった
聞こえなかったはずなのに
少しずつ大きな音が聞こえてくる
ピーーーー
クラクションの音?
音のするほうを見ると
私の目の前に車があった
目を覚ますとそこは病院
頭が痛くてあまり動かせないから周りが見えなかった
何か、左手に違和感があった
その違和感が何か大切なもののような気がした
無理やり頭を動かした
私の手を握っていたのは彼だった
泣き疲れた顔で眠っている
身体中が痛かったはずなのに、今は何も痛くないように感じる
彼に会えた
ずっと会いたかった
涙が溢れる
声まで出てしまいそうになる
だけど彼が寝ている
我慢しなきゃ…そうわかっているのに嗚咽が漏れてしまう
それに気づいたのか彼の目が開く
大きく目を開けた彼は目の下にものすごい隈ができていた
何か言葉をかけるよりも先に彼に抱きしめられる
『悪かった、俺が全部悪かった、』
彼の目から溢れて落ちてくる涙がとても冷たかった
「ごめん、私のせいで、」
そう言葉に出してみれば、今までのことを思い出して泣いてしまう
そんな私の顔に彼は優しく手を滑らせて額に口付けをした
『もう一生離さねぇから』
そんなことを言われさらに心が締め付けられる
彼のことが本当に愛おしくてたまらない
こんなにも好きだったんだと改めて感じる
「そういうセリフはもっとかっこいい顔で云ってよ、今の顔じゃ台無しだよ」
すこし揶揄ってみれば、彼はポカンとした表情で私を見つめた
そして直ぐにクスリと笑って私の頭を撫でる
『手前ぇも同じぐらい酷ぇ顔してるぜ』
お互いの顔を見て笑い合う
久々に笑ったこの時間は
今まで生きてきた中で1番幸せだと思った