第一話「終わり、そして始まる。」
人の死。それは突然にくるものだ。親の死は子供への最後の教訓という名言もあるほどに、死というものは人の人生観を変える。否、人生そのものを変えるものである。
一人、下を向きながら帰る午後三時。こんな平和な時間帯にここまで陰のオーラを発しているのはおそらく俺だけだった。
無駄にうるさいセミの鳴き声しか聞こえない神社にはさほど歩くこともなくすぐ着いた。
なぜだろうか。なぜ、人の死というものは
これほどまでに残酷で突然と襲ってくるものなのだろう。
これは身近な者に限られた話ではない。芸能人にしろ著名人にしろだ。
人の死を知る側の気持ちなど考えもせずそれは突如とやってくる。
神社の鐘の前。小刻みに震える手で財布から10円を出し、賽銭箱に落とす。
そして鐘を鳴らし、二礼二拍手。神に祈る。
…親が死んだ日に、神に祈りにくる人間は
そうそういないだろう。もしいたとして…
一体なにを祈るというのか。なぜ自分がここにきて、なぜお参りをしたのかすら分からないままとりあえず祈る。
成仏しますように…?いや、それ神社か…?
突然だった。本当に、本当に突然のことだった。俺はいつものように授業が終わり、部活に行こうと友達とはしゃいでいたその時、
死の電話は鳴った。すぐ担任に呼び出され、
教室の隅で、親の死を告げられた。
担任は泣いていた。…なぜ?なんでこいつが泣くんだ?この若い女教師が、俺の親とどんな
接点があった…?泣くほどの感情を持に合わせていた…?
それからは…よく覚えてない。友達が何か話しかけていた気がする。なにがなんだかわからないまま学校から去り、今に至る。
一時帰宅…だってさ。死の原因も告げられないまま。
…なんで、死んだんだよ。俺は、俺には…
あんたしか…
そんな考えを遮るかのように、セミの鳴き声がさらに激しくなる。そうだな。今そんなことを考えてもしょうがない。そんな悲しみに浸るのはいつでもいい。人生は長いのだから。泣く
暇はこれから先いくらでもある。葬式にでも、泣けばいい。
…それになぜか今は泣けない。
そしてゆっくり歩みを進める。無の感情。
初めて体験した無。本当に空っぽだ。胸に
大きい穴が空いている。本当にこの表現が
正しい。きっと、失ったものが大きければ大きいほどこの穴は大きく広がってゆくのだろう。
無の感情の時は、時の流れが妙に早かった。
気づいた時には家が目前に見えた。…が、
とっさに立ち止まる。…家の前に、誰か
いる。道に黒いレクサスが止まっていることからその車に乗ってきた人物だということは推測できる。
様子を見てみると、黒いスーツに身を包んだ若い男でずっとインターホンを押しているようだった。休む暇もなく、ずっと…。
怪しいな。死ぬほど怪しい。通報されてないだけありがたいもんだ。いや、ひょっとしたらもうされているのかもしれない。
ここでずっと立ちすくんでいるわけにもいかないので、俺は歩みを進め、男に近づく。
「あの…」
男に反応はない。止まることなくインターホンを押し続けている。
「あ…あのぉ!」
「ん…?」
やっと男がこちらを振り向く。耳が遠いのかこの人…?
「君が…遠藤正木くん?」
なんでこいつ俺の名前を…?
「だとしたらなんですか?」
「君の母親が亡くなった。まぁ…おそらく
三百中学校の生徒がこの時間帯に帰宅しているということは知ってるってことかな?」
こいつ…母さんの知り合いか?
「はい…担任から一応死亡したことは聞きました。詳細は一切教えてくれず、急に
一時帰宅って。」
「うん。詳細は学校には伝えてないからね。詳しい情報はストップさせてるんだ。」
「は…?どういうこと…」
「まぁとりあえず、僕がこれから言うことを怪しまずに聞いてくれ。」
さっきのインターホン押しまくってたやつのせいでめっちゃ怪しく見えるんですけど…
「1.君の母親は死んだ。2.君の母親の表面上の職業は仕事に追われるキャリアウーマンだが裏の本職は違う。3.君の母親はスパイだった。まずここまでの情報を理解してもらおうか。」
「は…?スパ…え?」
「驚くのも無理はな…」
「いやいやいやいや、驚くとかどうこう以前に…え?言ってる意味が…母親が実はスパイだった…?そんなことしてる暇があったとは思えませんが。」
「君の母親の通っていた会社は良い大企業だからホワイトでね。まぁ勤務時間は多少遅くなることもあるが夜はたんまりと時間があったわけだ。週末もしっかり休めるしね。」
「いやいやいや、なかなか母は家に帰ってこなかった。それは確かですが他の仕事があったとかなんとか…」
「それは嘘だ。…いや、嘘ではないのかもしれない。他の仕事があったのは事実だからな。」
この人は何を言ってるんだ。今の状況でこの
情報を吐き捨てるなんて、本当にしろ嘘にしろはい分かりましたとすんなり受け入れられるはずがない。今日という日の情報量が多すぎる。
「そもそも…スパイなんてものは本当にあるんですか…?あったとして日本に存在するとは思えない。」
「ある。現に君も知っていると思うがアメ
リカのCIAも一部諜報員のようなものだ。
それに君がスパイについての何を知っているというんだ。君にはスパイの存在を否定できる確かな判断材料があるのか?母親がスパイじゃなかったと完全に否定できる理由があるのか?」
「信じる信じないの問題ではなくっすね…親が死んで自分の心も死んでる最中、そんな
よくわからない幻想じみたこと言われても
理解が追いつかないんすよ。」
「ふむ…それはそうだな。悪かった。まぁ
なんだ。外は暑いし、家に上がってゆっくり話そうじゃないか。」
なにがふむ…だよ、しかもあんたの家じゃねぇしここ…
「わ、わかりました」
俺はこの時、通常の状態ではなかったため正常な判断ができなかった。もちろん普通は知らない男を自分の家に上げたりはしないだろう。
…俺も怪しんではいたものの、なにかが変わる気がした。人生を左右する何かが。ただの中2のガキの直感だ。あてになるかもわからないものだが。しかし、この男を家に上げることが俺の人生の分岐点だったことは間違いないだろう。
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