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「……クラリーチェ先生!」
階下に見える見知った顔へ、リリアンナが満面の笑みを浮かべる。
「本当に来てくださったんですね!? ランディがなにも言わないから私、先生がいらっしゃるまでご訪問のことを知らなくて……出迎えも出来ず申し訳ありません!」
「それはお気になさらず……。それよりも――」
クラリーチェは、ドレスのすそをはためかせながら階下まで降りてきたリリアンナの手をスッと握ると、少しだけ怖い顔になる。
「歓迎していただけるのは大変嬉しいのですが、デビュタントを控えた一人前の女性として……今の階段の降り方はどうでしょうか?」
リリアンナのあとをやっとの思いで付いてきたナディエルも、クラリーチェの言葉に背後で小さくコクコクとうなずいている。
侍女頭のマルセラや、他の使用人たちからもじっと見詰められたリリアンナは、キュウッと小さく縮こまって、「申し訳ありません」としゅんとした。
その様子にクラリーチェはニッコリ微笑むと、「いけないことをしたら素直に謝れるのは、リリアンナお嬢様の素敵なところです」と優しく肩を撫でてくれた。
そんなクラリーチェに、リリアンナはホッとしたように力を抜いた。
「私、まだまだ見たいです。クラリーチェ先生、色々教えてください」
「もちろんです。今日は急にお伺いしてしまったけれど……沢山おさらいしていきましょう。まずは――」
そこでマルセラと目が合ったクラリーチェが小さく会釈をすると、マルセラが
「オルセンが作った料理が冷めないうちに、クラリーチェ様と一緒に朝食を召し上がられてください」
言って、食堂の方へ視線を向ける。
「そうね。……ところで……あの、ランディは?」
その問いに、マルセラが一拍だけ間を置いて穏やかな声音で告げる。
「旦那様は、御用事を済ませていらっしゃるそうです。朝早くにお出かけになられました。用件に関してはわたくしも詳しくは存じ上げませんが……『しっかり勉強して待つように』と言付かっております」
マルセラの言葉を聞いた途端、リリアンナの視線が少しだけ下がった。
「そう……。ランディ、いないの……」
通りで朝、おはようの挨拶に来てくれなかったわけだ。
常の事がなかったことを少し寂しく思ったリリアンナの愛らしい唇から、知らず知らずのうちに小さな吐息が漏れた。
クラリーチェはその心情を察したのか、その手を軽く包み込む。
「ランディリック様が戻られる頃には、今日の課題を終えておけるように致しましょうね」
「はいっ!」
少女の笑顔は朝陽にも負けないほど明るい。
その光に照らされながら、クラリーチェはそっと胸の奥でつぶやいた。
(リリアンナ様にも何も告げずに出掛けられただなんて……。本当にお急ぎの用だったのね)
マルセラについて、二人並んで言葉を交わしながら、食堂へ向かうふたりの後ろを、ナディエルが静かに付き従う。
ウールウォード邸に、穏やかだがどこか常とは違う朝が訪れていた。
そして――。
その頃、ランディリックはペイン邸で、もう二度と会うことはないと思っていた女性――。リリアンナの従妹ダフネ・エレノア・ウールウォードと対峙していた。
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