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こんな単純な事に気付かないなんて、独りよがりと言われても仕方が無いじゃないか。
「そう言えば、初めて会った時には、僕の事を知ってたって言ってたけど……」
「すぐにわかったよ。だってお兄さんが載ってる写真集持ってたし」
確かに昔、特集の一部で写真を撮ってもらった記憶がある。でもまさか、こんな身近にそれを持っている人間が居るなんて思わなかった。
「そ、そうなんだ」
「あの日、バスの中で憧れだった人が自分と同じゲイだったってわかって、本当に驚いたんだ。なんで引退したのかとか、色々聞きたいことがあったのに、そんなことどうでも良くなるくらい会えたことが嬉しかったし……興奮しちゃって、つい、あんな事しちゃったんだ」
ナギは、はにかんだような笑みを浮かべるとゆっくりと立ち上がり蓮の膝の上に跨ってきた。戸惑う間もなく首に腕を回して、甘えるように頬を寄せてくる。
「ちょっ……な、なにして……」
「ねぇ、今日はしないの? 本当に?」
「――っ!」
耳朶を甘く噛み、蕩けるような声で囁く。腰がゆっくりと腿に押し付けられ、ゾクリと背筋を快感が走る。
熱が一気に身体に広がり、思考がぼやけていく。理性が溶け、崩れ落ちそうになる。
ナギの瞳が妖艶に光り、唇をぺろりと舐める。まるで獲物を前にした肉食獣のような仕草だ。
この子は本当に二十二歳なのだろうか――そう疑いたくなるほど、官能的で蠱惑的な魅力を持っている。
「したいの?」
意地悪く尋ねると、ナギは拗ねたように口を尖らせた。
「……したくなっちゃうに決まってんじゃん。俺がどれだけアンタのファンだと思ってるのさ……」
甘ったるい声でそう言うと、ナギは再び蓮の首に手を回し、体重を預けてきた。
身体が密着し、シャワーを浴びたばかりの湿った肌から熱がじわじわと伝わる。
その温もりに、もう抗うのが馬鹿らしくなる――はずだった。
だが、その時――。
「ん……」
扉の向こうで、もぞもぞと雪之丞が寝返りを打ったような気配がした。
空気が、ピンと張りつめる。
理性が、氷水を浴びせられたように一気に冷え込んだ。
そうだ。ここには雪之丞がいる。
古くからの友人が、無防備に眠っているすぐ傍で――。
想像した瞬間、胸に鋭い罪悪感が走る。
同時に、妙なモヤモヤも広がった。
何故かはわからない。ただ、雪之丞がそこにいるという事実が、理性を締め付けながらも、胸の奥をじわじわと苛立たせる。
「――……っ」
蓮は深く息を吸い、ナギの肩にそっと手を置いた。
「ナギ。ごめん。今は……できない」
「えー。なんで?」
「雪之丞がここにいるのに、そんな気分になれるわけないだろ」
口をへの字に曲げ、不満そうな顔をするナギに、苦笑まじりで言い返す。
もちろん、自分だってしたくないわけじゃない。だが、そんなリスクは取れない。
それに――雪之丞の存在が、妙に引っかかって仕方ない。
ナギは渋々離れると、ぽつりと漏らした。
「お兄さんって、鈍感なくせにそういう優しいとこがむかつく……」
「ムカつくって……」
酷い言われようだ。だが、自分だって見境なく襲いかかったりしないだけの分別はある。
「あーぁ、残念。仕方ないから俺ももう寝るね」
「あっ、お、おいっ」
蓮の戸惑いを無視して、ナギが雪之丞の眠るベッドへと向かって歩き出す。
そしてそのまま、布団に潜り込むと、雪之丞の枕の横に無理やり自分の腕を捻じ込み、狭そうな隙間に横になった。
予備の布団は少ないから仕方ないにしても――よりにもよって雪之丞と一緒に寝るなんて。
てっきり、ナギは自分の横で寝るものだと当然のように思っていた。
それが普通のはずだと――無意識のうちに。
それの事実に気付いた瞬間、胸の奥がわずかにチクリと痛んだ。
別に雪之丞に嫉妬しているわけじゃない……はずだ。
けれど、妙な不快感は消えない。
(……なんか複雑だ)
仕方なく自分はソファへと向かいつつ、雪之丞を挟んだ布団で眠る二人の姿を見て、蓮は静かに溜息を吐
いた。