「そんなこと……」
「いけないってわかっていたけど、伸くんのことが大好きだから、伸くんに愛されたくて、伸くんと一つになりたくて、あともう一回、もう一回だけって……」
行彦は、両手で顔を覆った。細く白い肩が震えている。その悲愴な様子からして、行彦が嘘を言っているとは思えない。
だからといって、それが事実だとは、とても思えない。魂が呼び合っていようがいまいが、すぐそばにいる、実態も体温も感じられる行彦が、いわゆる幽霊だなんて信じられるはずがない。
伸は、再び行彦を抱きしめる。行彦が押しのけようとするが、腕に力を込めて阻止する。
「愛してる。行彦としたい。それで死んだってかまわない」
「駄目だよ……!」
なおも腕を振りほどこうとしながら、行彦は嗚咽する。
「伸くんは、死んじゃ駄目だよ。伸くんが死んだら、お母さんが悲しむよ」
その言葉に、はっとして、一瞬、腕の力がゆるんだ。すかさず、行彦が体を離す。
行彦は、伸を近づけまいとするように、ブランケットを握りしめ、広いベッドの際まで後ずさった。
「伸くんに、僕と同じ間違いを犯してほしくない。僕は、お母さんに、とても辛い思いをさせてしまった。
発作的にそうしただけで、深い考えがあったわけじゃないし、本当のところ、死にたかったわけでもない。でも、自分の浅はかな行動のせいで、お母さんの人生まで台無しにしてしまったんだ。
いくら後悔してもし切れないよ。一度死んだら、生き返ることは出来ないし、今では、お母さんだってもう……」
確かに、母を悲しませることは本意ではない。母を悲しませたくない一心で、今までずっと、孤独にも、いじめにも耐え続けて来たのだ。
病院で目を覚ましたときの、母の心配そうな顔が頭に浮かぶ。そして、初めて見た母の涙。もしも自分が死んだら、母がどれだけ辛い思いをするか……。
「行彦の言うことは、よくわかったよ。俺だって、お母さんのことは好きだし、悲しませたくない。
でも、俺と別れたら、行彦はどうなるの?」
行彦の瞳が揺れる。
「それは……」
言いかけたまま答えない行彦の顔を見ているうちに、ようやく大事なことを思い出した。そのために病院を抜け出して、ここに来たのだった。
「今日、立花さんが病院に来たんだ。明日から、洋館の解体工事が始まるって。
でも、そうなったら、行彦はどうするの? ずっとここにいたんだろ? 居場所がなくなっちゃうじゃないか」
「それは、僕にもわからないんだ」
「……えっ?」
行彦が、寂しげに笑う。その笑顔に、胸が痛くなる。
「僕にわかっているのは、ただずっとここにいるということと、伸くんと愛し合うたびに、どうやら僕が伸くんの命を削っているらしいということだけだよ」
「行彦……」
「本当に、この洋館がなくなったら、僕はどうなるのかな。この世に居場所がなくなって、ようやく天国に行けるのかな。
でも、お母さんや伸くんに、ひどいことをしてしまったから、やっぱり天国は無理かも……」
寂しそうにつぶやいていた行彦が、ふと伸の顔を見て言った。
「どうしたの?」
「……何が?」
「伸くん、どうして泣いてるの?」
そう言われ、頬に触れると、確かに涙で濡れている。
「だって、行彦がかわいそうで……」
言ったとたんに、新たな涙が込み上げる。それを見た行彦の目にも、涙が湧き上がる。
「俺の言うことを、どうか怒らないで聞いてほしい。正直なところ、今もまだ、行彦が死んでいるなんて信じられない。
もちろん、行彦が嘘をついているなんて思っていないよ。だけど、行彦は、こうして俺の目の前に存在していて、息遣いだって香りだって感じられるし、触れることも出来る。
行彦が、俺のためを思って、辛い選択をしたこともよくわかっている。俺だって、これ以上、行彦を悲しませたくない。
でも……」
感情が高ぶって、いったん話すことを中断しなければならなかった。頭の中が混乱してもいる。
だが、行彦は、辛抱強く待っていてくれた。伸は、再び口を開く。
「行彦のことを、とても愛している。ずっと一人ぼっちだった俺に優しくしてくれて、話を聞いてくれて、すごくうれしかったし、行彦と愛し合うようになってから、ずっと幸せだった。
出来ることなら、ずっと一緒にいたいけど、それが駄目だっていうことは、行彦の話を聞いて、よくわかったよ。
だから、最後に、もう一度だけ……」
もう一度だけ、行彦と深く愛し合いたい。行彦が、こくりとうなずいた瞬間、その目から、宝石のように美しい涙の雫がこぼれ落ちた。
翌朝早くから、解体作業のため、洋館の敷地内に重機やトラックが続々と到着した。館内は、すでに点検済みだったが、最終確認のため、作業員が全階をくまなく見て回った。
三階の廊下の突き当りにある角部屋の、埃がうずたかく積もったベッドの上で、意識を失っている少年が発見された。作業開始は、いったん延期され、少年は、作業員が要請した救急車で病院に搬送された。
少年は、前日未明に、かねてより入院中の病院から姿を消しており、当日の早朝に、病院から捜索願が出されていた。
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