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テラーノベル(Teller Novel)
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1 ケイト、独白

教室に入る。それだけの事に、ケイトはすこしだけ、特別な感情を乗せていた。それは、一日の始まりへの期待であったり、なにか失敗してしまったら…という不安であったりもするけれど。

「(いた…)」

教室の隅っこに、とてもヒトには見えない四角くて薄い物体が浮かんでいる。ケイトは、その生き物ですらない無機物に話しかけては、返事が来るのを待っている。その一見意味のなさそうな行為を、この四角い物体がイデアの持つ通信機器の一端であると皆が知っているからだれも疑問に思わないし、ケイトを止めない。まあこの学園の者はそうと知らなくとも、大抵面白がって止めないだろうが。


「おっはよー☆イデアくん!元気?」

「あっっっっばばばばばけ、ケイト氏…お、おは、あ、おはよ…」


こういう時ケイトは、警戒心の強い(というか極端にビビりな)猫が懐いてきたような気持ちになる。だって初めは話しかけても、返事は聞こえなかった。

〜二年前〜

NRCに無事入学することが出来たケイトは存分に羽を伸ばしていた。世界有数の名門に入学しておいて、羽を伸ばすとは何事かと思うかもしれないが、面倒な姉二人のご機嫌伺いとパシリをしなくてよくなったのは、ケイトにとって大きいことで、開放感を味わうには十分過ぎる理由だった。

それで寮はハーツラビュルで、クラスは1年C組だった。一番仲良くなったのはトレイ・クローバーという男で、一番気になるのはイデア・シュラウドだった。だって、あの髪!

ケイトは元来綺麗なものは好きだし、どうせなら写メを撮ってマジカメで拡散して、たくさんの人に共感して欲しい。「俺こういうのが好きなの!」「え!私も!」「オレも好きだ!」そういうやり取りを求めている。これが出来ないとなると、ケイトは漠然とした、けれどすごく大きな孤独感に襲われる。それを避けたいから、怖いから、ひとりじゃないって分かりたいから、ガワだけでも取り繕ってニコニコして、出来ればみんなに好かれようとしている。それで、それを分かってくれるのがトレイで、同じそうなのがイデアだった。彼の次期妖精王にも同じ匂いを感じたけど、分かってくれそうなのはイデアだと思った。髪も綺麗だったけどもケイトからすれば、綺麗というよりか、奇麗といった方が似合いそうだとも。

ケイトは情報通だ。入学初日にクラスのグループチャットを爆速で作るやつが絶対にいるけど、それは大抵ケイトの事だった。今回もそうで、3日もすればクラスの半数以上が参加してくれた。そんな風にSNSを介してたくさんの情報を集めていると、今年の一年生は特に噂されていると知る。

次期妖精王、夕焼けの草原の第二王子、世界的トップモデル、異端の天才。

あ、イデアくんの事だ。異端の天才だって、カッコイイ…顔は微笑んでも、心の奥のほうで、ケイトは冷めながらその書き込みを眺めていた。入学式で見た時、彼の棺の開いた瞬間を見た。忘れられなかった。…死んでるみたいだ。本気でそう思った。

真っ白で全く上気のない肌も、ひくりとも動きそうにない瞼も、穏やかに揺れる青い炎の髪も。死んでるみたいで奇麗だった。ケイトの、わざわざ隠した、みんなに忌避される様な”好き”が顔を出す。別に死体に恋するタイプではないけど、けど。やっぱりケイトは死体が好きだ。自由で、もうこれ以上穢れはしない、花に囲まれて丁寧に扱われる死体が。もう誰にだって何にだって屈することのない”死体”が好きだ。

だから棺の中で眠るイデアが奇麗とおもって写メを撮ろうとしたけど、これはみんなに好かれる”好き”じゃないと思って、思いとどまった。ケイトにとって写真は共感してもらう為の素材でしかない。だからコレは撮らなくてもいいのだ。

それでも脳裏に焼き付いているけど。

だから教室でイデア(のタブレット)を見ると気分がアガる。生身のイデアも早く見れたらいい。そう思って、仲良くなろうとタブレットに懸命に話しかける。


2 隕石、衝突

脳が溶けている。可愛らしいケースのスマホが震えて耳に嫌な音を突き刺す。眉をひそめてしばらくベッドの中で蠢いてみても、鳴り止むことのなかった音は、仕方なく画面を少しいじるとフッと消え失せた。珍しくもない目覚めの悪い朝、とりあえずベッドから出るところから始めようかとケイトは思うも、体は動きそうにない。口の中を強く噛んで無理やり覚醒する。起き上がってスマホの内カメで見た寝起きの顔は酷いもので、唇はカサカサだし、隈も濃い、ダイヤのスートも笑顔もない。

とりあえず顔を洗おう。それで化粧をしてリップクリームでも塗っておけば、いつものケイトだ。いや、忘れ物。


「笑顔笑顔!」


装飾用なのか鏡は歪んでいてあまり使えないので、やはりスマホの内カメで、撮影。とりあえず、こんなもんだろうか。

#朝イチのけーくん#寝起きだけど笑顔😄😄#流石にお化粧はしたよ😂

✧  

きゃわいいけーくんの笑顔と特に意味を為さないいつものハッシュタグでケイトの一日は始まった。

いつものケイトが完成したので部屋を出てごっちゃりとした、慣れないとすぐに迷う廊下に出る。ハートの女王の国を再現しているらしいが、ケイトにとって、というか多くの寮生にとってはフォトジェニックな以外利のないデザインだった。歪んだ鏡といい機能的とはとても言えないし、一年生はよく目を回すのでフォローも一苦労だった。

各部屋のある廊下を抜けると談話室、中にはまだエースとデュースのハーツラビュル一年生コンビと、その他数名の寮生が残っていた。


「エーデュースちゃんたち、おっはよー☆」

「あ、ケイト先輩おはよーございまーす」

「ダイヤモンド先輩、おはようございます!」


デュースちゃんは相変わらず元気だね、とかほんのり談笑したら小走りで寮をでて鏡舎を抜ける。ゆく先々にちょくちょくいる友達や知り合いにおはようと叫びながら教室へ向かう。


「ヴィルくんおはよう!今日はちょっと遅い?」

「少し化粧に手間取ったのよ、ケイト。おはよう。」


「ジャックくんおはよー!ランニングおわり?お疲れ様!」

「ケイト先輩。はい、おはようございます。」


「ジャミルくんカリムくんおはよう!今日は早いね!」

「ケイトおはよう!今日は早起きできたんだ!」

「別に早起きじゃない、普通の時間だ。お前がいつも遅起きすぎるんだよ。ケイト先輩、おはようございます。」


「フロイドくんおっはよー!木の下で休んでたら遅れちゃうよ?」

「あ、あはぁ♡ハナダイくんじゃあん、おはよぉ。いいのいいの、今日は授業はいいの。」


…ひととおり皆に挨拶したら3年棟に着いたので、今日の一限は魔法史だったから寝ないようにしないとなんて今日一日の計画を立てていく。こんな風に行動して、今日の話題はこんなもんで、この授業は落書きでもしておちゃらけとこうとか、それくらい軽いことではあるが。

軽い足取りを気取ってB組に入る。いたいた、イデアくん、タブレットの姿。


「お」


おっはよー☆ そう言おうと口を開いた途端、スマホに通知が届いたようで、間抜けな通知音と振動が伝わった。普段なら気にも止めないような通知音だ。マジカメのいいねやコメントの音ではないし、チャットの音でもない。どうせ情報アプリのくだらないおすすめだろうと、いつもならそうアタリをつけるような音なのに、今日、今、ケイトはそれが出来なかった。

狭い制服のズボンの備え付けポケットに手を突っ込んでスマホを見た。

【速報】ツイステッドワンダーランドに隕石衝突か

「   」


息が止まった。何秒かして、呼吸ができずに苦しいのを思い出して一気に空気を吸い込む。

「い、いんせき???」

慌てて廊下に出て、外までくり抜かれた壁から空を見上げてみる。特に変わりは無いようだ。

「……。」

もう一度スマホの速報を詳しく読んでみる。珍しく取り乱したケイトを心配してクラスメイトがなにか話してくるが、あまり頭に入ってこない。

【速報】ツイステッドワンダーランドに隕石衝突か輝石の国オールブルー天文台より観測された隕石の軌道が、完全にツイステッドワンダーランドに向いていることが確認されました。各国では地下防空壕への避難勧告が発令されており、科学、魔法ともに駆使し隕石衝突回避に臨んでいます。

やっぱり意味がわからない。ならなら、このスマホも意味はなくなるのか、今までの苦労も、18年も、水の泡。


「ケイト!」

「え」


クラスメイトが眉を下げて気まづそうにコチラをみている、困惑したような[[rb:表情 > カオ]]でケイトに問いかける。


「隕石ってマジか?」


ケイトは咄嗟に答えられなかった。あ、とかえ、とか喃語みたいなのを口にするばかりで思考は停止気味だ。速報を見た生徒や教師が少しずつ増えてきているのか、学園中ザワついていた。1年棟からは絶叫すら聞こえてきて、いよいよケイトは笑顔さえ放棄した。なんの感情も顔に乗せられず、ただ廊下の端から端までじっと見つめるのを繰り返していた。

さすがの騒ぎに学内放送がかかって、生徒は一旦講堂に集められた。

3 陽キャ、陰キャ

講堂に集められたケイトたちは皆落ち着きがなく、口々に隕石についての意見が飛び交っていた。しかしそれは意見というよりか、怒号に近かった。

クロウリーがやってきて、まるで演劇のような身振り手振りで主軸の見えない話を10分まるまる聞かされた。ヤジは止まらなかったが、クロウリーは続けた。


「ですから、これは絶望的です。」


クロウリーが主軸の見えないどころか中身の無い話(この状況の回避は非常に難しいことを、例を上げながら紹介していた)を散々したあと、なんとマレウス・ドラコニアが壇上に上がった。


「お前たち」


クロウリーの時とは違い、彼は一言呼びかけるだけで生徒全員を黙らせた。


「この僕では、隕石は止めることは出来ない。」


一斉に叫び出す生徒たち。でもケイトは、取り乱さなかった。否、


「(とくに悲しくもないのか)」


世界が終わったってケイトは悲しくもなんともないらしい、そんな自分が哀しかった。講堂はもう暴れる生徒たちでごちゃついていた。ケイトは周りを見やる、イデアは三つ右の先に居て、ケイトと同じようにただつまらなそうな顔をしていた。

マレウスは淡々と、誰も聞いていないスピーチを終え満足そうにいちばん後ろの席へ戻っていた。その口端は上がっていた。おおかた自分のスピーチが成功して、子供のような拙い喜びを感じているんだろう。

他に落ち着いているのはレオナとカリムだった。とりあえず、同じ部活のカリムに話を聞くことにした。


「カリムくん、なんでそんな落ち着いてるの?怖くないの?みんな死んじゃうんだよ」

「だからだよ。みんな一緒になら、死んじまってもそんなに俺は寂しくないんだ。だからいいかな。それにケイトだってすごく落ち着いてるよな、どうしたんだ?」

「うーん…俺はよくわかんない。でもあんまり怖くないっていうか、実感無いだけなのかもだけど…とくに何も思わないみたいな?」

「はは、アイマイだな!」


ひとしきりカリムと笑って、死んだあと会えたらまたバンドでもしようねって言って、ケイトはカリムと別れた。次は、近かったのでレオナに。


「レオナくん!」

「…あ?ケイトか…どうした?」

「ん〜?いや、レオナくんは落ち着いてるなぁって。ラギーくんとかちょー取り乱しちゃってるけど。」

「ハッ 世界が終わるからなんだよ、俺にとっちゃ死ぬのが早まっただけだ、なにも変わることなんてない。」

「そうなんだ、レオナくんって諦めが早いの?」

「そんなるしかなかったんだよ、テメェは?」「…俺はね、わかんないや…ホントに、どうでもいいのかも。」

「そうかよ、まあもう終わるんだ。グダグダ考えたってしょうがねえだろ。俺は寝る。」

「………おやすみ。…[[rb:最期 > 世界の終わり]]まで寝るのかな。」


マレウスにも、話を聞いてみようかな。ケイトは振り返った。目の前に妖精王。


「!?…マレウスくん…」

「やあ。人の子。聞きたいことでも」

「…さすがだね。マレウスくんにも隕石って止めれないの?」

「止められる。」


ケイトは、その言葉に固まった。さっき壇上で無理だと言ったのは嘘だったのだろうか。心が急速に熱くなっていく気がした。なんだろう、これは。ひどく不快だ。ケイトは顔を歪めぬようつとめて穏やかに、また尋ねた。


「止めないの?」

「止めない」

「何故」

「綺麗だからだ。僕は綺麗なものは好きだ。」

「…それって、隕石が?」

「もちろんそれもだが、限りある短い命の平然な死が。」


ケイトは変な気持ちになった。いままで感じたことないくらい気持ちが悪かった。まるで、抽選で1億マドルが当たったような、投獄されたような、産まれたような、殺されたような気分だった。そんな、ケイトを不快にしかさせない存在だったとしても、ケイトは笑顔を崩さなかった。それは、大好きな人にも大嫌いな人にも渡すような軽い笑顔だ。


「そっか、やっぱマレウスくんって独特〜!」


ケラケラ笑って、マレウスもわらった。ケイトは少しだけほっとして、それすら見抜かれたような気がしてギクギクしてはいたかもしれないが、とりあえずマレウスとは今生の別れを果たした。

スマホを覗いてみる。まだ講堂内はうるさくて、ニュースの動画は見られない。それどころか、衛星は焼けたのか隕石の所在はもう天文台を頼りにしない限り分からないほど接近しているのだとか。空は、まだ午前10時を回った頃だというのに燃えるように真っ赤だった。ほんの一時間で、世界は変わった。そしてあと1時間で世界は終わる。

ケイトはニュースの動画を見るため、講堂から出た。もうひとつ理由を言うなら、イデアも外に出たから追いかようとしてだ。

イデアは中庭の芝生に寝っ転がっていた。昨日の雨でぐちゃぐちゃに濡れていて泥がひどかったけれど、気にしている様子はなく、学園に住み着く猫と戯れている。


「イデアくん」


返事はずっと無かったが、ケイトはお構い無しとばかりに隣に寝転がった。猫はケイトの方へ寄ってきて、頬ずりしてきた。


「あ、…ずる」


イデアは拗ねたような幼い[[rb:表情 > カオ]]でケイトの方、正確にはケイトの方へ寄った猫を見て、苦言をこぼした。ケイトは自慢げな顔をつくってイデアの方をみた。普段のイデアなら発狂するくらいの近距離だったが、世界が終わるいま、目の前の天才にとってそれはどうでもいい事だったらしい。ただケイトの見たことの無いような静けさで、金色の眼を細める。


「最期にねこたんと戯れたかったのに」

「オルトちゃんは?」


まるで会話ができていないが、こんなの、世界が終わらなくともいつも通りだった。それからケイトとイデアは他愛ない話をした。ケイトはずっと聞きたかったことを面と向かって聞いたし、イデアは猫を撫でながら、意外にも素直に答えてくれた。


「あー、もう終わりか」

「イデアくんは死にたかったの?」

「そうは思わないけど…ま、人間死ぬ時は死ぬし。ケイト氏は?」

「オレは…やっとわかった気がする。これがオレのホントの気持ちなのかは分かんないけどさ、多分さ…生きたくなかったんだよ。」

「ん…。明日からどうなるんだろう」

「さあ?わかんないけどオレは楽しみだよ。ここにいたら死んじゃうけどさ、きっと明日からもツイステッドワンダーランドは存在するし。何かは起こるよ。」

「そうだといいですな…。そろそろかな」

「バイバイ、イデアくん。またどっかで」

「冥府で待ってるでござる。あーあ、現世の最後がこんな陽キャと一緒なんてさ、やっぱリアルってクソ。はっきり分かんだね。…ふひひ」


ケイトは、なんだかすごく嬉しそうなイデアの顔を最期に、この世とばいばいした。

ふたりと学園を包んだ光は、きらきら輝いて、世界でいちばん美しい光景だった。

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