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青山 悠真、21歳。
現役大学4年生で、しかも偏差値68を必要とする大学に通っている。
モデルをやっているだけあり、スタイルは抜群。
整った端整な顔立ちをしており、涼やかな眼差しで、口数は少ない。配信している動画でもほとんど喋らないのに絶大な人気を誇るのは「眺めているだけで幸せ」「そこにいてくれるだけでいい」「見ているだけで癒される」と、女性から絶対的な支持を得た結果だ。無口な分、たまに口にする言葉が悠真語録として書籍化されているぐらいだ。
その、青山悠真がスウェット姿でそこにいる。
しかも泣き腫らした目をしていた。
これは……間違いないと確信する。
愛猫がいなくなり、必死に探しているのだと。
「猫を探していますか?」
「探しています!」
あの青山悠真がすがるように私を見ている。
一般人の私には破壊的過ぎる眼差しだが、なんとか堪え、猫の無事を知らせる。
「つまりあなたがドアを開けた瞬間、猫が部屋に入ってしまったのですね。きっと勘違いしたのだと思います。僕の部屋、あなたの真上ですから」
これには「えええ!」と大声をあげそうになるのを堪えるのが大変!
1301号室に、まさか今の時代をときめく青山悠真が住んでいたなんて!
あ、でも……。
人気急上昇中だが、デビューしてまだ2年目。
それにこのマンションも決して家賃が安いわけではない。
いや、それでも……って、今はそうではなく!
「そうだったのですね。間取りは同じでも部屋の匂い、家具の配置は違うので、猫ちゃんは驚いてしまい、今は洗濯機の下に隠れています」
「! シュガーは悪戯をしたのを注意されると、いつも洗濯機の下のスペースに隠れるんですよ。シュガーにとってはそこが安全地帯のようで。すみません。連れ帰ります」
そこで青山悠真はハッとした表情で私に告げる。
「すみません! こんなスウェット姿で。さっき仕事から戻って、シャワーを浴びた後、シュガーが部屋にいないことに気が付いたんです……。僕と入れ違いで部屋から飛び出してしまったと思うのですが……。着替えてから出直します」
なんて気遣い! むしろ激レアですよ、その姿。
というか無口。
そんなことはないと思う。ちゃんと話している。
メディア向けに無口な設定にしているのかな。
「わざわざ着替える必要はないですよ。大丈夫です。私は気にしないので。それに私もルームウェアですから。さらにスッピンですし……」
私が着ているのは、デザート・ジューシーというブランドのニットのジャガードロングワンピース。しかもスッピン! 詫びるなら私の方だった。
「いえ、あなたが気を使う必要はないですよ。急にお邪魔することになった僕が悪いですから」
「ではお互い様ということで、身だしなみの件は一旦忘れましょう」
そう言ってドアを開けているが。
もう心臓はバクバク言っている。
何せこの部屋に男性を招いたことはない。
しかも相手はあの青山悠真。
勿論、猫のシュガー救出のため、部屋に入るだけなのだ。
余計なことは考えない。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、お邪魔します」
「どうぞ」
来客用のスリッパを出すと「ありがとうございます」と礼儀正しく御礼の言葉を口にして、そこで「あ、いい匂い」と呟く。青山悠真のその言葉に、思わずドキッとするが、すぐにその匂いがなんであるか思い出す。
「晩御飯でチャーハン作ったところなんです」
「すみません、本当にそんな時間にお邪魔して」
「いえいえ、大丈夫です。洗濯機はここです……って間取り同じでしたよね」
青山悠真は笑顔で応じ、すぐさま両膝をつくと、洗濯機の下をのぞきこみ「シュガー、おいで」と優しい声を出す。
恋愛映画で台詞を言っている時と同じぐらい、女子がイチコロになりそうな甘い声で、シュガーに呼びかけている。聞いている私はもう、心臓がキュンキュンしてたまらない!
何、この状況!? 腰が砕けそう!
「うーん。シュガーはここに籠ると、なかなか出てこないからなぁ。どうしよう……」
「あ、あの、洗濯機、少し持ち上げてみます?」
青山悠真が目をキラキラさせ、私を見た。
「協力いただけますか?」
「勿論です」
洗濯機を青山悠真が少し持ち上げると、私の腕はシュガーに届くぐらい奥までいれることができた。
「シュガー、お願い。おうちへ帰ろう」
そう言って腕を伸ばし、何度か捕まえようと試みていると。
捕まえられると焦ったシュガーが、自分から洗濯機の下から飛び出し、そのまま部屋の中の方へと駆けて行った。
「出ましたね!」
「良かった、ありがとうございます!」
部屋の方は、シュガーが隠れることができる場所はない。
廊下と洗面所をしきる引き戸はすぐ閉じた。
部屋に向かうと、シュガーはベッドの傍で瞳をランランとさせ、縮こまっている。
「これで連れて帰ることができますね」
「本当に、ご協力ありがとうございます」
青山悠真がそう言った瞬間、ぐるぐると音がする。
これって……。
「すみません! 失礼しました。昼食抜きで夕食もまだなんで」
少し顔を赤くする青山悠真に、私まで顔が赤くなる。
その一方で、仕事が忙しくてまだ食事をとれていない彼が、普通に不憫に思えてしまう。断られるだろうと思いつつ、尋ねていた。
「チャーハンで良ければ食べます? 美味しい保証はないですけど。冷凍にするつもりで結構量を作ったので。もしご迷惑でなければ」
「え、いいんですか! いつもロケ弁とかコンビニや差し入れか外食で、手料理って……食べたいです」
「そ、そうですよね。見知らぬ女……え、食べたいと言いました!?」
「はい、もしご迷惑でなければ」
「迷惑でなければ」は、私の台詞。
絶対断られると思ったのに。
た、食べると言ってくれた。これは驚きだ。
「すぐに用意しますね」
私が用意している間、青山悠真はシュガーを宥め続けた。
部屋は見慣れない。
でも大好きな飼い主がそばにいる。しかもたっぷり愛情を注いでくれた。
それはシュガーの緊張を緩和したようだ。落ち着いたシュガーを連れ、青山悠真は一度自室に戻り、再び私の部屋に戻って来た。チャイムが鳴り、ドアを開けるとそこに青山悠真がいる。
これはドッキリか夢か。
本当に不思議な気持ちになる。
「これ、実家から送られてきたんです。林檎なんですけど、食べますか?」
青山悠真は紙袋いっぱいに林檎をくれた。
そうか、彼は青森出身だったわね。
有難くいただくことにした。
そこでじわじわと噛みしめる。
青山悠真から林檎をお裾分けでもらった……これはとんでもない出来事だ。
舞い上がりそうになる気持ちを引き締め、夕食の準備をすすめる。
テーブルにチャーハンとサラダとスープを並べ、食事ができる状態になった。青山悠真は瞳を輝かせ、テーブルに並んだ料理を眺めている。
手料理……ではあるけれど。
こんなものでいいのだろうか。
「あ、林檎も用意します?」
椅子から立ち上がろうとする私の腕を、青山悠真が掴んだ。
ドクンと心臓がひっくり返りそうになる。
「冷めないうちに食べましょう。林檎は僕にまかせてください」
「は、はいっ」
もう声が裏返ってしまう。その後は「いただきます」と食べ始める。
最初はサラダやスープだから、黙々と食べる状態だ。
こういう時、テレビがあれば……と思ってしまう。
映画も動画もスマホとノートパソコンがあればなんとかったので、私は部屋にテレビを置いていなかった。でも今の沈黙を思うと、バックミュージックのようにテレビが流れていてくれればと思わずにいられない。
「あ、これ……」
青山悠真がチャーハンをのせたスプーンを持って動きを止めた。
! え、なんかやらかしました、私!?
塩と砂糖、間違えていれたとか、しでかした!?
青ざめる私に、青山悠真がポツリと言った言葉は……。
「やばいな。このチャーハン、僕、めっちゃ好きです」
カシャーンという音に、青山悠真が驚いて私を見る。
「どうしました!?」
「な、なんでもないです! ごめんなさい、手が滑って」
私はそう言ってテーブルから床に落ちたスープンをひろい、慌ててキッチンへ向かう。
もう、本当、やばいです!
チャーハンに対する“好き”が、自分に向けられた“好き”に思えて、勝手に興奮してスプーンを床に落としていた。
なんとかキッチンで深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、部屋に戻ると。
青山悠真のチャーハンの皿はもう綺麗になっている。米粒一つ残っていない。
空になった皿を私がガン見していることに気づいた青山悠真は、少し頬を染め、自身の亜麻色の髪をかきあげた。