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あっという間にチャーハンを食べ終えた青山悠真は、別に何も言っていないのに、弁明を始めた。
「モデルなんだし、食べ物はよく噛んで食べろって、マネージャーには口うるさく言われているんですけど、つい……美味しくて」
ダメだ。
頬が瞬時に緩みそうになっている。
何か話さないと、このデレ顔がバレてしまう。
「あの、まだ残っているので、食べます?」
「……いいんですか?」
「勿論です!」
こうして青山悠真は、おかわりのチャーハンを、今度はゆっくり食べた。
ゆっくり食べながら、彼は自然な様子で私に尋ねる。
「猫好きですよね?」
その通りなので思いっきり頷く。
「猫、飼わないのですか?」
「飼いたいのですが……友達から止められています。私が猫を飼ったら『溺愛して、猫と仕事だけで生きていく人間になるよ』って言われてしまって」
すると青山悠真は「あちゃー」と言い、左手で頭を抱える。
「それ、思いっきり僕のことだ。……まさにその状態です」
「猫大好きなんですね」
「はい。僕、三人兄弟で祖父母も一緒に暮らしていたので、上京したての一人暮らしは本当に寂しくて。シュガーのおかげで今があります」
そんなに寂しがり屋なんだ。
メディアには出てこない、彼の一面を知ってしまった。
「幼く見えますが、そうなるとシュガーは結構、大人なんですね」
「そうですね。4歳になると思います」
その後はもう猫トーク。
猫に関して話せば、話題が尽きることはなかった。
こうして会話をしながら、また青山悠真がゆっくり食べてくれたことで、彼が食べ終わるのと、私が食べ終わるのは同時になった。
「あ、では約束通り。林檎は僕にまかせてください」
「え、いいんですか?」
「林檎に関しては、僕の方が上手いと思います」
そう言った青山悠真はキッチンに置いていた林檎を洗って持ってくると、その場でくるくる回しながらナイフで皮をむいていく。
「完成です!」
「お見事です!」
一度も途中で切れることなく、林檎の皮は見事につながったままで剥かれている。さらに二つ目の林檎は、いわゆる飾り切りでウサギだったり、木の葉だったり、いろいろスライスしてくれた。
その完成度は高く、永久保存したくなるが、それは無理な話。残念だが美味しくいただくことにした。
その結果、チャーハンを食べた上で、林檎二個をシェアして食べ終えている。これはもう、青山悠真も私もかなり満腹。
「こんなに食べたのは、久々ですよ。美味しかったなぁ」
青山悠真は自身のお腹をさすっている。
確かその腹筋は綺麗に割れていたはずだが、こんなに食べて大丈夫かしら?と心配になってしまう。
「本当にご馳走様でした。それで……今さらですが、お名前を聞いてもいいですか?」
「あ、はい。鈴宮 愛梨澄です」
「なんだか芸能人みたいな名前ですね」
芸能人の青山悠真からそう指摘されるのは、なんとも不可思議な気分。
「ぼくは青山悠真です。鈴宮さん、今日はシュガーと飼い主共々お世話になりました」
「いえいえ、飼い主さんが無事見つかってよかったです」
そこで沈黙ができてしまい「どうしよう」と思ったら、青山悠真は「後片付け、します?」と声をかけてくれる。
これにはもう、感動してしまう。
自分から後片付けを手伝うかと言えるなんて!
しかも今をときめくあの青山悠真が!
「そんな、大丈夫ですよ。洗い物なんてたいした量はないですから。それよりお部屋でシュガーちゃん……そう言えば、オスですか、メスですか?」
「シュガーはメスですよ。洗い物、おまかせてしていいんですか?」
「はい、大丈夫ですよ。シュガーちゃんがお部屋で待っていると思うので、早く戻ってあげてください」
そこで青山悠真は「ありがとうございます」と言い、椅子から腰を浮かせる。私も椅子から立ち上がり、見送り態勢をとった。
夢のような時間だった。
まさか青山悠真が上の階に住んでいるなんて。
本当に驚きだった。
しかもこんな風に食事を一緒にして、林檎の飾り切りまで披露してもらえるなんて。
誰かに話したいところだけど、ここに住んでいることは、公の情報ではない。
私の胸の中にしまっておこう。
部屋を出て、玄関へと向かう青山悠真を見送るため、私は彼の後を追う。
やっぱり身長高いな~。確か180センチあるのよね。
「あの鈴宮さん」
靴をはいて振り返った青山悠真は、少し困ったような顔で私を見た。
「はい、何でしょうか」
「部屋にテレビもありませんでしたよね。スマホはお持ちだと思いますが。……ぼくのこと雑誌で見かけこと、ありませんか?」
「知っていますよ、映画やドラマも見たことあります。でも今はプライベートな時間ですよね。偶然、シュガーを通じて知り合うことになりました。でもそれだけです。今日のこと、誰かに話したり、SNSに投稿したり、マスコミにリークなんてしませんから、安心してください」
私の言葉に青山悠真はホッとした顔をした。
「……サインぐらいならできます。日付は書けませんけど」
「あ、大丈夫ですよ。そんな気を使わなくても」
「……いいんですか?」
「はい……って逆に失礼でしたか!?」
青山悠真は「そんなことないですよ」とクスクスと笑う。
やはりこの笑顔、破壊力あるなーと思ってしまった。
「鈴宮さん、猫好きってさっき言っていましたよね」
「はい」
「シュガーの写真、送りますよ」
「! 本当ですか! 欲しいです!」
「連絡先、交換しましょう」
青山悠真はスウェットのズボンからスマホを取り出した。
「スマホ、持ってきます!」
玄関からダッシュで部屋に戻り、スマホを手にとった瞬間。
え、今、とんでもない状況では!?と気づく。
あの青山悠真と連絡先の交換!?
急激に心臓がドキドキしてきた。
いや、そういう見方は止めよう。
彼は同じマンションに住む上の階の住人。たまたま猫が部屋から逃げ、私の部屋に飛び込んだことをきっかけに知り合うことになった。それだけだ。
悟りを開くことで、落ち着いて連絡先の交換ができた。
「じゃあ、鈴宮さん。この後、シュガーの写真、送りますね」
「はい。ぜひ! 楽しみにしています」
すると青山悠真は背筋を伸ばし、キリッとした表情になった。
「では、お邪魔しました。ありがとうございます。おやすみなさい」
「こちらこそ、林檎、ありがとうございました。おやすみなさい」
ドアが閉じる瞬間、青山悠真は笑顔で手を振ってくれた。
それは沢山いる観客席の女子に向けたものではなく、私にだけ向けられたもの。
そう思うと、ドアを閉めたくないと思ってしまうが、そこはぐっとこらえる。
カチャッとドアが閉じ、鍵をかけ、大きく息を吐く。
そのままキッチンへ向かい、後片付けを始める。
なんだか本当に、まだ夢を見ているようだ。
え、夢じゃないよね?
左手を右手でパシッとたたき、現実であることを確認する。
すべての片づけを終え、スマホを確認すると……。
「……! 青山悠真からメッセージがきている!!」
青山悠真が送ってくれたシュガーの沢山の写真には、もうきゅんです!
シュガーの写真にデレる一方で、何枚かの写真に青山悠真が映っている事態に大いに焦る。もちろんメインはシュガーであり、彼は顔が少しだけ映っている程度なのだけど……。
これは万が一私がスマホを落とした時に危険になる。
ということでシュガーが可愛いので残念だけど、その写真は削除しておく。
そして青山悠真にはシュガーの写真の御礼と、自身が映る写真を送るのは危険ですよと伝えておいた。
なんか口うるさいマネージャーさんみたいで、嫌われそうな気もするけど……。
彼はデビュー二年目でこれからなのだしね。
あ、青山悠真からまたメッセージが来ている!
「鈴宮さん、超イイ人
僕、そういうところ抜けているから
指摘してもらえてよかったです」
ありがとうの猫のキャラクターのスタンプも一緒に送られてきていた。
これにはもう、嬉しくて頬が緩んでしまった。