「また『俺、おっさんだから……』とか言うんですか? 尊さん、結構食べるじゃないですか」
「いやぁ……、物によりかな? いけるのはいけるけど、背脂ギラギラにんにくたっぷりはつらくなってきた。揚げ物も使ってる油によってはきついかなぁ……」
遠い目で言うものだから、私までしょんぼりしてしまう。
「寂しい事言わないでくださいよ」
「いや、行きつけの店のはまだまだ大丈夫だ。今度、美味いとんかつ屋とか天ぷら屋に連れてくよ」
「はい!」
ソファに座ってスマホを見ていると、尊さんがコーヒーを淹れてお茶菓子も出してくれる。今日のお供はプレスバターサンドだ。間違いない。
「そうだ、さっき言ってた『マレーナ』って映画、どんなのです?」
「ん? じゃあ、一緒に見るか? 確か配信にあったはずだけど」
そう言って尊さんはリモコンを操作して、映画を検索する。
映画好きの彼らしく、家では複数の配信を契約してるみたいで、大抵のものは見られるそうだ。その中でも特にお気に入りの映画は、ブルーレイを買ってコレクションしているという剛の者だ。
再生された映画『マレーナ』は、戦時中のイタリアを舞台にした2000年公開の作品だ。
若くて美しい未亡人のマレーナは、町中の男性の視線を釘付けにし、主人公の少年レナートからストーキングと言っていいほど執拗に観察されている。
歩いているだけで『いいケツ』と言われて口笛を吹かれ、少し綺麗な服を着ているからといって、質素な服を着た女性たちからは『ふしだら』扱いされる。
マレーナ自身は戦死した夫に操を立て、目の見えない父の面倒を見ているだけなのに、周囲から様々な人と関係していると思い込まれている。
やがてとある事件を経て、マレーナは娼婦になってしまう。
髪を短くして染め、体のラインが出る服を着た彼女が煙草を出せば、周囲にいる男性が〝期待〟して火を差しだしてくる。
その後、彼女は事情によって街を去ったが、マレーナとしてはハッピーエンドに終わる。
けど、見ていた私としてはどこかモヤモヤが残るラストだった。
「……なんか、戦時中を題材にした映画っていうのもあるけど、色々酷いですね。時代的にこういうものって事は分かるんですけど、あまりにも色んなものが露骨で……」
「まあな。でも現代でもこういう価値観の人がいるのは確かだ。それに、女が女に嫉妬して攻撃するのは今も同じだろ? 男が美しい女性の内面を知ろうとせず、『妖艶な彼女なら経験豊富で多数の男と関係しているに違いない』と思い込むところとか」
「……そうですね」
映画を見た上でこの話になり、昼間に尊さんが例え話としてこの作品を出した理由が分かった。
ここまで露骨ではないけれど、根幹となる感情は同じだ。
「ある意味、教訓なのかもしれないですね」
理解したは理解したけど、愉快な映画ではないのでなんとなく気持ちが暗くなってしまった。
「……尊さん、チッス」
私はソファに座った彼の腰をまたぎ、チュッチュッとキスをする。
「よしよし」
彼は微笑んでキスに応じながら、リモコンを操作してムードのあるジャズを流し始めた。
私はゆったりとしたジャズを聴きながら尊さんの唇をついばみ、舌を吸われる。
ドキドキして体が熱くなった頃、私は溜め息をついて彼の肩口に顔を埋めた。
今日はニットワンピースだから、一枚脱ぐなんてできない。脱いでしまったらゴングが鳴ってしまう。
尊さんもそれを分かっているからか、黙って私を抱き締めていた。
本当はタイミングなんて関係なく愛し合いたいけど、ご飯を食べに行くとか予定を立てたのが台無しになると、あとで反省会になってしまう。
なので私から『抱いて!』とアピールする時は、あとは寝るだけという時に決めている。
私はムラムラを誤魔化すように話題を変えた。
「……亮平を説得してくれて、ありがとうございます」
「ん? あぁ、お安いご用だよ。本当はもっとビシッと言ったほうが良かったかもしれないけど、今後の事を考えて友好的な手段をとっておいた。期待に添えなかったら悪かったな」
「ううん。私はカッとなっちゃったけど、尊さんはとても大人な対応をしてくれました。あなたの対応を見ていると、自分がとても子供っぽく思えて恥ずかしくなりました」
そう言うと、尊さんはフハッと力が抜けたように笑った。
「本当はガツッと言いたかったけどな。あんなふうに電話を切られたら、犯罪に巻き込まれたのかと思って心臓が止まっちまう。それに朱里がずっと嫌な思いをしてた件についても腹が立つ。何してくれてるんだよ、って思うよ、そりゃ」
そこまで言い、尊さんは長く細く息を吐いた。
コメント
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尊さん❤チーッス(*´³`*) ㄘゅ💕
チッス( ˘ ³˘)♥だって〜ぇ(*ノωノ)キャッど〜してこんなにもかわゆいんだろうアカリンは🥰 尊さん撃沈させたかったんだよね、ほんとはね…。『長く細く息を吐いた』尊さんの無念さがよくわかる。