テラーノベル
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この世界では人間は皆、仮面を被る。自分の内側を隠すために、当たり障りなく生きられるように。俺はこんな世界が大嫌いだった。
朝7時、目覚ましの音で起き、支度をし、電車に乗って仕事に向かう。電車に乗っている間は誰1人喋らない。当たり前だ、社会を滞りなく進めることが我々市民の義務とされているのだから。社会にとって邪魔なものは摘み取られ、弾き出される。円滑に歯車を回すために、ゴミは取り除かなければならない、とでも言うかのようだ。仮面をつけていつも通り過ごしていればいい。ただそれだけのことなのだが、どうにもこの仕組みが気に入らない。
少し前の時代はよかった。全ての人が顔を露出させ、町は多種多様な人間で彩られていた。混沌としていて、事故や犯罪は絶えない。それが普通だった、、しかし、時代は変わっていった。顔にコンプレックスを持った人がマスクをし始め、それが主流になった。見れば、町は白いマスクの人間で溢れていた。なんとも単調で面白みのないことだろうか。それから、ファッションという形で、少しずつ仮面へと移行し、やがてこんな世界になってしまった。現代人はあまりに多くの情報に包まれていた、そのことへの疲れから、情報を絶つものとして浸透したのかもしれない。当時はこの風潮に反対する者もいた。が、多数派には勝てなかった。この世界では、常に多数派が正しいのだ。
仮面は人々からコミュニケーションの考えを取り上げ、個性の考え方を取り上げ、人間性を取り上げた。かつてさまざまな人々で彩られていた町は、仮面だけが並ぶ、白い世界へと変貌した。
仕事場に着く。上司に会う。適当な褒め言葉を言い、上司を持ち上げる。同僚に会う。適当な世間話をし、同僚の愚痴を聞き、俺もだ、という。ここで喋っているのは仮面の、嘘の俺だ。そんなことひとつも思ったことがないくせに。
帰宅する。疲れた。仮面を被り続けて生きる。確かに生きるのは楽かもしれないが、それを人生と呼べるのだろうか。
ある考えが思いついた。仮面を外してみよう。長いこと仮面をかぶって演技してきた、このままでは自分を忘れてしまいそうだ。自分の仮面に手をかけ、引っ張った。カラン、と、仮面の外れる音がした。鏡を見てみる。ん?おかしい。まだ仮面がついている。もう一度はずす。やはり下にまだ仮面があった。わけがわからない。そんなはずないのに。カラン、カランと仮面を外す。また、また出てくる。嗚呼!頭がおかしくなりそうだ、いくら外しても、また仮面、仮面、仮面!そんな時、一つの不安を感じる。
これら全ての仮面をとってしまったら、どうなるのだろう。なぜか本来の自分が出てくるとは思えない。おそらく待っているのは、何も無くなった自分だけ。=死のようなものだ。
俺は慌てて近くにある仮面を付け直した。戻せ、元に戻せ。さもなくば消えて無くなってしまう。俺は仮面でできた人間だ、それのみで構成されているのだという気がした。ショックだった。
また朝が来て、電車に乗る。俺にはわかる。周りの人間も仮面で構成されていることが。
思えば、本来の自分とはなんなのだろうか。小さい頃から、人の真似を繰り返すことが成長ではなかったか。生まれた時の自分なんて、誰ももう持ち合わせていないだろう。周りを真似した仮面をつけ続け、仮面に埋もれた。それが自分になった。人類は、人類に淘汰された。
少なくとも、俺にはこの社会の真の姿を、仮面の一番奥を、確かめる勇気はなかった。
白い世界は回り続ける。
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