###番犬くんと優等生###
<第七章> 支配者の焦燥
“消えた獲物”
朝日が部屋の窓から差し込み、龍崎の顔を優しく撫でた。いつものように穏やかな目覚め。隣のベッドに目を向けた龍崎の顔に、柔らかな笑みが浮かぶはずだった。だが、そこに広がるのは、乱れたシーツと、春夜の体温が消え去った後の空虚な空間だけだった。
「……はるや、くん?」
呟いた声は、自身の耳にも信じられないほど間の抜けた響きだった。一瞬、寝ぼけているのかと思った。だが、ベッドの冷たさが、それが現実であることを突きつける。龍崎は勢いよく体を起こし、隣のベッドに手を伸ばした。確かに、数時間前まで、そこには春夜がいたはずだ。自分の腕の中に抱きしめ、従順な息遣いを確かめながら眠りについたはずなのに。
龍崎の脳裏に、冷たい血が上った。心臓が嫌な音を立てて波打つ。
「春夜君!」
彼は、半狂乱になったかのように部屋中を駆け回り、カーテンを勢いよく開け放ち、クローゼットの扉を乱暴に開けた。バスルームも、書斎も、リビングも、すべての部屋を隈なく探し回る。家中に響き渡る自分の足音と、焦燥に満ちた呼ぶ声だけが、静寂を切り裂いた。
どこにも、春夜の姿はなかった。
窓はしっかりと閉まっている。ドアも施錠されていたはずだ。龍崎の完璧な計画に、抜け穴などあるはずがない。だが、春夜は消えた。まるで、最初からそこに存在しなかったかのように、彼の「所有物」は忽然と姿を消していたのだ。
通気口の格子が外れているのを見つけた時、龍崎の顔から血の気が引いた。まさか、あんな狭い場所から逃げ出すなど、常識では考えられない。だが、目の前の現実が、それを雄弁に物語っていた。春夜は、自分の想像を遥かに超える執念と、野生の勘を持っていた。そして、何よりも自分を欺いていた。
背中に冷たい汗が流れ落ちる。指先が震え、全身から力が抜けていくような感覚に襲われた。この感覚は、初めてではない。あまりにも既視感のある、耐えがたい焦燥と喪失感。
(……ああ、またか……)
龍崎の脳裏に、遠い過去の記憶がフラッシュバックした。それは、彼がまだ中学生だった頃の出来事だ。
その頃も、龍崎は優等生という仮面を被り、人知れず歪んだ願望を抱えていた。彼は、ある日、自分の好みに合う男子生徒を見つけた。華奢で、どこか儚げな少年だった。衝動に突き動かされるように、龍崎はその少年を甘い言葉で誘い、自分の家に連れ込んだ。そして、手錠を使い、自身の部屋に監禁したのだ。
最初は、思い通りに少年を支配することに、龍崎は至上の喜びを感じていた。彼は少年のすべてを管理し、自分の色に染め上げていくことに酔いしれた。しかし、数週間後。目を覚ました龍崎が見たのは、春夜の時と同じ、もぬけの殻となったベッドだった。少年は、龍崎の目を盗んで逃走していた。龍崎は焦り、怒り、そして何よりも、「自分の完璧な支配」が破られたという事実に、激しい屈辱を覚えた。
あの時の絶望的な焦燥感が、今、再び龍崎の体を襲っている。完璧だと思っていた自分の計画が、またしても崩された。春夜が自分の支配から逃れたという事実は、龍崎にとって、自身の存在意義を揺るがすほどの致命的な敗北だった。
「春夜君……」
龍崎は、まるで縋るかのように、空っぽになったベッドに手を伸ばした。そこには、もう春夜の温もりも、彼を支配できたという確かな感触もなかった。ただ、冷たいシーツと、窓から差し込む無情な朝日だけが、春夜がもういない現実を突きつけていた。
龍崎の瞳の奥に、深い闇が広がっていく。怒り、屈辱、そして、失われた「所有物」への強い執着*。
(絶対に……連れ戻す。そして、今度こそ、あなたを僕だけのものにする……)
龍崎の心に、新たな、そしてより危険な支配欲が燃え上がっていた。それは、春夜を再び手に入れ、二度と逃がさないための、執拗な追跡の始まりを予感させるものだった。
まさか2人目の監禁だったとは…Σ੧(❛□❛✿)
普通に警察沙汰ですよね笑
では、また次回!
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