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三宮から神戸方面に移動して海沿いのタワーマンションに連れてきてもらった。マンション内の駐車場にアウディーを停め、足元に気を付けるように言われて車を降りた。
この駐車場は新藤さんのアウディーを始め、見たこともないような高級外車ばかりが並んでいた。桁違いのお金持ちが住むところなのだろう。場違い感が半端なかった。
表の入り口に回ってエントランスには入らず、裏口からエレベーターホールまで移動した。マンション内はラグジュアリーホテルにも勝る内装で、ピカピカに磨き上げられた鏡面のような壁に、黒くモダンなオブジェ、肌色で灯りの押さえられた照明が等間隔に並んでいて、管理人も二十四時間体制で常駐しているような感じだった。
新藤さん……こんなところに住んでいるの?
改めて思うけれど、この人一体何者なんだろう。
急に変な動悸がした。自分で言い出したのに、まさかタワーマンションが自宅だなんて思わなかったし、庶民が立ち入る場所ではないだろう。ああ、帰りたい。でも今日は家に帰りたくない――そんな気持ちを引きずりながら、仕方なく新藤さんの後について行った。
「あの……ここに、新藤さんの自宅が…あるんですか?」
「ええ。社宅です」
「社宅ぅ!?」
想像以上に大きな声が出て慌てて口を塞いだが、ざらざらの材質で金粉が混ぜ込まれたキナリ色の高級タイルで囲われた円形の広いエレベーターホールに私の声が反響した。他の住人の方が誰もいなくて良かった。
暫く待つとエレベーターがようやく下りてきたので二人で乗り込んだ。
どの階にご自宅があるのかと思っていたら、新藤さんが迷わず最上階のボタンを押した。
うそ……このマンションの最上階が社宅?
この建物自体が社宅なのかな。大栄建設は儲かっているんだ。
でも、大栄って木造住宅専門だったような?
まあいいか。深く考えるのはやめよう――ガラス張りの夜景が見える高速エレベーターから、ぼんやりと神戸の街並みを見た。
恐ろしいスピードで街が遠ざかっていく。色とりどりの灯りが輝く美しい神戸の夜景が目下に広がっていた。
あっという間に最上階に到着したので、どうぞ、と声をかけられて降りるように勧められた。
大理石のような美しい黒色の石の上を歩くと、カツーン、とショートブーツのかかとが当たって独特の音が響く。新藤さんの革靴からも同じ音が出た。
こんな場所に降り立つのは初めてだった。映画やドラマの世界でしか知らない。
広いゆったりとした空間に設けられた廊下は床の黒石が見事に調和していた。エントランスと同じような照明は優しい肌色で、ほの暗く落とされているが暗さは感じられない工夫が施されている。
私の知る世界と全然違う洗練された空間。
何だか雲の上にいるみたいで、ふわふわした夢を見ているようだ。
鉄門をくぐり、オートロックの黒い玄関扉をリモコン操作で開けてもらった。右の離れた場所にも同じような玄関扉があった。マンションの自宅にふたつも玄関があることに驚いたけれど、中の空間を見て更に息を呑んだ。
広くとられた玄関は正方形でゆったりした設計で、無駄な調度品はなにひとつ置かれていないリッチな空間が目の前にあった。
ベージュの大理石の玄関から一段上がると、ダークブラウンのデザインタイルが各部屋に向かって伸びている。
「左奥の部屋は、物置なので立ち入らないで下さいね。リビングの方で飲みましょう。どうぞ」
「あ、あのぉ……ほんとにお邪魔してもいいのですかぁ……?」
「ここまで連れてきて、私がお帰り下さいと言うとでも?」
「いえ……そういうわけじゃないですけどぉ……」
「律さんが私の家で飲もうと言い出したのですよ。さあ、どうぞ」
「あの、あのでもっ、お酒買ってくるのを、わ、忘れてしまいましたしぃ、おつまみも……」
難癖をつけて下界に戻れる方法を考えた。