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「大丈夫です。酒やつまみなら色々ありますから。そんなに帰りたいのでしたら、お送りしますよ?」
「いえっ。違いまぁす! 帰りたくありませぇん!! お邪魔しますっ」
誤解されても困るので急ぎで靴を揃えて脱ぎ、案内されたリビングダイニングの方へ行った。
そこに立ち入るなり、壮大な景色飛び込んできた。
神戸の夜景を独り占めできそうな見晴らしの良い空間。
広いリビングダイニングのほぼ全面がガラス張りで、その窓から見える景色は圧巻の美しさを誇っていた。長く神戸に住んでいるのに、こんな景色は初めて見た。
一歩進むと自動で電気が点いた。この家はなにかのアトラクションなの?
見渡すと何帖あるかわからない程広い空間の右側に、クリスタルのグランドピアノが置いてあった。
「新藤さぁん、ピアノ、弾かれるのですかぁ?」
イケメン眼鏡がピアノを弾く姿を想像した。うん、絵になる。しかもバックは神戸の夜景。ここは会員制の高級レストランですか?
それにしても新藤さんがピアノを弾けるなら、RBの曲をリクエストしたい。
「いいえ私は弾けません。単なるオブジェです。それより飲み物を用意しますね。ソファーで適当にくつろいでください」
私はソファーよりもクリスタルのピアノに魅せられた。白斗が弾く姿を想像してみた。彼のトレードマークの真っ白なマイクとスタンドがあって、鋭い目をした彼がRBの歌を歌う。何故か最高のライブの絵が頭に浮かんだ。酔っているからだろう。でも、どういうわけか白斗が見える。
「ピアノが気になりますか?」
「はい。開けてみてもいいですかぁ?」
「いいですよ。よかったら弾いてみますか?」
「えっ、いいのですか!?」
好奇心が刺激されてつい嬉しそうにはしゃいでしまった。
早速ピアノを開けた。
中の長い手触りの良い鍵盤カバーを外し、くるくると巻いてピアノの上に置いた。
ドの音を強めに叩いてみた。ポーン、と綺麗な音がでる。オブジェと言いながらもチューニングはきちんと整っていて全く音がずれていない。
きちんと手入れして調律をしている証拠だった。
まあ、様々な音楽の話が合う時点で、新藤さんは音にこだわっていそうだから。チューニングの狂ったピアノなんか、絶対に許せないだろうな。
ぽんぽんと鍵盤を触っていると、愉快になってつい歌いたくなってしまった。私はそんなにピアノを弾けるわけではないが、バンドをやっていたので少しくらいなら弾ける。
「ねこふんじゃったぁ ねこふんじゃったぁ」
誰でも弾ける簡単な曲を弾いて歌った。
ああ、久しぶり。ライブ活動止めてから、全然歌ってなかったし楽器に触るのも久々だ。楽しいな。音楽はやっぱりいい。調子に乗って歌っているともっと愉快な気分になった。
他にも何か歌いたいな。
「律さんは歌もピアノがお上手ですね。もっと弾いて歌を聴かせてください」
新藤さんが拍手をして褒めてくれた。酔っ払いにも優しい人だ。
もっと弾いてくれって言われたけど、愉快な曲が何ひとつ頭に浮かばなかった。最近聴いている曲といえば白い華しかない。
私は目を閉じ、ひとつ深呼吸して白い華のイントロを心込めて弾いた。
頭がクリアになって、酔いもどこかへ行ってしまった。
「誰もいなくなった部屋 孤独だけが押し寄せる
もう 何も見えない
あなたがいない世界 ここでは生きていけない
ああ どうか殺して
絶望に色を付けるなら この部屋のように白がいい
赤く染まる様が よく見えるように
絶望が押し寄せる この身体を蝕むように
果てしない孤独に包まれ 悲しみが蘇る
止まったままの鼓動が 時の喧騒を失くし
色を止めてしまった 刹那に散りゆく
白い絶望の果てに見えるのは、何?
白い絶望の果てを超えるのは、誰?
悲しみ超え 満ちてゆく 色づく彩 咲き誇る
いつかまた 巡り合う 誘(いざな)う命 咲き誇る
壊れてしまったのは 運命(さだめ)
誰のせいでもない あなたのせいでもない
再び巡る その日まで
旅立つ空に 燃ゆる白い華――」
新藤さんにデモCDを貰ってから、この歌を聴かなかった日はない。
白斗の歌が私を支えてくれた。この歌があったから、私は今日まで生きられた。