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「――千鶴」
「!? は、はい?」
「帰りに何か食べていくか?」
「あ、そうですね! お腹空きましたものね!」
突然話し掛けられたから驚いたのか、いつになく慌ててソワソワした様子の千鶴。
「何だ? 何か言いたそうな顔してるが?」
その空気を感じ取った蒼央が千鶴に問い掛けると、もじもじと恥ずかしそうに俯いた彼女は、
「……その、西園寺さん……私を名前で呼んでくださったので、ちょっと、びっくりしてしまって……」
先程蒼央に名前で呼ばれた事に驚いたという話をする。
「ああ、そんな事か。仮だが、俺はアンタのマネージメントも任された。佐伯さんや倉木さんはお前を名前で呼ぶだろ? その方が距離が縮まるんじゃないかと思ったから名前で呼んだが、嫌だったか?」
「い、いえ! あの……」
嫌だったかと問われた千鶴はそれを全力で否定する。
それは何故か。
「……う、嬉しいです……西園寺さんに、名前で呼ばれるの……」
蒼央に名前を呼ばれた事で、より一層彼に認められたような気がしたから。
「そうか。ならいい。それと、今後俺の事は蒼央と呼べ。俺はお前を名前で呼んでるんだ。互いに名前を呼び合う方が自然だろ?」
「え!? そ、それは……」
「俺はお前と他人行儀な仲ではいたくない。そうだな例えるなら、家族のような関係で在りたいと思ってる。それにはまず、名前で呼び合う事は大前提だと思う。どうだ?」
蒼央の言葉には有無を言わせない何かがあるような気がすると千鶴は感じていた。
そしてそれは決して嫌なものではないので、自然と首を縦に振ってしまうのだ。
「……分かりました。だけど流石に呼び捨ては畏れ多いので、蒼央さん……でいいですか?」
「――ああ、それで構わない」
恥ずかしがりながらも蒼央の名前を口にした千鶴に満足したのか、彼の表情は心做しか嬉しそうだった。
「飯、ここで良いか?」
暫く車を走らせた後、蒼央が車を停めたのは閑静な住宅街の一角にある、こじんまりとした定食屋の駐車スペースだった。
「はい、大丈夫です」
蒼央に返事を返した千鶴はシートベルトを外しながら車を降りて辺りをザッと見渡してみる。
(結構年季の入った定食屋さんだな。お祖母ちゃんの家の近くにあったお店に雰囲気が似てるかも)
二人がやって来た定食屋の建物はかなり年季が入っていてとにかく古い印象を持つ。
時間的にもちょうど夕飯どきとあって食べに来る人が居ても良さそうなものだが、車は蒼央の物しかなく、食べに来るような客の姿も見えない。
それでも、蒼央が連れて来てくれたということはきっと何か魅力がある店なのだろうと千鶴は思っていた。
車を降りて施錠した蒼央に続いて店に入ると、常連客らしい六十代くらいの男性が一人カウンター席に座っており、店主とおぼしき七十代くらいの女性と共に談笑しながら晩酌を楽しんでいた。
「いらっしゃい……あら、蒼央くんじゃないの、久しぶりねぇ」
「こんばんは、ご無沙汰してます。二人なんですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、勿論。奥の席にどうぞ」
店主と蒼央は顔見知りのようで、久しぶりというやり取りをする。
そんな二人のやり取りを黙って見ていた千鶴はペコリとお辞儀だけをして蒼央と共に奥にある四人がけのテーブル席に着いた。